111.仲間を救出する(2)
「足下に気をつけようぜ、みんな」
誰よりも力一杯引っ張った英さんは、椎さんを責めず、全員に注意を促してニコッと笑いながら立ち上がった。そして、まだショックから抜けられない椎さんの肩を優しくポンポンと叩き「立てる?」と声を掛けた。
「……もうちょっと待って」
「いいよ。待ってるから」
「……でも、担任、怒るかなぁ」
「気にすんな。それより今大事なのは、みんなで行動すること」
「やっぱり先に行っていいよ。後から追いかけるから」
「こんな山ん中に、一人になんかさせるかよ」
「……ありがとう」
「よし。大丈夫になったら行くぞ」
しばらくして、下山を再開した私たちは、慎重に歩くから速度が落ちた。
赤鬼のような担任の先生が頭の中でわめき散らす。すると、美さんも担任のことが気になったのか、ポンポンと跳ぶように階段を降りていく。先頭で歩いていた英さんも追い越してしまった。
「おい、何やってんだ?」
「さきいけば、おこられないかも」
「そんなに急ぐと、危ないぞ」
私の制止より早く英さんが忠告したが、遅かった。美さんは、急に左足首をつかむような格好で腰を屈めた。
「どした?」
英さんが近づいて声を掛けると、しゃがみ込んだ美さんが辛そうな顔を上げる。
「くじいたみたいだな、その様子じゃ」
「だいじょうぶ……」
「大丈夫なわけねーよ。歩いてみな」
美さんは自分の言葉を態度で示そうとするが、立ち上がっても前に進めない。
英さんは腕を組んで右手を顎に当てながら「ふむ」と頷いて、美さんの前に歩み出る。そして、「おぶるから乗んな」と言いながらしゃがんで、広い背中を美さんに向けた。
「いい、いい。だいじょぶ――」
「歩けねえ奴を無理に歩かせると、寝覚めが悪いんだ。いいから乗んな」
「でも、おぶると、かえりが、おそくなる――」
「責任は取ってやっから、心配すんな。怪我人負ぶって遅れてガミガミゆー奴なんか、たとえ先公でもぶん殴ってやる。退学上等!
ほれ、いーから乗んなって!」
「……ありがとう」
美さんを背負った英さんは「よっこらしょい」と立ち上がり、足下を確かめるようにゆっくり降りていった。
本当は危険な行為ではないかと心配したが、遅ければ遅いほど辺りが暗くなるし、足下が危なくなり、他に方法が思いつかない。彼女の案が今はベストと確信した。
結局、17時30分に到着した私たちは、心配した先生方に総出で迎えられた。
英さんは遅れた原因を美さんの怪我のせいにせず、自分たちが展望台に長くいたからだと弁解した。私もそれを強く主張した。
さらに、椎さんは自分が崖の上から落ちそうになったところを三人に助けられた話をし、先生方の肝を冷やした。
とにかく無事に下山できたことで遅刻の件は不問となったが、顔を真っ赤にした担任の先生だけは後で私たちの部屋に乗り込んで来そうな気配を見せていた。