101.氷菓
運転手と車内で何やら話していた担任の先生が、振り返ると英さんの姿を見つけたのでバスを揺らしながら駆け下りて行き、手招きをして叫んでいる。
ちょうど運転手がアクセルを踏んでエンジン音を高らかに鳴らしたためかき消されたその叱咤の声は、おそらく「何やってるの! 早くしなさい!」の類いだろうが、英さんは我関せずの体で先生の横を一瞥もせずに通り過ぎ、これまたバスを揺らしながら乗り込んで一番前の席に座った。
この様子を見ていた生徒たちは、英さんの威圧感で全員が無言になった。
バスガイドさんの説明によると、予定より10分遅刻してリムジンバスが発車した。
先頭に座っている英さんの威圧感が、さっきから車中の私たちを小声にする。なぜなら、ガヤガヤし始めた途端、振り向いた英さんに「てめーら、うるせーぞ!」と怒鳴られそうなのだ。
こんな調子で2日間を過ごすのかと思うと早くも気が滅入り、気分が悪くなってきた。車中がタバコ臭いというのも追い打ちを掛ける。ガラス窓を少し開けることで吹き込む風を顔に当て、ムカムカする吐き気を押さえ込む。
徹夜明けの身には、バスの長旅は辛い。
ユウとアカネたちに心配されながら、ようやくサービスエリアに到着した。バスから降りたみんなは密閉空間の空気から解放されて、背伸びをしながら新鮮な空気を満喫する。一方で、私ともう二人がバスの中でグロッキー状態になって、留守番をしていた。
(早く目的地に着かないかなぁ……)
停車前に聞いたバスガイドさんの話では、このサービスエリアに着いたと言うことは旅程の真ん中まで来たとのことだったので、この先も同じ時間揺られていなければいけないのはわかっているが、まだ半分かと思うとめげてくる。こういうときこそ、女魔法使いノアールの転移魔法で瞬間移動したい気分だ。
外をボーッと眺めていると、バスが揺れるほどの勢いで誰かが乗り込んできた。前方に顔を向けると、なんと英さんが私の方を見ながら早足で近づいてくる。
緊張で体中がこわばり、頭から水を浴びたようになって車酔いまで醒めた気分だ。
一度止まって振り返った彼女は、私に向き直ってまた迫ってきて、小声で「ほれっ」と何かを差し出した。それは、小さなアイス最中だった。
「聞いたよ。気分悪いって? 早く食えよ」
彼女は私以外の居残り組に聞こえないようにそう囁いて、体をクルッと180度回転させた後、自席に戻って車が揺れるほど勢いをつけて着席した。
一瞬の出来事でお礼も言えなかった私は、胸に熱いものがこみ上げてきた。
そうして、急いでその氷菓を食べ、濡れた空袋をポケットにねじ込んだ。