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第21話 ユリウス・レイン・フォン・シルフィード

 不味いわ! 思わず恋に落ちそうな位のウィンクの破壊力! ユリウス様のイケメンパワーがこれ程とは! 顔が勝手に紅潮するわ、なんなのこの子宮に響く声は、ヤバい……マジで恋する二秒前よ……これ以上見たら不味い!


(目、目を閉じて……うぅ、なんて破壊力、もう腰が抜けそうよ……立って居られるのが不思議なくらいだわ……)


 目を閉じると幾分マシになる。


(これは何なの? 魅了ってヤツ? 魔法じゃない……違う力? 兎に角あの目はヤバいわね……うわぁ、思い出すだけでもヤバい。他の事を考えて一旦落ち着くのよ)



 他の事、最近有った他の出来事……お母様に侍女とキスしている事がバレたわね……イヤ、バレててそれを……


 イヤ、あのね……この娘、本当に女の子もイケる口なのよ! ベニカの方が主体になってるとね、ダメなのよね……


 魔法訓練や戦闘訓練を始めてから、特定の侍女と二人きりになる時間が増えたわ。おそらくその時間で他の侍女達は訓練や勉強をしているのね。指導する立場である以上、それに見合う技量が求められるわ、だからより厳しい訓練を自分達に課している、その為には時間を捻出しないとダメ。だから学習の時間とかは教師役の侍女と二人きりになるのよ……


 でね、ベニカったらシオンに口移しして貰ってから、二人きりになると侍女に口移しを強請る様になったわ。訓練も厳しいし、ちょっと甘えたかったのよね。


 よく考えなくても分かるけど、侍女はベニカが好き、でもってそんな風にちょっと甘えてくるベニカのお願いは断れない……結果口移しをして……それがキスに変わるのに時間は掛からなかったわね。


 ええ、侍女達とよ。シオンとか特定の侍女とじゃないわ。五人全員とコッソリしてたのよ……私は止めたわ! 止めたのよ! でもね、段々と二人きりの時間の侍女達のご褒美みたいになっていってね……私が主体の時にも断れる雰囲気じゃなくなっていったのよ……


 キスをしないで二人きりの時間が終わると、明らかにその侍女が不機嫌になるのよ…………うぅ、だからね仕方ないのよ。それに……私もキスは好きだったのね……前世では余りした事無いから自覚が無かったけど、キス自体が好きなのよ……


 気持ち良いのよ……甘いコミュニケーション? こう女の子の優しいキスは、イヤらしくなくて気持ち良い。まあ……段々とエスカレートして最近はディープだったけど、女の子同士のキスはコミュニケーションの一環よ……苦しい言い訳なのは分かって居るけど、他に方法が無かったのよ!


 で、それがお母様にバレたわ……


 そうあれはベニカが主体の時に、お母様とケーキを食べていたのよ。でね、お母様の口元にケーキのクリームが付いていたわ。


「お母様、口元にクリームが付いてますよ」


「あら本当? どっちかしら?」


「んふ♪ ベニカがとってあげます」


 そう言ってお母様の口元についたクリームを舐めとったのよこの娘!


 仲が良い母娘、しかも女性同士のキスに慣れて、その辺の遠慮というか、その行為へのハードルが低くなってたのね……


「ベニカ、貴方は……これはお仕置きが必要ね」


 一瞬驚いたお母様は、そのままベニカの唇を奪ったわ。ええ、もうがっつりディープ。


「んんっ! …………ぷはっ、お母様なんで?」


「んふ♪ ベニカ、ワタクシは貴方の母親よ…………逃しません、大人しくしなさい…………んちゅ、ふふっ、侍女達とこうしている事がバレていないとでも思ってたの」


「はぷっ…………ううぅ…………でもお母様、母娘でこんな…………」


「……ふぅ、女性同士のキスはコミュニケーションなんでしょ? 戯れ合いの一環、そう思ってワタクシも見逃してきたのよ…………」


「あっ…………そんなっ……とっくにバレて……んんっ!」


「もう……この娘ったらなんて…………チュッ…………でも、テクニックはまだまだねベニカ」


 お母様は流石よ、もうね経験の差がモロなのよね。侍女達も経験は無いし、ベニカにだって経験は無い。悔しい事に紅華にだって経験は無い。経験不足な小娘同士のキスなんて児戯に等しいわよ。そんな小娘相手にお母様が本気を出されたら太刀打ち出来る訳が無い……


 ってか実の娘相手に本気を出さないでお母様!


「ベニカ、貴方は直ぐに調子乗る悪い癖が有りますわね、これはそのお仕置きよ」


 唇を話したお母様は、息の掛かる距離で、見つめ合ったまま、そう告げたわ。


「お、お仕置き?」


 お母様がスッゴイ嬉しそうだったわ、厳しい顔をしながらも、ちっともそれが隠し切れてない。


「ベニカ、女性相手の、侍女相手の戯れ合いなら大目に見てあげても良かったわ」


 どうやら侍女達からお母様にだけは報告が有ったのね……でも、それだけだったから今まで見逃されてきてた……


「でも貴方はワタクシにも同様にキスのハードルが下がってましたね? これはワタクシ相手だけかしら? お兄様達相手にも下がってないと、そう言えますかベニカ?」


 ベニカに男女の区別は……お兄様達であれば口元は兎も角、頬に付いたクリームなら舐めとった可能性が高いわ、口元に付いたクリームも指先で拭って、そのまま食べたでしょうね……


「良いベニカ、ライトやジークは貴方の事が好き、兄妹として今は好きなのよ。でも、貴方が一線を越える行為を望めば、軽々とその一線を越える、それ程大好きなのよ。貴方のお兄様達は男性なのよベニカ。自制心で抑えている感情を刺激してはダメ、分かるかしら?」


「お母様……」


「仲の良い兄妹は構いません。けれども一線を越えた兄妹を赦すほど、世の中は甘くないのよ、ベニカ」


 どうも私は調子に乗りやすい、それはベニカも紅華も含めて……それをお母様は戒めてくださったのよね。


 お兄様達は……お母様のおっしゃる通りで、ベニカが望めば、一線を越えるのも厭わない程、ベニカが好き。半年近く付き合って私もそれを実感したわ。


 妹が可愛くて仕方ないから、妹を傷つけたくない一心で我慢している。幼い頃からそうだけどベニカが思わず抱き着くと、本当に嬉しそうなのよ。最近はお互い大きくなって、それが減って本当に残念そうにしているわ。


 でもってお兄様達は何方も思春期の男子、13歳なのにナイスバディなベニカが迫ったら、理性が消し飛ぶのは想像に難くない。それをお母様は心配されている。


「分かりましたねベニカ? ではお仕置き継続よ」


「わっ……ぷっ! お母様……んちゅ」


 …………お母様とは幼い頃、良くキスしていたからあんまり抵抗はないのよね。こんなディープじゃないけど、お母様は他の家族が居ないと、良く頬擦りして、その流れでキスをしてたわ。幼い……いえ、10歳くらいだから結構最近までしてたわね。


(お母様って他の家族が居るとベニカに厳しく接しようとするけど、二人きりだとベタ甘なのよね)


 しかも、そう今思えばお母様は牝牛人族の血が濃いからかもしれないわね。お母様は未だに母乳が出るわ……だからベニカは8歳位まで、普通にお母様のオッパイを吸っていたのよね。


 流石にこれ以上は不味いだろうと、お母様もその頃乳離れさせた。けど、私は未だにお母様の母乳を一日一杯は飲んでるわ。午睡の時間に絞って、それを午後のオヤツの時間に、飲んでるの……


 言い訳させて貰える? あのね、捨てるのも勿体ないし、実際問題、とても美味しいから私も好きだし、健康に良いらしいから…………


 お母様は自分の体質を悲しんでいらっしゃるわ……他者と違う、他の母親とは違う、それをとても悲しんでいる、赤子もいないのに延々と母乳の出続ける事を気に病んでいるのよ、けど、私が美味しいって言って飲むと、ほんの少しお母様は嬉しそうな顔をなさるわ。


 娘が嫌がらないからと、娘に母乳を飲ませ続ける、お母様がそれすら心苦しいと思ってらっしゃるのは理解している……けど……それでもお母様の体質は自分ではどうにもならない。誰にも飲ませる当てのない母乳を絞り続ける……それはとても悲しい事だと思うの……私はお母様が好き……お母様には笑っていて欲しいの。


 自分の母乳を、他の赤子に飲ませる……乳母の様な事をする。貴族で無ければ可能でしょうね……貴族でなければ許されたでしょう。でもお母様は貴族、乳母を雇う事は有っても乳母には成れない、それは許されない。お母様の胸を吸う事が許される人間は、お父様か同性の娘の私だけ、お兄様達も、もう許されない。それは母乳で有っても同じ……お父様も偶に飲んでいるのかもしれない、けどその辺は私には不明……


 けど、少なくても昼に絞った母乳を飲む事が出来るのは私しかいない、お昼は、お父様は外出が多いわ……だからそれは私が飲むの……


 私はお母様の母乳を飲むのはちっとも嫌じゃない。本当に美味しいのよ。ほんのり甘くて濃いわ、なのに後味スッキリで、牛乳よりも遥かに美味しいのよ!


 他の家庭に比べて、ちょっぴり? イヤ、かなりアブノーマルかもしれないけど、私はそれでもお母様が好き、愛しているわ……仕方ないでしょ? 私はお母様の娘なんだもの……


 何時か、私もお母様の様に母乳が出続けるかも知れない……可能性は高いわ……でも、私はお母様の娘だと、胸を張って生きて行くわ、美味しい母乳が出るのだから、赤ちゃんが生まれても安心でしょ? 私はちっとも嫌じゃない。


 こんな距離の近い母娘なの、とても距離の近い母娘……だから母娘のスキンシップに抵抗が無い。だからお母様とのキスもちっとも嫌じゃない。


(そうよね、ベニカが女の子もイケる口なのは、間違いなくお母様譲りなのよね)


 お母様の周りにいるお付きの侍女はお母様に心酔している、本当にお母様を大事にしている。そう……私と私の侍女達と一緒……ならお母様もきっと侍女達と似たような事をしている……お母様のお付きの侍女もお母様を愛している……


 だから侍女達と戯れることは許される……でも、お兄様達はダメ、異性に対してやっては絶対にダメ、それは貴族の子女として決して許されない……だからお仕置き……


 その時はお仕置きと称して、お母様が満足されるまでお口をお母様に蹂躙されたわ。お母様……ストレスでも溜まってたのかしら? アレよね……お母様も相当よね……侍女達? 当然見てたわよ? ええ、お母様の侍女達も、私の侍女達も平然と見守ってたわ……



(ヨシ! 魅了の影響から逃れたわ! 色々何思い出してんだって感じだけど、ベニカの女好きが役に立ったわね……)


 男性の魅了に対して、女性好きな部分で対抗して、魅了の影響から逃れたけど……諸刃の剣だわ……本当に早めに自制させたいけど、もう手遅れな気がする。まあ女性相手ならザマァはないから良いんだけど、下手しなくても女性に走ると婚期が遠く、処女のまま生涯を閉じる可能性が高くなるわ。


(いえ、今考えるべきはユリウス様の事よ。そっちは私がいるから大丈夫。将来絶対イケメンをゲットして押し倒す! だから今は切り替えてユリウス様の事を考察するわよ、今現在私は追い込まれているわ)


 ユリウス様に魅了されてちょっかいを出すとザマァの可能性が高くなるからそれはダメ、それは分かってるわ。


(だけど他のイケメンよりはユリウス様は安パイな筈よね?)


 何故って? 主人公ちゃんとの相性が最悪だからよ。


 主人公ちゃんは聖女の様に誰にでも優しい、けど、ユリウス様は聖人なのに、いえ、聖人だからこそ優しく無い。


 主人公ちゃんは悪人でも改心させるように動く、更生させようとする。その人物の良い面を見つけてそれで罪を赦し、その良い面を前面に押し出し救おうとする。


(関わった者を、全て救おうとして懸命に努力する。そこに悪人まで含めて居るのは、正に聖女なのでしょうね。攻略対象のイケメン達もその主人公ちゃんの優しさに惹かれていくのよ)


 ユリウス様は違う、悪人は容赦無く断罪する。救うべき人々が居る、それに対して悪を行う者を赦さない。悪人を更生させる手間など掛けない。その手間でより多くの人を救おうとする。悪人を生かしておくリスクを許容しない。


(そう、悪人にだって更生する可能性は僅かで有ろうとある、けどユリウス様に出会う前にだって幾らでも更生する機会は有った筈。なのにそのまま人々を虐げる者、それを赦さない)


 ユリウス様は正義を執行したいわけじゃ無い。正しく有ろうとさえしていない。正規に裁く事さえせず、裏でこっそり討ち亡ぼす。そう行動原理が単純。相手は自分にとって赦せない事をしている、だから殺す。法の及ばぬ悪を法に触れても排除する。


 そうユリウス様は、その行為がバレたら法に触れるような手段を取ることに躊躇いがない。バレるようなドジは踏まないけど、悪を排除するのに手段は選ばない。


 それは『独善』、だけどユリウス様は『独善』である事の自覚を持ってる。でも、だからこそそれをやめる気がない。


(でも何でそれで『聖人』認定されているのかしらね? コーデリア様とは随分とタイプが違う……なのに『聖人』……)


 主人公ちゃんの行為はともすれば『偽善』、そんな風に言われる行為、だけど主人公ちゃんにその自覚はない。『偽善』だとは露ほども考えてない。


(将来的にどうなったのか分からないけど、主人公ちゃんは『聖女』認定はされていなかった……シナリオライターの美智瑠の考えなのだろうけど……この世界でもユリウス様は『聖人』なんでしょ? 枢機卿、この年で枢機卿に選ばれるには『聖人』になるしかない、ユリウス様は『聖人』で主人公ちゃんが『聖人』でない理由は何?)


 自覚の問題かもしれないけど、それは今は重要ではないかもしれない……『独善』と『偽善』、この二つは相いれない。自らの望むままに正しく在ろうとする『独善』と、世間が望むままに正しく在ろうとする『偽善』が相いれる筈がない。目指す方向が違うのだから……


 故に主人公ちゃんとユリウス様の相性は最悪、だからこその最高難易度キャラ……普通なら攻略対象イケメンの中でも安パイに限りなく近い……少なくともゲームの中のユリウス様はそんな人物。


(寧ろ、主人公ちゃんが居ない今なら、間違いなく安全、普通ならザマァを気にしないで良い状態、けど……)


 けどダメ! ダメなのよこの人は! 何せ相手はあのユリウス様よ、ユリウス様は妹激ラブ! しかもその妹が美智瑠!


(よりにも寄って、あの美智瑠が、ミチルに転生するなんて、なんて事なの!!)


 ええっ分かってますとも……美智瑠がユリウス様を他の誰か、別の誰かに明け渡す? ハハッァン! 有り得ない! あの娘の一番の推しメンよ? ザマァも厭わず必ず邪魔しに走るわっ!


(美智瑠なら、禁断の兄妹愛すら余裕よ! あの娘なら余裕で一線を踏み越えるわ! 何年あの娘と付き合って来たと思ってるの……あの娘、カップリングや、自分の推しキャラの設定で平気で先輩である私を相手にガチギレする様な娘。仮に自分が望めばユリウス様が自分の物になるなら、それを躊躇ったりしない。美智瑠が『私の婿』って言ってたのがユリウス様よ!)


 そしてユリウス様なら妹の美智瑠がそう望めば、それを全力で果たそうとするわ! この目の前のイケメンはそれほどまでに妹に甘い。ユリウス様の『独善』は妹と結ばれることを悪としないわ。


 美智瑠がユリウス様の妹になってる段階で、ユリウス様は難攻不落のイケメン! 攻略対象外なのよ!


 第二弾でのユリウス様の攻略方法はただ一つ! 妹の純情系ビッチのイケメン攻略に手を貸して、ミチルをユリウス様の周りから排除しつつ、ミチルの好感度を稼いでユリウス様とお近付きになる。これ以外に手は無いわ!


 他のイケメンを生贄に捧げる事によってのみ攻略可能な幻のイケメン! しかもミチルは純情系ビッチ、イケメン一人で満足なんてしない! ユリウス様を攻略して堕とすまで、純情系ビッチの毒牙にイケメンを何人も捧げ無ければならない! 堕とせはするけど犠牲も大きい……それを嫌って堕とすのを諦めるユーザー続出のレアキャラ……


 ゲームでさえそれよ? なのに今回は美智瑠が妹、例え他のイケメンに注意が向いても、ユリウス様を諦める事は絶対に無い。完全に無理ゲーな攻略対象外なイケメンキャラと化しているわ!


(さて、では私はこれからどうするか、それが問題よ。美智瑠達には会う、それは良いわ、今後の予定はOK、今考えるべきは今この場をどう切り抜けるかよね)


 このまま私が立ち去るのが一番無難、外出の収穫は十分にあったわ。美智瑠達の存在が判明した、巴瑞季は兎も角、美智瑠と協力できればザマァ回避がとても楽になる、そんなカードを手に入れられた。なら、今日は大人しく引き上げるのが一番無難……


 けどこれはあくまで思わぬ収穫、本来の目的じゃあない。本日の外出の最大の目的は情報収集、特に売っている物を見て、その価値や、その品物の品質などから、世間一般の常識、価値観に関する情報を仕入れる。これにある筈よ。


 けど初っ端から、この店舗に来て、しかもこんな予想外の展開に、私はまだ何一つその辺の情報が仕入れられていない。


(不味いわね……今日ユリウス様に出会ってしまった……情報収集をした後でなら、出会っても問題は少なかった、けど最初に出会った事で、他に何も出来ていない、それどころかユリウス様に出会ったことによって、次回の外出の許可が、下りる可能性が非常に低くなってしまったわ。今回はユリウス様は敵対していない、今回は無事に帰れるかもしれない。けど次回そうだという保証はない。そんなリスキーな外出に許可は出ない。少なくても、美智瑠やユリウス様を招いた情報交換の場で、ユリウス様が絶対に味方になってくれる保証をしない限り、私の外出は許可されないわ)


 ここは何としてでも、今回、ある程度の物価を調査する。次回の約束は済ませたのだから、ユリウス様と別れの挨拶をして、店内の見学に戻るべき……それしかないわ。武器や防具と言うのは余り物価の指標にし難いけど、その値段や出来を知れば、少なくても武具に対する、それの価値が分かる筈、アシュリー侯爵家で使用している武具の価値もおおよそ分かるかもしれない。


(このお店はどう見ても量販店、なら価格の分布、高い物と安い物の価格差からも分かる事は多い筈!)


 本当は最初に青果店なんかの単価の安い果物や野菜の値段から、この世界での通貨の価値を知りたかったけど、それは又今度にしても良い。自分の身に付けている物の値段がおおよそ類推出来る情報さえそろえば、何かあった時、それを売って路銀に換える際に、不当にぼられる心配はないわ。


(その後適当に街で安い果物を見て、その路銀でどの位生活できるのかは分かるでしょ)


 万が一の備え、その為の情報収集なのだから、少しでも情報を収集しよう。


 そう決意して目を開ける。長考の様な気もするけど、実際にはほんの数秒の筈、問題はないわ。


「ではユリウス様、次回を楽しみにしてますわね、美智瑠によろしくお伝えくださいませ。では失礼致します」


 そう言って私はユリウス様を避けて、別の通路から店の奥へと歩を進める。そう進んでいるのに……周囲の警戒が一向に解けない。それどころか後方に警戒が集中しているのよ……何故って?


「あの……ユリウス様? 何故ついてこられるのでしょうか?」


「ん? ああ、気にするなと言っても無理だろうけどね、まあ気にしないでもらえると助かるかな?」


「答えになっていませんけど?」


「ふむ、初対面のベニカ嬢にこんな事を言うのは失礼だと承知しているのでね、出来れば答えたくはないのだが……どうしても聞きたいのかな?」


「……はい、是非お聞かせ願えますか? 何故ついてこられるのでしょうか?」


「ベニカ嬢がどのようなお嬢さんか見極めるため、かな? 今、この場で私と出会ったのは予想外の筈、なら普通はそのまま店を出て、私と別れる事を優先する筈、なのにベニカ嬢は、こうなる可能性もあったのにも関わらず、当初の予定を続行した、その目的に興味がある」


 やはりユリウス様は一筋縄ではいかない。自分が私達にどう見えているかそれを承知の上で、敢えてのこの行動……


(美智瑠のために、情報収集しようとしてるんだろうな……そもそも転生者なんて不確かなものを、ユリウス様は何処まで信じているのか……)


「ワタクシの目的は市場調査、いえ、モノの価値の調査ですわね。ワタクシは自分で世間知らずだと心得ていますの。ですから、世間を知りたくてこの場に参りましたわ。安全第一なら確かに、あの場で回れ右をして自宅に取って返すのが最善でしょうね、しかし、冒険をしない者に道は開かれませんわ。私は今日このチャンスを得る、その為に多くの時間を必要としましたの。次何時チャンスが訪れるか、それが不明である以上、最大限このチャンスは生かす所存ですわ」


 隠し立てして得るものは何もない。なら正直に話して、サクサクお引き取り願った方がマシ、そんな判断から、正直に全て話す。


「ふむ、まあ、ベニカ嬢がこの場に来る理由、それ位しかないか……この店にベニカ嬢が欲しがるような物が売っているとは思えない。妹もそうだけど、それが君達の常識と言う奴かな?」


「美智瑠も同じだったと? では美智瑠がこの店に訪れた理由も同じ?」


「そうだよベニカ嬢、同じ目的でこの区画を訪れ、外観に魅かれこの店に入り、壁に貼られたメッセージを読んで、自分もメッセージを書いた。どうしてここまで行動が似るんだろうね? 少し不思議だね」


 その理由は簡単ね、そう美智瑠だって同じ筈……


「危機感、そう危機感ですわね。美智瑠も同じでしょうね。得られた情報を分析すれば、自分が安心できる状態ではないのは分かる筈、ならその危機に備えて情報を収集して、万が一を想定して、その対策に動くのは当然でしょう?」


「なる程、やはり同じことを言う。世間一般の貴族令嬢達はこの状況でも、割とのほほんと生きているのに……」


「この状態でのほほん? 気軽に外出すら出来ないのに?」


「……ふむ、勘違いとは言えないが、正解ではないかな……」


「正解じゃない? 何故でしょうか?」


「貴族は数多い、この国の貴族は大勢いる。その中で、リスクを冒しても襲う価値のある貴族令嬢がどれほどいると思う?」


「あっ……」


「そうほんの僅かだよ。ほんの僅かな有力な貴族令嬢だけが狙われている。他の貴族令嬢が全く安全とは言わない。けどベニカ嬢、君達程危険な状態にある貴族令嬢は少ない。まあだからこそ、その危機感を有しているのは良い事だと私も思うよ」


 なる程、確かに道理だろう、人員に限りがある以上、狙うにしても的を絞る必要があるわね。なら狙われるのは有力貴族、そう名門アシュリー侯爵家はその有力貴族だろう……


「ユリウス様は何が仰りたいのですか? そもそも何故この場にユリウス様が居たのですか?」


 そう……そもそもの疑問だけど、何故この場にユリウス様が居合わせたのか? この店にユリウス様の興味を引く物はない筈、自分でこの店に私が興味を持ちそうな価値のある物は無いと断言している。にも拘わらずユリウス様はこの店に、このタイミングで現れた……


「ふふ、当然ベニカ嬢、君を待っていた。だからこの場に私が居る。妹から話を聞いて以降、常に君の家を見張らせていたからね。外出したとの情報を掴んで、この場で待ち構えていたっというわけだね」


「今、それを教えて下さっているのは……忠告ですわね?」


「察しが良くて助かる。そう早めに家に帰った方が良い。私は妹が悲しむ顔は見たくない。ベニカ嬢、君は自分達が思っている以上に狙われている」


 どうやら別の何かの動きをユリウス様は掴んでいるらしい、今日は大人しく帰った方が良さそうね……


「まあ手ぶらで帰るのもあれだろうからね、私からの大サービスだよ。一ゴールドは一円位の価値で、物価もそんなには差はない。若干こちらの方が安い位かな?」


「えっ???」


 いや、日本人だと知っている以上、日本円で換算してくれるのは非常に助かるんだけど……


「武具の値段については、付与されている魔法や、出来次第で価値のバラツキが大きい。だから万が一に備えるなら現金か宝石だけど持ち運びを考えたら宝石かな? 大きな宝石はやめておいた方が良いだろうね、換金し難い。小さめの宝石がお薦めだね」


「うぅぅ……」


 目的までバレてる!! けど今この場でそれを言われるとちょっと不味いのだけど……侍女達の私に向ける視線が痛いわ……


「それとこの世界には召喚者、そう日本から召喚された人々が大勢いる。当然転生している者も他にも居るのだろうけど、こっちは数が分かりにくい。因みに召喚された日本人は十万人以上いる。日本人の街がある位だ」


「はぁ……えっ??」


 調べようと思っていた情報がポロポロ出て来る。そう自分で調べたらどれほどかかるかも分からない情報、真偽を検証する必要はあるかもしれない、けど一から自分で調べるよりはずっと早いわね。それにヒントになる情報も多い、これを元に家に戻ってから調べれば、可成りの事が判明するわ。


「召喚者は別に日本人だけじゃない、アメリカ人やドイツ人の街だってある。これは転生者も同様だ。だからこんな店がある。この店は、そんな転生者の集う場所でもあるんだよ」


 欲しい情報をここまで的確に与えてくれる。そう的確過ぎる……意図が読めない、何故ここまで? 美智瑠の知り合いだから? それだけでここまで?


「……」


「さて、次に会うまでに色々考察する為の情報は揃ったはずだよ? 今なら家に辿り着くまでの安全は私が保証する。帰りたまえ」


「ユリウス様は何処まで知っているのですか?」


「言ったはずだよ? ミチルから色々聞いている。だからミチルの知っている事は私も知っている。そして私は君達の知らない事も知っている。だから君が知りたい情報も知っている。それだけの事だね」


 ユリウス様だけは敵に回したくないわね……本当に化け物だわ……

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