112.キャンプファイアの歌姫
18時過ぎに、怪我の治療を終えた美さんを待ってみんなで食堂に行き、山菜をメインとする夕食に舌鼓を打ち、今日あったことを小声でぽつりぽつりと話し合った。
みんなは、まだ周囲の目を気にしているようで、今までの自分をガラリと変えることはなかったが、四人で会話が出来れば、声の大きさなんか今は関係ない。
彼女たちが小さな一歩踏み出して、班の仲間に心を開いた。お互いにたくさんの思い出を作り、帰り道で力一杯助け合った。
これだけでも、今日は大収穫祭だ。
19時からのキャンプファイアは、各クラスで出し物があり、大いに盛り上がった。
でも、私たちの班はまだその中に飛び込めるほど勇気を持てていないので、みんなの輪より離れたところで体育座りをし、赤々と燃えるたき火が星明かりを消しているのを残念に思っていた。
あの農場ゲームに匹敵する星空が点火の前に見えていたので、私も含めて四人ともたき火を見ているようで実は天蓋のような夜空を見上げて、残って見えている星々に思いを馳せていた。
この時、クラス対抗で代表者が歌う歌合戦をやろうという、無茶振りのような出し物が始まった。サプライズがあるという噂は立っていたが、まさかこんな無茶振りだとは想像も付かなかった。
私たちのクラスで選ばれたのは、いつも音楽を聴いているからというそれだけの理由で、椎さんだった。
私は直感的に、『これは彼女に恥をかかせるためのいじめだ』と思った。
やんやと囃し立てて私の隣にいる椎さんを見るクラスメイトから目をそらし、私は彼女に「イヤならイヤと言っていいんだよ」と伝える。その時、英さんがジッと私の方を見ていたのには仰天し、心臓が痺れた。
でも、椎さんはトレードマークのヘッドホンを首から提げて、スッと立ち上がった。そうして、悪意の混じった拍手を浴びながら両方のポケットに手を突っ込み、たき火のそばに向かってゆっくりと歩んで行って、司会者から差し出されたマイクを拒絶した。
マイクなしのアカペラで歌うつもりなのだ。
たき火を背にした彼女の第一声で辺りが静まり返り、パチパチと燃えるたき火が即興の演奏者となる。
夜空の下の即席コンサート会場に、透き通った歌声が隅々まで響き渡った。
もの凄い声量に舌を巻く。
まるで、Jポップの有名な歌手のよう。ビブラートも、しゃくりもフォールも、ロングトーンもゾクゾクする。
感極まった椎さんが歌い終えると、感動した私たちは、しばし拍手を忘れる。
突然、顔を覆った椎さんが私の方に向かって走ってきたとき、初めて割れんばかりの拍手が巻き起こった。
椎さんは私の背中へ隠れるようにしゃがみ込み、「顔から火が出た」とボソッとつぶやいた。私は彼女に向かって振り返る。
「とても素晴らしい歌。感動したよ」
「言わないで……。余計に熱くなるから……」
キャンプファイアの火が、気の毒なくらい赤面する椎さんを照らし出す。そして、私にだけチラッと照れた表情を見せたかと思うと、うつむいてしまった。
鳴り止まない拍手の中、私にもの凄い数の視線が集まり、痛いほど突き刺さる。
彼女が私の背中に隠れる理由を理解するには、これだけで十分で、他には何も要らない。
投票は先生とクラス委員が行った。結果は言うまでもないが、私たちのクラスが全ての票を集めて完勝したことは自慢したい。
キャンプファイアも終わり、生徒でごった返す高原ホテルに戻ると、エントランスでも階段でも廊下でも、私たち四人が――特に椎さんが――俄然注目を浴びた。
今日一日の周囲の激変ぶりに驚きながら、周囲の視線を避けるように部屋へ逃げ込んだ。