103.距離を取る三人
バスがゆっくり停車してホッとするのも束の間、立ち上がる生徒の動きで車体が地震のように揺れる。私はエコノミークラス症候群になったわけではないと思うのだけど、足がむくんだように感じて腰も痛くなり、元気に立ち上がって外へ出て行く生徒を羨ましく思った。
ベッドの上で何時間でも同じ姿勢でVRゲームができる体でも、このような長距離バスには向いていないらしい。
やっとこさバスから降りて地面に足を着け、まだ徹夜明けを引きずっている私は蹌踉めく体を踏ん張ることで支える。都会では味わえない森林の匂いがするひんやりした空気が肺の隅々まで入り込んで少しは目が覚めたが、バスがすぐ後ろにいるから、オイルやガソリンの臭いが混じるのは興ざめだ。
友達たちに前後左右から肩や背中や頭まで叩かれて激励された後、うーーーんと背伸びをしたら、体中の関節がボキボキと音を立てた。
ホテルを仰ぎ、降り注ぐ鳥たちや蝉たちの声を聞き、周囲を取り囲む巨木を見渡した後、私はあの三人の姿を探した。
いた。ご丁寧に、バラバラの場所に。
小グループにまとまりつつあるクラスメイトの中に自分の居場所を見つけられず、遠ざかっているようだ。しかも、三人ともお互いのことを知らないとでも言いたそうに、そっぽを向いている。
点呼が始まるのでクラスごとにまとまるよう先生方から指示が出たが、三人は一番後ろで距離を置いていて、クラスメイトの厚い壁の向こうへ消えた。
担任の先生が「班ごと集まりなさい」と言って回っても、部屋へ行くときにどうせ集まるだろうと無視する生徒が多い。第一、四人がバラバラにいると誰の所に集まればいいのかわからない。
私は友達に捕まっているので後ろに行けず、やきもきしながら偉い先生の長々とした林間学校の心得や注意事項を聞いていた。後ろを振り向いても友達が壁を作っているので、もう三人の姿を見ることが出来ない。
拷問のような訓辞からやっと解放されて、班ごとに割り当てられた部屋へ荷物を置きに行くことになった。部屋からは班行動にならざる得ない。緊張のあまり、バッグを持つ手に力が入る。
私は体の正面をホテルへ向け、後ろを振り返ったまま立ち尽くす。次々と部屋を目指す同級生が私の視界から消えていき、三人を含めた数人が残った。
残り組の一番後ろにいた彼女たちがまだ動こうとしないので、私は笑顔で迎えに行った。
歩きながら、なんて言おうかと頭の中でいろいろシミュレーションし、みんなが笑顔になるには笑いしかないと思ったものの、彼女たちの前に立って口から出た言葉は「よろしくお願いします」だった。
(何を言ってるんだ、私……)
初っぱなから台詞をとちり、撃沈の気配に狼狽える。なんとも情けない。
英さんは真顔で「うっス」と小声で挨拶してくれたものの、後の二人は目を合わせずに軽くお辞儀するだけ。いきなりの洗礼を受け、思い描いていた彼女たちの笑顔は粉々に砕け散る。農場ゲームでの二人の態度とあまりに違うので、二人には聞こえないように深いため息をついた。