第3話 ファーストキスは甘く……
次に目が覚めた時、何か……お口に柔らかな感触と甘い……ワタクシ、後から思えばはしたないとは思いますが……そう飢えていたんでしょうね。夢中でお口に入ってくる甘いモノを呑み込んでいました。
そして、自然とです、何も意識することなく、舌がその甘いモノを求めて伸びていました。お口の中の甘いモノを呑み込んだワタクシは、舌を伸ばし、ワタクシのお口に甘いモノを注いでくれた柔らかなモノの中に舌を入れ、もっともっとと探ってました。
仕方ありませんでしょ? これは本能ですわ……生存本能です。ただ舌を伸ばした先には余り甘いモノはなく、残滓の様な甘いモノを舐めとるくらいしかできません。仕方なく舌を戻して口を離した時、漸くワタクシ目が開きましたの……
目の前には顔を真っ赤にしたシオンが居ましたわ……
ワタクシのファーストキスはとても甘い味でした……
女性はノーカンなのでしょうか? どちらでしょうか? 前世でもシナリオライターの後輩と酔った勢いでふざけてキスしたことが有ります。思えば……家族以外でキスしたのは彼女だけでしょうか? 男性とキス? オホホッ、聞いて良い事と悪い事が世の中にはございましてよ?
「シオン、御代わりを貰えないかしら?」
そうちょっと恥ずかしかったですけど、これはシオンの善意からの行動、そして舌を伸ばしてしまったのは生存本能からの行動、どちらにも非はございませんわ。しかし、ワタクシ恐らく丸一日以上何も食べておりません。13歳、食べ盛りにこれは辛いでしょ? ですから御代わりをシオンにお願いしましたの。
「お嬢様……」
何故かシオンが耳まで赤くして慄きます。何故でしょうか? その手の物をワタクシに渡してくれれば良いだけですのに……
「シオン、貴方が出来ないなら私が代わりますよ? どうしたのかしら? お嬢様が御代わりをご所望よ?」
よく見ればシオンの背後にクララが控えておりましたわ。クララはシオンが持っているコップに手を伸ばします。シオンは本当にどうしたのでしょうね?
「大丈夫ですクララ、私がやります。お嬢様、では失礼致します」
手のコップの中身を口に含むと、再びシオンのお口がワタクシのお口に重なって甘いモノが流れ込んできました。はい、所謂口移しですわね。でもね、ちょっと待って欲しいの。意識の無かった私に口移し、うん分かる、仕方なかったものね。
でも、もう意識が有るの、自分で飲めるのよ? ワタクシの言った御代わりは自分で飲む心算の御代わりよ? 決して口移しの御代わりを強請ったわけじゃないのよ?
驚いているクララを見ればわかると思うのだけど、普通そうでしょ? 顔を真っ赤に染めながら頑張って口移ししてくれているシオンを責める気は無いのだけど……シオンは昔からこういったところが有るのよね……
シオン……エメラルドの様に澄んだ瞳と綺麗な銀髪をキッチリアップに纏めたとても優しい……姉の様な人ですわ。本人に告げたことは無いですけど……幼いころから常に一緒にいて傍で仕えてくれていますわ。本当にワタクシを大事にしてくれる、本気でワタクシを心配してくれる。
(まあシオンが相手なら……嫌では有りませんわね)
口移しが終わって、再び白い顔を真っ赤に染めたシオンの顔が離れてから。
「ありがとうシオン、とても美味しかったわ、けど……次はそのコップで貰えるかしら?」
シオンの口移しはイヤでは有りませんが、やはり量が少ないですわ。喉の渇きと飢えを満たすには、これを続けるのは少しもどかしいです。もしかしたらシオンが気を悪くするかもとは思いましたが、今は緊急事態なので許してほしいですわ。
「ハイ、おじょ…………あっ!」
シオンはコップをワタクシに渡そうとして、途中で固まってしましましたわ、元々真っ赤でしたけど、今はもう湯気が出そうなほどです。
「シオン貴方は……今気が付いたのね?」
「クララ、良いのよ違うの、シオンもありがとう、嬉しかったのよワタクシ、だから、ね? 落ち着いてシオン」
「うぅ、申し訳ありません、お嬢様……」
「シオン、謝らないで、貴方は何も悪くないでしょ?」
「シオン、今はお嬢様にお渡しする方が大事よ? お嬢様、ストローをお付け致しますわね」
「ありがとうクララ」
クララは本当に気が利きます。彼女もワタクシが幼いころから傍で仕えていてくれるメイドですわ。プラチナブロンドの柔らかい髪質の細い髪を上品アップに纏め、空の色の様な薄い水色の瞳。シオンよりも更にお姉さんな柔らかい雰囲気の美女、シオンと同い年らしいのですけどね、何故か歳上に見えます、シオンが歳上の割に可愛らしいせいかも知れません。いえ違いますわねクララがしっかりしているんですね、昔から彼女はワタクシの侍女の中のまとめ役ですわ。
ワタクシには彼女達と同じく、幼いころから傍らで仕えてくれる、専属の侍女が後3名居りますの。日常生活のお世話をしてくださる彼女達が居なければ、ワタクシは生活もままなりません。前世の記憶を取り戻したから大丈夫? 確かに記憶を取り戻す前に比べたら出来る事は幾分増えましたわ。
しかし……この狂おしいほどに長い髪、脱ぎ着の手間を完全に無視したデザインのドレス……ええ、無理ですわね。とても一人でどうこう出来る代物ではございませんわ。貴族の令嬢の傍に仕える侍女は、別に令嬢を甘えさせるために居るのではないのですわ。必要に駆られて、そう彼女達が必要だからそこに居るのです。
貴族の令嬢を止めて、髪を短くして、質素なお洋服を着れば、記憶を取り戻したワタクシなら、日常生活位一人でこなせますわ。しかし、貴族の令嬢として相応しい恰好をする為には、彼女達の手助けが必要なんです。
手渡されたコップからストローで果実ジュースを飲むと漸く喉の渇きと飢えが満たされます。しかし……前世では考えられない程小食ですわねワタクシ、信じられないかもしれませんがコップ一杯で割と満足してます。
ただ此方の記憶でも流石に満足するには量が少ないような……この果実ジュース、もしかしてマジックポーションでしょうか?
ええ、この乙女ゲーム……なのかしら? まあこの世界には魔法がございます。こう中世ヨーロッパ風の貴族の優雅な暮らしの有る、そうですわねファンタジーな世界ですわね。
乙女ゲーを作った際に、中世ヨーロッパの史実を元に時代考証や時代背景などの細かな資料を揃えて世界を構築するのはとても手間でしょ? それに少しでも変な所があると容赦なく突っ込みが入るんです。ですからその辺が割とアバウトな架空の異世界を乙女ゲーの舞台に設定致しましたの。
異世界ファンタジーな世界なら当然魔法をと設定したのですけど、本当に自分がその世界に生まれ変わるなんて……
いえ魔法など無くても良いかと私は思ったのですが、イラストレーターの後輩が、
「その方が絵が派手になるし、幻想的な小道具も使えるから便利だぜ?」
そう申しますし、シナリオライターの後輩も、
「色々イベントも増やせるし、ファンタジーなら魔法が有った方が面白いですよ先輩」
そう勧められて、そんな世界に設定したんですわ。まあこれがのちの第三弾の布石だったのかもしれません。そんな世界ならRPG風の魔物を倒す設定も違和感がないだろうと……実際、第二弾の段階で魔物による領地襲撃などのイベントも盛り込んでおりましたから、ダメではないのでしょうけど……
あれはそのイベントで、イケメンが格好良く魔物を倒して主人公を守る、こう命懸けで主人公を守る姿にキュンとさせるイベントであって戦闘がメインではございませんでしょ? 乙女ゲーならこの辺りまでですわ。戦闘がメインの乙女ゲーなんてあり得ませんわね。
ふう……少し興奮してしまいましたわ。生まれ変わっても腹立たしいなんて、やはりあの企画は死んでも死にきれない、後悔の残る企画でしたわね……
あれ? やはり……生まれ変わったと言う事は……ワタクシ、前世で死んでしまったのでしょうか? 泥酔して事故に遭ったのでしょうか? 色々全部途中でしたけど……後輩二人を含めて、色々迷惑を掛けたんでしょうね……
くよくよしても始まりません! 済んだことよりも先ずは未来の事を考えませんと……ギロチンはイヤですわ! それだけはやっぱりイヤ! 見苦しい? よく考えてください。生まれ変わったのに直ぐ死亡、しかもギロチン。ね? 貴方だって嫌でしょ?
ふう、では先ず、第三王子との婚約ですわね。婚約は内定段階、決定ではございません。婚約しなければ婚約破棄もございませんでしょ? ルートを確定させない為にも、先ず婚約しない、それが重要です。しかし、ワタクシは侯爵令嬢、しかも長女。
アシュリー侯爵家は名門です。長女の嫁ぎ先の条件は同格以上が求められます。名門侯爵より上となると公爵か王族しかおりません。ここは公国ですので、公爵家はそのまま王族ですわ。
この国には現在王子が三人居ます。第一王子はこの国の後を継ぐ者、この方の結婚相手は他国の王家の姫君がほぼ確定ですわ。他国と婚姻をもって関係を強化する上でも重要ですから。この方はワタクシの嫁ぎ先候補から外れます。
第二王子、この方も他国の姫を貰われても良いのですけど、その場合第三王女以下の王家の姫君になるんでしょうね。それにその選定が難しい。この方は優秀です。強力な他国の後ろ盾を得ると、この方の才覚を利用してその他国がこの国に干渉してきて、最悪クーデターを起させるよう画策する恐れがあります。本当に下手に優秀なのも困りものですわね……
その為この方の場合、家の格は王族に相応しく高い、しかし後ろ盾になれるほど強力でない事が求められます。ルイバトン聖公国と同格以下の国の第三王女以下の王女でしょうね。国内の侯爵家から探す手もありますけど、それだとギロチンルートと同じくその侯爵家が後ろ盾になることになるから中々難しいですわね。
あのギロチンルートの際も、その前に婚約破棄が有ったからこそ、アシュリー侯爵家の名誉を守るためとの理由で、婚約が認められているくらいですから。この方もワタクシの嫁ぎ先候補から外れます。
そう考えると第三王子位しか、国内でのワタクシの嫁ぎ先となると有りませんのよね。次女や三女であれば侯爵家から伯爵家に嫁ぐ事も出来ますが、長女ですからね……
同じ侯爵家から選ぶという手段は、恐らく国から許可が出ません。侯爵家同士が結び付くと家の力が、公爵家よりも強くなる恐れがありますでしょ、それを恐れて許可は出ないでしょうね。
いっそ誰とも結婚しないと言う選択肢もございます。ワタクシには二人、兄が居ます。二人とも妹のワタクシを溺愛してくださっています。ワタクシが行かず後家になっても、領地の端にそれなりの待遇で住まわせてくれると思いますわ。
アシュリー侯爵家、ワタクシの両親も二人の兄の嫁探しは熱心ですけど、ワタクシの結婚にはそれほど熱心ではございませんし。両親も溺愛してくださってます。
ですからお嫁に行かないといった選択肢は大いに可能性がございます。ただこの選択をしますと、ワタクシは前世と今世で両方、処女まま生涯を閉じる事が確定してしまいます。
あんまりでは無いでしょうか? 神さま流石にこれはあんまりですわ!
イケメン手を出すとギロチン、それを回避すると生涯処女確定……なんなんでしょうかこの二択は?
ただ家を捨て自由に生きるという最終手段もあるには有ります。そうなれば結婚可能な男性の幅が劇的に広がります。
ただそれをするにはワタクシは箱入り過ぎます。生活していく糧がございません。
(魔法……そうですわね、魔法が有りますわ)
手に持ったコップを見て閃きます。
そうですわね、ここは定番ですけど魔法を修行して力を手に入れ、生活するための糧を得る手段を獲得しておくのが一番良いかも知れません。
乙女ゲーでもワタクシは魔法を使いこなす実力者な設定でしたわ!
これですわ、いえこれしか有りませんわ! 取り敢えず婚約の方はこの際です、体調不良を理由にお断りして、体調を整えると称して身体を鍛え、魔法を修行する。これしか有りませんわ!
これならどう転んでも損は無い、フラグも折れて一石二鳥!
前世ではこの手の異世界転生モノで、なんで毎回魔法修行なのかと疑問でしたが、自分が転生したらよく分かりますわね。他に手段が無いからですわ。ワタクシの様な華奢な小娘に武器など扱える筈も無い、その位おサルさんだって分かりますわ。なら魔法を鍛えるしかないじゃありませんか。前世でもそうでしたがワタクシは馬鹿ではない筈です。きっと魔法だって使いこなせますわ!
しかし……ワタクシ少し華奢過ぎではないでしょうか? こう本当に心配になるレベルですわ。これは……魔法だけでなく少し運動も本気で頑張った方が良いのかもしれませんわ。シオンやクララも細いですけど。ワタクシほどでは有りません……ここはシッカリ体つくりですわね。そうと決まれば……
「シオン、もう一杯御代わり頂けるかしら?」
「ハイ、お嬢様、ただいまお持ちしますね」
シオンは嬉しそうに空になったコップを手に、扉に向かって歩いていきます。何だか足取りが軽いですわね。嬉しい事でもあったのでしょうか?
御代わり……もう一度くらい、シオンに口移しをお願いしてみようかしら? 何だか癖になる感じ……もしかしてワタクシ……女性も大丈夫なのでしょうか? そんな……まさか……けど……ファーストキスは甘くて、美味しかったです……