10.約束
「じゃあ、こうしませんか? 私が今から指示を出します。それを、私がいなくても明日に実行してください」
二人は顔を見合わせて、同時にこちらを向いた。
「それは出来ん」
「出来ないわ。何も開墾されていないから」
ここにコテージを作ったのは開墾と違うの?とは思ったけど、反論はしないことにした。
「じゃあ、後でまた来ます。ここで落ちると、今度インする――来るときは、さっきの草むらじゃなくて、ここに来ますよね?」
相手を傷つけないように「また来ます」なんて言ってしまった。
リアルの世界でも、私はこうだ。バーチャルな世界で普段の自分じゃない姿を演じようとしても、結局、素の自分が条件反射的に出てしまう。ここで、女魔法使いノアールを演じたとしても「また来る」と言うだろう。
「ええ。あなたは建物の場所がわかったから、次はここに来るはずよ」
いえ。ゲームを中断すると、次回ログインの時に中断した時点から再開するので、そうなるとは思っていますが。
「また来るのを楽しみに待っておるからな」
「それまで、元気でね。さようなら」
そう言って手を振る二人を見て、私は胸に暖かい何かがこみ上げてくるのを感じた。
なぜだろう、こんな気持ちになるなんて。しかも、ゲームだとわかっているのに。
心が動かされた私は、手を振り返した後、浮かぶ涙で視界が滲んだ。
シナリオに沿って向こうからの決まり切った質問にこちらが答えるのとは訳が違う。こちらの思いつきのような質問に向こうが答えるのだから、ゲームの裏でAIが動いているのだろうか。
違和感のない回答とそれに続く展開があまりにリアルなので――といっても動物がしゃべるのはリアルではあり得ないがそれは除いても、つい現実世界にいるような錯覚に陥ってしまう。
だから、私のこの涙はゲームの中のリアルだ。
今プレイしている「アール・ドゥ・レペ」では、大いに笑ったりちょっぴり怒ったりするけど、涙することはない。クエストに失敗しても悔しいけど、手の甲で涙を拭うことなんか一度もなかった。
仲間の優しさとはまた違う優しさがここにある。
◆◆◆
終了画面を表示させてタップした私は、ゲームから現実世界に戻った。そして、外したヘッドギアを握ったままの両手を胸の上に置き、天井の一点を見つめる。
しばらくして転移ボケが治まると、別の自分が心の中で語りかけてきた。
『明日の朝もプレイしたいという気持ちが残っていたら、このゲームを再開しよう』
すると、もう一人の――先ほど農場経営ゲームの中にいた自分が反論する。
『マシューズさんたちとの約束を守るのでしょう? だったら、再開すべきよね?』
『あれは一種の方便。相手はゲームのキャラだよ。約束を破っても怒りはしない。またいつまでもずーっと待っていてくれるよ。冬眠だっけ? ジッと動かずして』
『いや、それはかわいそう。私の気まぐれのために振り回すなんて』
『相手はゲームのキャラだよ。高度AIで会話していたみたいだけど』
『でも……』
『ゲームのキャラにはっきり言える? やめますって。言えないなら放置したら?』
もう一人の自分の「やめます」という言葉に自分がグサッとくる。
結論が出ないままヘッドギアをしまい、部屋の照明を豆電球だけにした私は、今度は学校の心配事が襲ってきた。
現実世界で抱えていた問題が脳裏に浮かび、背筋が寒くなる。せっかくゲームで忘れようとしていたのに。
悶々としていたが、別のゲームをプレイする気力もない。そのうち考えるのに疲れて睡魔に襲われ、いつしか深い眠りについた。
◆◆◆