108.リアルの畑を見る
食事を終えた私たちは、次の『活動』に移る。活動とは班行動、つまり班で行うレクのことだ。
私たちの選んだ「山登り」は、片道1時間半程度の山を登り、展望台を目指すもの。ザイルやピッケルを使う本格的な山登りなんかではなく、楽な登山道を行って帰ってくるハイキングである。
今から出発すれば、16時過ぎには戻れるはず。その後、小休憩――と言っても本当はレクの反省会――を挟んで、夕食とキャンプファイアが待っている。
部屋に戻って水筒をバッグから取り出し、給水場まで行って水を満杯に詰めた。スマホの充電の備えと同じ発想で、これから何があるかわからないので――といっても遭難することはないだろうけど――不測の事態に備える。
こっそりポケットに隠し持ったお菓子は、途中で疲れたときにエネルギーを補給するための必需品だ。本来なら、飴とかチョコレートなのだろうが、そういった糖分とは関係ない菓子をチョイスしているところが山登りの素人だ。
私たちは一番昼食が遅れたので、山登りを希望した複数の班の中では、しんがりを務めることになった。
高原ホテルの前の駐車場から伸びている歩道に沿って進み、途中から舗装されていない道を上り、時々、土に埋もれたような木の階段を踏んでいく。
木々の間から遠くに臨む山々は青く、水田は黄金色で、畑は葉が茂り何かの鮮やかな実が生っている。特に畑が見つかると、足が止まって見入ってしまう。
(オークさんたち、今頃何を植えているのかしら……)
VRゲームの中で植える作物は、定規で測ったようにまっすぐに植えられていて、均一の形をしていた。しかし、ここから見える畑の作物は、そこまで規則的ではない。
「何、見てるの?」
英さんに話しかけられて、私は「畑の作物」と答える。
「作物かぁ……。実際に植えるのは大変だよねぇ」
「ゲームという訳にはいかないし」
本物の畑を見た感動で思わずVRゲームの話題に触れた私だが、すぐに『何気なしにそれを口にしては、まずかったんじゃないの?』と後悔の念に駆られて震えてきた。
「ゲーム? ……確かにね」
英さんは、表情一つ変えずそう言って笑った。
美さんも椎さんも私の見ている方向の畑に目をやったが、椎さんは「ゲームで栽培って難しい」とポツリと漏らした。美さんは何も言わず、心を奪われたようにずっと眺めていた。
考えれば考えるほど背筋が寒くなる危ない話を振ってしまった私。
さらっと流してくれたみんなに感謝しないといけない。
だって、美さんあたりから「そういえば、『農場経営Tファーム物語』ってVRゲーム知ってる?」って話を振られたら……?
きっと、しどろもどろになって顔を真っ赤に染めて、話題をそらそうとするだろう。たとえごまかしたとしても、プレイしていると怪しまれるのは時間の問題だ。
「ほら、時間もないから行くよ」
英さんが、立ち止まる私たちに登山続行を促した。景色よりも他のことで考えが堂々巡りしている私にとって、救いの一言だった。