109.展望台での交流
途中で、山を下ってくるいくつもの班とすれ違った。こういうときには「こんにちは」と挨拶するのが普通なので試しにやってみたが、同じ学校の生徒ということもあってか、単に恥ずかしいのか、ほとんど返事がない。「なにそれ」と笑われたり、それすら言われずに声高に笑われたり。
同じクラスの班とすれ違ったときは手を振って挨拶してくれたが、彼女たちの関心はもっぱら私の後ろを歩く三人だった。「あやめぐ、かわいそうに」とかなんとか言っているヒソヒソ声が遠ざかっていく。
私は気にしないが、英さんたちがイヤな思いをしていないか大いに気を揉んだ。
ひたすらマイペースで上っていくと、予定時間より10分ほど遅れたが、目的地の展望台に到着した。
少し強めの風が吹く広い展望台には誰もいない。当然である。しんがりなので。
背伸びをする四人は、この展望台のあらゆるものを独占した。
360度グルッと見渡しても、遮るものがない。遠い山脈は青く、雲がゆっくりたなびき、眼下に見下ろす水田や畑は作物で溢れる。
雄大な風景画にぴったりの題材を提供してくれるので、画家のインスピレーションは大いに刺激されるだろう。
さっそく創作意欲を刺激された美さんは、大きめの手提げに持ち歩いていたスケッチブックと鉛筆を取り出してスケッチを始めた。
その早いこと。雑に描いているようで、そうではない。印影がちゃんと描かれている。徐々に仕上がっていく様を見ていると、紙の上に自然の美しい姿が見事に再現されていく。
たまに公園でベレー帽を被って描いている人を見かけることがあるが、人が絵を描いている過程を間近で見たことがない。白い紙の中から絵がみるみるうちに出現するかのようで驚く。
強い風がサッと吹いた。下界にいるときに頭の中で湧いてくるあらゆる雑念が、ここに吹く風で遠くへ吹き飛ばされるようだ。大自然の中で心が洗われると言ってもよい。
美さんのスケッチに感銘し、壮大な自然に感動し、いつしかみんなは笑顔になっていた。私たちの笑い声が展望台からこぼれんばかりに溢れる。
それから、思い思いのポーズで互いのスマホのカメラに収まる。
遠近法を使ったトリック写真も撮ってみた。英さんの手のひらの上に乗る私とか、きっと良い記念になるだろう。
私たちは抱えきれないほどたくさんの思い出を作り、名残惜しい展望台に別れを告げて下山を開始した。