102.豊かな自然に抱かれて
ひたすら高速道路を走るバスの車窓から、防音壁越しに農村風景を見下ろし、遙か遠くに青い山脈を臨む。
わずかに開けた窓ガラスからビュウウウウウッと唸りながら車内に吹き込む風が少し寒く感じられる頃、やっと高速道路から降りるバスは体を揺らしながら二車線の道路に滑り込んだ。
急に農村風景が迫ってきた。左側に広がるのは、見渡す限り稲穂の波。
黄金色の稲が色の付いた網に守られて、もうお辞儀をしている。こういう風景に似合う案山子は、なぜか見当たらない。あれは古い写真とか絵画に登場するだけなのか。
強い風が稲穂を波打たせたことがわかるほど大きく傾いている箇所もあり、そのままカメラに収めれば『稲の金色の波』とでも題することが出来るかも知れない。友達は口々に「ワーッ」と歓声を上げるも、この絵画のような風景を褒め称える言葉が続かなかった。
あの三人も、この豊かに実った稲の波に心を打たれているだろう。農場ゲームを楽しんでいる彼女たちなら、身を乗り出しているはずだ。
右側は、小高い山の麓に並ぶ木造や鉄筋の人家、錆びた看板を掲げた開けっぱなしの小売商店、サインポールが止まった理髪店、狭い畑や棚田など、一時代前のものと思える光景が次々と後方へ飛んでいく。
運転手がギアをチェンジした音がガガガと床から聞こえてくると、バスが力を増したように元気になり、人家や黄金色の水田に別れを告げて上り坂を駆け上がる。
今度は鬱蒼と茂る木々に挟まれた道を力強く進んでいった。近間の太い木々が次々と後方へ飛んでいくが、その隙間から奥の方に見える木々はゆっくりと後方へ流れていく。さらにその隙間から見える木々は、もっとゆっくりだ。
そんな速度の違いを不思議に思って見ていると、この道はキチンと舗装されていないのか、時折バスの機嫌が悪くなったかのように私たちを左右へ揺らす。これには閉口した。
徐々に空気がひんやりしてきて、そろそろ木々の出迎えに見飽きた頃、前方にくすんだ白色の大きな建物が見えてきた。
ようやく目的地の高原ホテルに到着か、と背もたれに張り付いた背中を剥がして体を起こす。
車内では、歓声とため息が入り交じり、座席の上から見える頭が一斉に動いた。それまで車の揺れに同期して揺れていた頭がこうも非同期に動くのは、さっきまで寝ていた証拠である。
車酔いする私が最後まで大自然に心を奪われてこの目でしっかり見ていたというのに、みんなはもったいないことをしたと思う。