14.最後の手紙
あばあば、とかわいい声がする。
生まれてまだ二ヶ月も経っていない、俺の息子。
採取後検診が終わってから美乃梨の妊娠がわかり、九月の初めに生まれてきた。
子どもの名前は、進藤一颯。
生命の力強さと、颯爽と駆け抜ける一陣の風をイメージして名付けた。
強くかっこ良く、そして優しい男に育ってほしい。
一颯に哺乳瓶を咥えさせてミルクをあげていると、美乃梨が封筒を持ってきた。
「そういえば、骨髄バンクから手紙が来てたわよ」
「え、骨髄バンクから?」
ミルクを飲み終えた一颯にゲップさせようとすると、美乃梨が代わってくれた。一颯の背中をトントンとしている妻を横目に、封筒を開ける。
「あ、レシピエントからの手紙だ!」
今日は十一月七日。
患者が移植したのが十二月七日だったから、もうあれから一年近く経っている。
あんまり二度目の手紙が来なかったので、もしかすると患者は星になってしまったのかと思うこともあったんだが。
『俺に骨髄を提供してくれたドナーさんへ』
と書かれた出だし。
本人が書いている。生きてる。
よかった……それだけでもう胸が熱い。
俺は次の文章を目で追っていく。
『これが最後のやりとりだと思うと、なるべくギリギリに書きたかったので遅くなりました。心配をかけていたらすみません。
俺は今、すごく元気です。
退院後は風邪を引くこともなく、勉強もスポーツも、どっちも頑張ってやっています。
ドナーさんからの二通の手紙は、俺の宝物になりました。
俺の一番のサポーターだと言ってもらえて、本当に嬉しかったです!
俺は今、サッカー選手になるために、色々な努力をしています。
絶対にプロになるので、楽しみにしていてください!
ドナーさんの温かい心と励ましに、どれだけ言葉を尽くしても足りません。
俺のドナーが、あなたでよかった。
俺はこの血に、誇りを持って生きていきます。
ドナーさんが、骨髄を提供してよかったって思えるように。
精一杯生きていきます!
手紙はこれで最後になりますが、この感謝の気持ちは一生忘れません。
本当に、ありがとうございました!!』
読み終えると、胸だけじゃなく目頭まで熱くなってきた。
前回の手紙と比べると、すごく成長しているような気がする。
ああ、一人称が〝僕〟から〝俺〟に変わっているからかもしれない。
そのせいか、より心の内をさらけ出して訴えてくるような手紙になっていた。
きっと、この少年は本気だ。本気でプロになるつもりなんだ。その感情がひしひしと伝わってくる。
多分、半年以上ものブランクがあっては、相当なハンデとなるだろう。
実は俺は、この夏の全中サッカーを見ていた。中学生と言ってもものすごくハイレベルな試合で、その面白さから一気に虜になった。
次からは高校サッカーも観るつもりだ。大変だろうが頑張って、俺にその姿を見せてほしい。どの子が患者かわからなくても、姿が見られるかもしれないと考えるだけで、わくわくする。
俺はもう一度手紙を読み返す。
この血に、誇りを持って生きていきます──
そのくだりに、俺もまた決意する。
俺も君と同じこの血に恥じない生き方をしなきゃいけない、と。
会える可能性はないが、それでももしも会えた時に、がっかりされるような大人でいたくはない。
だからといって特別なことをする必要はないと思う。自分も家族も大切にし、社会のルールを守り、一生懸命働いて、人のために行動できる人間でいよう。
ただ、それだけでいい。それだけできっと、胸を張れるはずだから。
患者と提供者のやり取りは、これで終わりだ。
せめてもう一通だけ、手紙を出したかった。
たった一年だけの関係。
会ったこともない、顔も名前も詳しい年齢も知らない。
けど、俺には一颯以外に、もう一人血を分けた人がいる。
血を分けた、他人。
それが君だ。
不思議な関係だったな。
やり取りは終わるけど、君の人生は長く続いてほしい。
素敵な経験を、ありがとう。
熱い手紙を、ありがとう。
交流はなくなっても、一番のサポーターは俺だと思ってるよ。
サッカーも人生も、全部頑張れ!




