110.仲間を救出する
展望台で眺望絶景を楽しみ、写真撮影で時が過ぎるのを忘れたので、予定を大幅に過ぎた下山となった。上りと同じペースで下るとレクの終了時刻である17時に間に合うかギリギリのところと推測された。
もしここで遅刻をしてしまうと、怒り心頭に発して憤然とする担任の先生が、高原ホテルの前で仁王立ちで待ち受けているかも知れない。そこで、時間短縮のため、少し大股で降りようと試みる。
ところが、そうは問屋が卸さない。山は下る方が難しいのだ。
展望台からは、上ってきた時と同じルートを下るだけ。なので、勝手知ったる坂道ではあるが、不思議なことに、上る時と下りる時とで違った顔を見せてくるから厄介だ。
坂道には、横になった細い丸太が適当な間隔で置かれていて、階段の踏み台のようになっているのだが、これが下りにくさを助長する。ヒョイッヒョイッとリズミカルに下りたくても、歩幅が合わなくてそれができないのだ。さらに、泥に埋もれているところもあって足場が悪い。
下りの坂道の左側には低木があるが、この道は崖の上の道なので、低木が一種の落下防止のガードレールの役目を果たしている。これがなかったら、とてもじゃないが、怖くて歩けない。なお、坂道の右側は急斜面なので、もっと右側に寄ろうと思っても無理である。
しばらく降りていくと、左側の低木が欠けている所に出た。地滑りか何かで流されたのだろう。
ここで足を滑らせたら、そのまま真っ逆さまに下へ落ちる。一応、ロープが張られているが、ちょっと心細い。
上ってくる時にこれを初めて見たのだが、危険と隣り合わせて山を上っていることがわかって怖かった。下るときも、ここはさっさと通り過ぎたい。
怖いもの見たさに崖下を覗きたくなるが、経験上、高いところから頭を出して下を見ると、真下に引っ張られる感じがして総毛立つ。
早くここの危険な場所を通り過ぎないといけないが、走り抜けるという危険なことはしない。焦らず慎重に、出来れば左側を見ないで足を運ぶのが良い。
そろそろ安全な低木が近づいてきたと思ったその時、先頭を歩いていた椎さんの体がだんだん左に寄っていくのが見えた。よく見ると、左側の景色に気を取られているようだ。
(足下を見ていないのかしら? 危ないじゃない)
注意しようとしたその時、椎さんは軟らかい土を踏んでズザザッと足を滑らせ、足場を求める左足が崖から下に向かって飛び出した。
彼女は、ちょうど近くにあった低木をつかむも、枝がボキボキと音を立てながら折れて体が傾く。私たち三人は危険を顧みず突進し、一斉に手を伸ばして服だろうと身体だろうとつかめるところをつかんで彼女の落下を阻止し、腰を低くして力一杯引っ張った。
何とか引っ張り上げた私たち三人は、尻餅をついたりしゃがんだりして、ほぼ同時に「よかったー!」とため息をつく。
椎さんは、崩した正坐の格好で座り込み、頭を下げて肩で息をしながら「ごめんなさい!」と謝罪した。
安堵する私に、例えようのない恐怖が襲ってきた。
一歩間違えれば、私たちも巻き添えになりながら転落したのだ。わずかの低木の切れ目によりによって、と誰もが悔やむ惨事になっていたかと思うと、背筋が凍り付く。