106.担任の叱責から私をかばう三人
荷物を置いた生徒は、食堂に集まって予定より30分遅れの昼食を取ることになっていた。
訓示を垂れた先生は「誰かが遅れると全員のスケジュールが遅れる」とあからさまに英さんの遅刻のことを指していたが、そこだけをフォーカスせず、バスも途中で遅れたことを是非とも取り上げて欲しい。そうしないと、全ての責任を一人に押しつけることになるからだ。実際、彼女が30分も遅れたのではないのだから。
私は蝉の襲来の後、しゃがんでいた体勢から立ち上がったとき、立ちくらみになったのでベッドに横たわった。すると、体はこれがチャンス到来とばかり、眠りにつこうとする。
車酔いと徹夜明けの疲れが、また押し寄せてきた。
昼食にみんなと行かなくちゃという責任感でも起き上がることが出来ず、その体勢のままいつしか闇の中に引き込まれるような眠りについていた。
どのくらい闇の中で彷徨っていたのかわからないが、突然、勢いよく開かれた部屋のドアの音と、「あなたたち、いつまで何をやっているの!」と耳がキンキンする叱責の声がして、闇から一気に引きずり出された。
担任の先生が部屋へ乗り込んできたのだ。
まだ半分眠くて半分具合の悪い私は急には起き上がれず、上半身を1センチ上げたところで諦めて脱力した。そこへ、バタバタと足音が近づいてきて、怠けて寝転がっていると思われたらしく、説教の言葉が背中に降り注ぐ。
どう見ても、代表で私が叱られている。
四人全員に言うべき言葉が、言いやすい一人の体に突き刺さる。
あまりに理不尽。でも、実に馬鹿馬鹿しい。
悲しいを通り越して、呆れる私の目から水が流れ出た。
と、その時、「具合が悪いんだから、仕方ないだろ」と英さんが止めに入った。
それだけではない。「怠けてるなんて、決めつけないでください」と椎さんが加勢したのだ。こういう展開を全く予想していなかった私は、みんなに背中を向けたまま目を見開いた。
(私をかばってくれている……)
振り上げた拳をつかまれた状態の先生がブツブツ言いながら立ち去ると、ドアの閉まる音がして、バタバタと足音が遠ざかっていった。
英さんが「あのニューライスめ。いっつも『廊下を走るな』って言ってやがるくせして、てめーこそ、廊下を走るんじゃねぇ」って皮肉っぽく言うと、他の二人が吹きだした。ニューライスとは、担任の先生が新米教師だからついたあだ名だ。
私はゆっくり仰向けになると、一斉に三人の顔が私を覗き込む。なんだか目頭が熱くなった。
「だいじょうぶ? おなか、いたくない? ないてるけど」とは、心配そうに覗き込む美さん。
「散々だったな。同情しか出来ないよ、ごめん」とは、腕組みをする英さん。
「職員室でもこうやって怒られてたんだ。よくわかった。言葉の暴力教師だってこと」とは、ヘッドホンを首に掛けて両手をポケットに突っ込む椎さん。
同情してくれるみんなよりも、私は、こうして普通に会話をしてくれるみんなが嬉しくて言葉に詰まった。なんだか、リアルな三人との距離が、手を伸ばせば届くくらいに一気に縮まった感じがする。
「みんな、本当に……ありがとう」
震える感謝の言葉に、英さんは「いいってことよ」と笑みを浮かべ、美さんは「ここにいて、しばらく観ててあげてもいい」と申し出て、椎さんは「早く来いなんて命令されるのが嫌い。食事なんか、今すぐ食べなくたって良い」とフンと鼻を鳴らした。
私の視界に映る彼女たちの顔が涙で一気に流れていった。