演技派令嬢、婚約破棄を推奨する
とてもぐっちゃあ……って感じですがご容赦下さい
「マリアンヌ!お前はアンナに嫉妬し、陰湿な嫌がらせを行った!よって私はここにお前との婚約破棄を宣言する!」
(((……よっしゃキタあぁあああ!!!)))
皆様初めまして。私はたった今婚約破棄された令嬢……の親友であり、良き理解者でもあるしがない一貴族です。ちょっと王族へのコネや、いろんな人脈がある程度。
そして今私は………この婚約破棄の場の舞台裏で準備に勤しんでいます!
「グループA、すぐに照明の位置について!殿下とマリアの位置は概ね予想通りだから変更はなしよ!」
「「はい!!」」
「グループBは小道具の用意を!いつもの場所に置いてあるわ!」
「「はい!!」」
「グループC、暗転の準備!グループA、Bがだいたい配置に着いたら暗転、その後各グループのサポートを!」
「「はい!!」」
「焦らずにね、練習の通りで良いのよ!」
あっ、マリア耐えて、耐えるのよ、今吹き出したら全てが水の泡だから!
「───準備整いました!」
「よし、暗転!」
***
───何故このような茶番が始まったのか。話は数ヶ月前まで遡る。とある王立学園の教室での昼下がり、全てはこの会話から始まった。
「私ね、殿下にそろそろ婚約破棄されそうなの」
「あら、それは大変ね」
「ええ」
───おい。
……クラスメイトはこの時ほど心が一つにまとまった瞬間はないと後に語った。
爆弾発言をして優雅に微笑む彼女は、親友のマリアンヌ。そんなマリアに軽く返したのが私ことルリィアだ。
ぽかぽかと陽気の良い天気だが、先程のマリアの発言によって机の周りの温度が下がったのは気の所為ではないだろう。
「寒いわリィ」
「あら、ごめんなさい。身の程知らずのお馬鹿さんが何を考えてるのか理解不能で。何?ほんとに馬鹿?いえ、分かってるわ。馬鹿なのよね。私ったら今更何わかりきったことを言っているのかしら、殿下ってばついに老化で脳が溶けだしたのかと思ったわ」
「気持ちはすごく分かるわ。もうどうしようもない程に馬鹿なの。『常識』って言葉自体を知っているのかと疑うレベル、一度三歳児用の教育本を学び直した方がいいんじゃないかしら。それにそもそもあちらから言い出した事なのにねぇ、婚約」
マリアは呆れを多分に含んで溜息を吐いた。と、そこで私はそんな彼女を見つめ、あることをふと思い出した。
「そういえば最近なんか男爵位の令嬢と一緒に居たわね。……こんな感じ?『ああ、すまないマリアンヌ!私は彼女を愛してしまったんだ!』」
「大正解。さすがリィ。いえ、謝っているだけまだそちらの方が誠実ね。それにもうそんな話になってる訳じゃないの。あくまで私の予想でそうなりそうってだけで。でも殿下は十中八九……いえ、十中十は惚れてるわね。それに殿下は私が嫉妬(笑)でその方を虐めてるって思い込んでるの。殿下に惚れる要素ってあるのかしら」
「じゃあその予想は当たりそうねぇ……」
クラスメイトが未だ硬直状態から立ち直れていない中、私とマリアの会話は続く。
「お馬鹿さんその1はまあ置いといて、そのご令嬢はどんな人なの?マリア。王子妃として大丈夫そう?」
「あ、無理だわ。無理無理。絶対に無理。お盛んな牝犬……あら、ごめんなさいリィ。貴女犬好きだったわね。じゃあ雌豚……は豚に失礼か。大変だわ。あの子に例えるだなんて失礼すぎて出来ないの」
「まあ!要するにその子は貴族としての自覚や教養も無く、マナー、役割もろくに果たすことの出来ない間抜けで愚鈍なお馬鹿さんその2ってわけ。さらに婚約者のいる男性に親しく話しかけるという図太さも持っていると」
「そうなるわねぇ」
もはや私たちに驚愕と畏怖の目でガン見しているしかできないクラスメイトに視線を向けると、私は問いかけた。
「貴方達はどう思う?」
ビクゥっっ!!
「……あ、あの……その、ふ、不敬罪が……」
「構わないわ、私が許す」
そう言うと、彼らはお互いの顔を見合わせ、話し出した。
「……ぶっちゃけうざいです」
「その子も我が物顔で殿下や他の側近に媚を売ってて、見てる方が気分悪いですわ!」
「殿下も殿下で高飛車で傲慢ですし、マリアンヌ様を蔑ろにしていらっしゃるし、所構わずその子といちゃついてるし、迷惑極まりないです!」
「頼むからそんなことより仕事してくれっ!」
次々と出てくる彼らに対する不満で、彼らがほかの貴族にどう思われてるかは一目瞭然だ。
「うわあ、皆溜まってるわねぇ……特に最後の人。切実な叫びだわ」
「ええ、そうね……。でも私は不敬罪を貴女の『許す』の一言で無効にした貴女の発言力も恐ろしいかしら……。いくら王族に連なる者と言えどもどうなってるのよ……」
「まあ嫌ですわ、企業秘密というものですマリアンヌ様。それにあの殿下以外の王族にはちゃんと淑女してるわよ。皆殿下より私の方が価値があるって思ってるんじゃない?」
ぐるりと周りを見回すと。
「その通りです!」
「殿下とルリィア様を比べること自体がおこがましいのです!」
「ほら!」
「それでいいのか王子……。いや、よくないわ。これはリィがすごいの?でもまあ殿下のお兄様方は優秀でいらっしゃるし、将来の国に対しての不安はないけれど……まあ、その……ちょっと、一人は……アレだけど」
「はっきり言っていいわよ、腹黒だって」
「………」
「敵に回したくない、そもそも本性を知ってたら近づきたくない。そのくせ外面だけは理想の王子様」
「ああ……うん……」
「笑顔で人を追い詰めていく際の手際の良さには感心する」
「……貴女と似たもの同士でしょ。未来の旦那さんなんだから手綱握っといてね」
「ごめんね、マリア。それは出来ないの……。なぜなら私も一緒に楽しみたいから……っ!」
(形だけ)口惜しげに私が言うと、マリアは呆れたように苦笑した。
「仕方ないわね。心は折っても程々にね。使い物にならなくなったら困るんだから」
「はーい」
────おい……!
クラスメイト、驚愕、再び。
「せっかく義姉妹になれるかと思ったのに、仕方ないけれど残念ね。まあ後始末は国王陛下におまかせしておけば大丈夫でしょう。賢王と名高く、ご立派だと聞いているもの」
「ケッ。あの狸が?」
「………」
「私に、無茶ぶりを、ふっかけたり、めんどくさい、仕事を、振り分けてくる、あの、自分が、楽しめればいい主義の、た・ぬ・きが?」
「……おい不敬罪どこいった。ていうか王族って変人しかいないのかしら……。ここ何十年かのデータを調べて研究してみても面白いかもしれないわね。《王族変人説》〜まさかの外面詐欺!驚きの事実に迫る〜とか卒論のテーマにどうかしら。ちなみに(将来王族になる予定の)貴女は?」
「マリアも人のこと言えない不敬……。私?王宮では『人の皮をかぶった悪魔系女狐』って言われてる。ちなみにマイダーリンは『人の皮をかぶった悪魔系黒豹』です。お似合いってよく言われるの。きゃっ、照れちゃう!」
「そう、それは良かったわね。褒め言葉かどうかは微妙なところだけど……本人が良ければいいか。まあ、あの人がリィを溺愛しているのは周知の事実だし、いいんじゃない?ああ、そういえば王族の婚約者って何かしらのやっかみや誰かからの嫌味が日常茶飯事なのに、貴女にはそういうのが全くなかったわねぇ。……どうしてかしら?」
「きっと人徳だと思うの!ほら、私ってば優等生ですし?……って、貴女もじゃない。なぜか今までご令嬢たちからの嫌味、攻撃はゼロ。素晴らしい快挙ね」
「あら、でも今は私、婚約者に捨てられそうなただの可哀想な女の子よ?皆様とても同情して下さっているわ」
「うふふ、そう思うように仕向けたのは何処の誰なのかしらね?」
「あはは……」
「うふふ……」
────ねえ、これ俺ら聞いてていいの?消されない?
────誰かタスケテ……!
傍らでは、クラスメイトの声なき悲鳴が教室に響き渡っていた。
「───で、話を戻すけれど。貴女はどうしたい?」
私がにやりと笑って問いかければ。
「そりゃあもちろん、『ざまぁ』的展開を所望するわ、盛大にね!」
「そうこなくっちゃ!」
「お願いできるかしら?」
「任せて。こんな面白そうなこと、見逃せるわけないでしょ。条件は?」
「私の醜聞は避けたいの。実家や次に影響が出てしまうから。他はどうでもいいわ」
「んん?マリアちゃん、次?もしかして〜、ハ・ル「ちょっ、リィ!」」
慌てて私の口を塞ぐマリア。これは確定でしょ!
「ふふ、分かったわマリア。それも含めて任せてちょうだい!楽しくなってきたわ」
「~~っっ!」
顔を真っ赤にして「でも……ハルト様は私のこと何とも思ってないし……」と呟くマリアはめっちゃ可愛い。……てか誰?キャラ崩壊してない?乙女かよ。逃がしたくないと思ったら外側から固めていくのが貴女でしょうに。恋は人を変えるって本当なんだねえ。ヘタレももっとがんばってアピれよ……とは常々思う。
……え、私?気がつけばあっという間に婚約者様に囲われていましたが何か。素晴らしい手腕でしたよ。いつの間にか彼が隣にいたのでびっくりです。
ああもう、マリアを選ばないなんて殿下ってば本当にお馬鹿さん。まあ殿下には勿体ないからちょうど良かったかもね。
とりあえずは共犯者を募って、準備しなくちゃ。クラスメイトは巻き込み決定事項でしょ、あとあのへタレも引きずり込んで、ダーリンにも協力を…………何を要求されるか後が怖いけど。この前の長時間膝枕は二度とやりたくない。足が痺れて死ぬかと思った。
ねえ、殿下。マリアを裏切ったんだから相応の報いは当然でしょ?
精々楽しませてくださいね。
「────さあ、始めましょ?」
***
そして時は今に至る。
「なっ…!婚約破棄だなんて……!」
ザワッ!と殿下の発言で周り動揺が走る。学園の創立記念パーティーというこの祝事での不祥事。祝いの言葉を述べるために国王陛下も出席しており……つまり、取り返しがつかない。
賢王と名を轟かせる方がこんな失態を見逃すはずがない……と貴族たちは恐る恐る陛下の方を見た。……が。
………それはそれはもう少年のような無邪気な笑みで、これから起こることが楽しみで仕方がないというように笑っていらっしゃった。例えるならばお忍びで有名な演劇を見に来たお坊ちゃん。彼らの心情を表すならば『誰?』である。
………貴族たちは、そっと視線を逸らした。
なにか見てはいけないものを見てしまった気分だった。
貴族たちのそんな心情などつゆ知らず、この演劇(仮)は続いていく。
「ふん!お前がアンナを虐めていたことは調べがついている。そんな陰険で性悪な女にこの私の妃が務まるわけがない!」
「そうですぅ、アンナ、とおっても怖くって!でもぉ、今謝ってくれたならぁ、許してあげますよぉ?悪いことをしたらぁ、謝るのはぁ当たり前じゃないんですかぁ?」
「優しいな、アンナは。それでこそ私の妃にふさわしい」
「ええー、そんなことないですよぉ」
「誤解ですっ!私、何もやってな……っ!」
「まだ言うか!最後の最後まで見苦しいな」
「そんな……っ」
マリアが顔を手で覆って俯き、悔しさ(は、建前として)歓喜、楽しさ、面白さ、相手の滑稽な姿に笑いを堪えて震えていると。
「───暗転!」
途端、パッと全ての明かりが消えた。
「な、なんだ?何がおこっ……むぐっ!?」
「きゃあっ、殿下怖いでっ……ふごっ!?」
口を開いた殿下と、その横のアンナとやらの口を黒子さんがふさぐ。
「少し静かにしていてください、殿下!私たちの練習の成果を見せる時なんですから!」
……いや、意味が分からん。
殿下の目がそう言っていたけど、無視だ無視。
すると、今度はパッと明かりがついた……マリアの頭上にのみ。スポットライトを浴び、ドレスの飾りがキラキラと光に反射して幻想的な雰囲気の漂う中、マリアは身振り手振りを使って話し出した。すると、頭上からはらはらと雪のようなものがまるでマリアの悲しみを表現するかのように舞い散る。
「ああ、なんという事でしょうか……!まさか殿下に婚約破棄を言い渡されるだなんて!いえ、まだこちらに非があるのならば納得も出来ようものの、アンナ様を虐めていたなど、私にはなんの覚えも無いというのに……!」
そう言ってハンカチを取り出し、目元に当てるマリア。芸が細かいね。ちなみに雪のようなものはわたです。
ギャラリーは思わずその美しさに見とれている。よしよし、そのままでね?ではでは今のうちに行きますか!
「いってらっしゃいませ!」
「こてんぱんにしちゃってください!」
「楽しみです!」
思ってたよりクラスメイトがノリノリで楽しい。
いざ、ルリィア出陣!
「ああ、マリア……!」
私がマリアに駆け寄るとスポットライトが二つになり、私とマリアを照らす。そして風がふわっと吹き、雪が舞い上がる。それはまるでマリアと私の混乱、やりきれない感情を表しているようだった。
「ルリィア……!私、私……!」
「マリア、分かってるわ。だから、何も言わなくてもいいのよ」
「リィ……っ!」
私の胸にすがりつき、俯いて肩を震わせるマリア。この震えは…………耐えてくれ。
あ、超笑顔のダーリンもいる。そりゃあ一つ上の学年だから当たり前か。それに計画を話した時から楽しみだっていってたもの、頑張るから見ててね!
「この婚約は両家の承認によって決定されたもの、簡単に殿下が単独で破棄など出来るものではありません。そもそも優し……、ええ、優しいマリアが誰かを虐めるなんてありえませんわ!殿下、もちろん証拠はありますわよね?」
私が殿下に向かってそう問いかけると、殿下と横の子……アンナだっけ?の口を塞いでいた黒子さんがすっと闇に消えた。……その技術どこで身につけたのか教えて欲しい。いきなり現れて抱きついてくるマイダーリンに対抗する手段として……オット、ナンダカ、視線ヲ感ジタ。ここにきて“異常に察しがいいダーリンは人外かもしれない説”が浮上した。私、そうだとしても、驚かない。
殿下とアンナにスポットライトが当たる。殿下は自信に満ちた顔で私たちを見下したように嗤うと、自分が悪いなど微塵も思っていないようで堂々と声を張って宣言した。
「当たり前だ!その女が悪巧みもまともに出来ない弱い頭で助かったがな。おかげでお前のやらかした悪事がどんどん出てきたぞ!」
……フッ。
いえ、貴方の不始末を処理してたのはマリアですよ?後始末がどれだけ大変だったかご存知なんでしょうねえ?ねえ?そのご自慢の顔をぐっちゃぐちゃにして二度と見れないような面にして差し上げましょうか?それとも男に飢えた男どもの中に裸にひん剥いて放り込んで差し上げましょうか?
……コホン。ちょっと危ない思考が。落ち着け私。あいつにはイラつくだけ無駄。
そもそも何故私が出てくるのか、とか雪が舞ったり室内なのに風が吹いたりスポットライトが準備されてたりそもそも明かりが消える時点でおかしいのに突っ込みもなしでこのまま続ける殿下ってすごい。あ、隣の子もか。
それに黒子さんが口を塞いだ時に陛下や周りの貴族が何も言わないのを不思議に思おうね。
ここまで来るとわざとこれに乗ってきているんじゃないかって思っちゃう。……え、違うよね?え?
「教科書が破かれたときには教室からマリアンヌが出て来て、階段から突き落とされたときにはマリアンヌの後ろ姿が見えたとアンナが言っている!」
どやあ………って、それだけ?
「殿下、それは証拠ではなく証言ですわ。それだけではマリアを糾弾してよい理由にはなりません」
当たり前でしょ?5歳でも知ってる常識ですよ、常識。証言だけでなくきちんとした証拠も必要。証人がいればなお良し。あと人を指ささない。めっ!ですよ。
「ええい、煩い!アンナが嘘をついているとでも言うのか!それ以上その女を庇うのならばお前も同類として処罰するぞ!」
……いや、確かに同類なのは認めますけれども。
えーっと、その前に私、貴方のお兄様の婚約者ですよ?義姉となる存在ですよ?そんな口きいていいと思ってんの?ねえ?まさか、何も、分かって、ない……?そんな事って、ありえますか……?思わず後ろを振り返る。
『ねえダーリン、コレ、教育済みよね?』
『その筈なんだけどね………。どうやら彼には特定の記憶だけを失う才能があったようだ。我が弟ながら素晴しい才能だね。新しい発見だよ』
『こんなことをやらかす前に発見しといてよ。今更わかった所で後の祭りじゃないの。王家の教育って本当に大丈夫?大幅な見直しを強くオススメするわ。いっそ教育係変えるべきなんじゃない?』
『大丈夫だよ、ほら私はこんなにまともじゃないか』
『今ので一気に不安になったって気づいて!?どの口が言うの!?』
ねえマリア、もしかしたら貴女の〈王族変人説〉って王家の教育方針に問題があるんじゃないかしら……。副題を〜驚愕!王家流の育て方〜とかにすべきかも。
『まあとりあえず頑張るわ…』
『期待しているよ私の婚約者殿。終わったらリィの好きなマカロンを食べさせてあげるから。前にリィが食べたいって言っていた有名店のものを取り寄せたんだ』
『本当ですか……好き……ラブ……マカロンと結婚したい……』
『……私は今マカロンが滅べばいいと思ってるよ』
『マカロンに嫉妬はよくない』
『じゃあ私と結婚して?』
『毎日お菓子をくれるなら』
『……お菓子もこの世に必要ないよね。仕方ない、とりあえずリィの餌付けから頑張るとしよう』
『よろこんで餌付けされますとも。美味しいは正義だという事実はたとえ世界が滅びようとも変わらないと思ってる』
『私はリィが一番美味しそうに見えるよ。……早く食べさせてね?』
『うっ……まあ、そのうち……』
『……そのうち……ね』
「…………このバカップル共がっ!!公共の場でイチャついて二人の世界に浸ってんじゃないわよ!せめて声に出して会話しろや何言ってるかはだいたい分かるけれどもさあ!」
甘々なんだよお前ら至近距離でそんなもん見せられるこっちの身にもなってみろ胸焼けしたら責任取ってくれんだろうなあこちとら一応修羅場なんだよ!!
(注・一応すべて小声です。)
あっ、うん、ごめんねマリア。心の声までしっかりと伝わってきます。そう言えば修羅場ってたのすっかり忘れてたわ……。修羅場と言ってもあっちの一方的な言いがかりだけどね。
目線で会話してただけで、二人の世界に浸ってたつもりは無かったんだけどなあ。
「ラブラブでごめんね?」
「うぜぇ!」
てへっと可愛く首を傾げてマリアに言うと、即座に辛辣なお返事が返って来ました。言葉遣いが悪いですよ、仮にも貴女貴族令嬢でしょうが。バレなければいいって?ええ、確かにその通りです。
ていうかどこでそんな言葉遣い覚えてきたの……あ、私とよくお忍びで街に行くからか。
「いやホントごめんって。お詫びにあとで苺タルトあげるから。某有名店のやつ。ちょうど2個あるから」
「何言ってるのよ許すに決まってるじゃない。もしかしてあの店?さすがリィね、私予約取れなかったのに」
「ふふ、持つべきものは権力と人脈なのよ。そして私はお菓子のためにそれを使うことを厭わない」
「私にとって持つべきものはそんな素晴らしい友人ね」
そうして愛しいお菓子たちとの至福の時間を思い浮かべ、和やかな雰囲気で笑っていたのだが。
「おい、そこ何をしてる!私を無視するな!」
「後ろめたいことがあるからぁ、誤魔化そうとしてるんじゃないんですかぁ?」
((忘れてた))
……私とマリアの心の声がハモった瞬間だった。
そういえばまだ辺りは暗いままだしクラスメイトもスタンバったままだわ。本来の流れに戻さないと。
「いえ、後ろめたいことなんてございませんわ!私は殿下を支えるべく努力してきたというのに…」
「はっ、小言を言ってきただけではないのか?どうせお前のことだから自分の思い通りにならないのが気に入らなかったんだろう」
「いえ!」
「そもそもお前は……うわっ!?」
「……リィ……」
気の所為です。私の投げたなにかが殿下の頬ギリギリをかすっていったなんて気の所為です。
そんな目で見られても気の所為なのです。別に長々とうるさいなとか、口を閉じろ馬鹿とか、時間が押してきてヤバいとか思ってないです。
静かになった所でグループAに合図を送る。するとスポットライトが私に集中した。私は初めのマリアと同じく、身振り手振りを使って話し出す。
「可哀想なマリア……。そもそもこの婚約はあちらからのものなのに、この仕打ち。薄情にも程があるわ!」
「ちょっとまってさすがに流れ無理矢理すぎない?」
すかさずマリアに突っ込まれるが、問題無し!なぜなら……
ザワザワ……。
ヒソヒソ……。
ギャラリーがどよめく。
「エキストラの皆さんを仕込んであるから。バッチリよ。たいてい扇動すればなんとかなる」
「エグ」
「戦略的と言ってくれる?」
ここでスポットライトに加えてエフェクトを追加。ちなみにキラキラした紙吹雪です。
「それにマリアには想い人がいたというのに!それを国のためならって……ううっ」
「仕方ないわ、ルリィア。私は貴族。王命に従うのは当たり前なのよ」
「えっ……王命?それは本当なの、マリア?」
「?ええ、そう聞いていたわ」
私はすっと陛下の元歩いていき、跪いた。すると辺りが、と言っても私たちの周りだけだが、明るくなり私と陛下を浮き上がらせた。
「誠に不躾ながら、陛下にお聞きしたいことがございます。発言よろしいでしょうか」
「許す」
「では、先程の話───第三王子殿下とマリアンヌ様の婚約は王命……つまり国王陛下によって命じられたものというのは真実でございましょうか」
「いや、私はそのような命を出した覚えはない。愚息からはマリアンヌ嬢の了承は得た、という報告しか聞いておらん」
ザワッ!
「では、誰かが王を騙ったと?」
「うむ、そう考えるのが筋であろうなあ」
ザワザワッ!
よし。これでマリアの株が上がる。無理やり王子に言い寄って婚約したなんて噂もあったからね。今からは想い人がいながらも貴族としての自覚をしっかりと持った馬鹿とは比べ物にならないくらいの傑物として認識されたでしょう。
あ、もちろん陛下も共犯者ですよ。
いつも協力してるんだから、これくらいは、ねぇ…?
「ありがとうございます、(古狸)陛下。貴重な証言を(もったいぶってくれやがって)感謝致します。わざわざ(この騒動が見たいからって)お時間を割いてくださったことにも深く感銘致しました。さすが賢王と名高くいらっしゃいます(その調子で仕事も牛馬のように働け)」
ピクッ。
おや?陛下のこめかみが動いたような気がいたしました。どうしたと言うのでしょうか、私はただ陛下にお礼と賞賛を送っただけだと言うのに。とりあえず笑っておきましょうか、にっこり。玉座からひしひしと視線を感じますがきっと気のせいでしょう、そうに違いありません。
さて、と。
「ルリィア……!そんな、王命でないなんて!」
「そうよね、信じられないわ。となると、誰が王を騙ったのかしら?」
この言葉に、じっと殿下に視線が集まる。もはやこいつしかいないだろう、的な。
「わっ、私ではない!これはマリアンヌの罠だ!私に罪を擦り付けようとしているんだ!」
「まあ、マリアはあなたと違ってそんな卑怯なことはいたしませんわ。それに言ったではありませんか、『想い人がいた』と。いい加減になさいませ?見苦しいですわ」
そろそろ締めろ、という目線を陛下に送る。陛下は少しためらった後、声を張り上げた。
「皆の者、此度は我が愚息がすまないことをした。さすがにこれ以上看過する訳にはいかん。よって王位継承権の剥奪、しばらくの間の懲役、その後アンナとやらと婚姻を結び僻地送りとする!」
「なっ!」
「そんな!」
……皆さん、あの狸がためらった理由はなんだと思います?ええ、決して息子を想って、では無い。もうこれで終わりか?という無言の訴えですよ!ふざけんな、お前のための演劇(仮)ではない。
「連れて行け」
「触んないでよ!」
「くそっ、離せ!マリアンヌ!お前もこれまでのように過ごせると思うなよ!婚約破棄された傷物を誰が貰おうなんて考えるものか!」
最後に捨て台詞をはいたその瞬間。
「……え?」
全ての照明が消え、辺りが暗闇に包まれる。何が起こったのか理解出来ずに辺りを見回すも、当然何も見えるわけがなく。静まりかえった会場の中、不安に駆られて声をあげようとした時───
「──こんにちは、マリアンヌ嬢。今日も相変わらずお美しい」
いつの間にか前へ出ていた男性にスポットライトがあたる。
マリアと同じくらいの年齢に見えるが、学園の制服ではなく貴族の正装を着こなしてマリアのもとへ歩いてくる様はどこか品が漂い、その顔にはマスカレードで用いるような顔の上部分を隠す仮面を装着していた。
スポットライトがマリアにも当てられ、まるでこの世に2人だけしか居ないような雰囲気が作られる。そこにピンク、赤、オレンジなどの暖色系の紙吹雪が舞い、幻想的な世界観を生み出している。
その男性はマリアの所まで来るとそっと手を取り、囁くように話し出した。
「突然のお声かけ、申し訳ございません。あまりにも貴女が美しく、儚かったので消えてしまわないかと不安になったのです。私はずっとあなたに恋焦がれておりました。しかし貴女にはすでに婚約者がいらっしゃった。私は涙を飲み貴女への恋心を閉じ込めようとしましたが、そう簡単には忘れられず胸の痛みに気付かないふりをする日々を過ごしておりました。
しかし今日、パーティーで起こったことは貴女にとっては不幸なことかもしれませんが、私にとってはまたとないチャンス。この瞬間を逃してなるものかと貴女のもとへ参りました。
愛しいひと、私は貴女を一生大切にします。どうか、私の手を取っては頂けないでしょうか」
マリアに愛を乞う様はまるで一枚の絵画のように美しい。誰もが魅入り、この世界観に惹き込まれていた。
「まあ、ありがとうございます、名も知らぬひと。ですが私はもはや捨てられた女。そのお言葉、とても嬉しく思いますが、お申し出を受けますと貴方の外聞が悪くなってしまいます。それに貴方のような方には私よりももっと素敵な方がお似合いですわ」
「いえ、私は貴女以外を望みません。ずっと、貴女の隣に立ちたかった──」
そう言って手を握ったまま、仮面を取る。その下から現れたものは──
「ハルト様……!」
ええ、皆さんご存知ヘタレの代名詞ハルト様です!!察していた人も多いことでしょう!
紙吹雪はいまだ止むことなく、2人の頭上に降り注いでいる。暗闇の中でもぼんやりと見えた陛下の満足そうなお顔が、そこはかとなく腹立たしい。
もちろん、ヘタレ登場も仕込み。ただ、セリフだけは考えてこいと言っておいたからどんなことを言うのか楽しみだったけど……意外とポエマーで吹きそうになった。笑わずに咄嗟に合わせるマリアを尊敬する。
「まさかハルト様だったなんて…!」
「マリアンヌ嬢、私と結婚して頂けますか?」
「ええ、こんなわたくしでよろしければ、喜んで!」
わあああああぁぁ!!
歓声があちこちから上がり、拍手の渦が沸き起こっていく。様々な祝いの言葉が飛び交い、2人が揃ってお辞儀をしたところで会場の照明が戻る。
「マリアンヌ様ー!おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「やったー、成功した!」
「うっ、達成感が……!これでルリィア様のお叱りを回避した……!」
おい、最後。今言うことか?後で覚えてろ。
さて、拍手の中まだ喚いている諦めの悪いお馬鹿さん共に向かって、最後に一言いっておこうか。
「殿下、良かったですわね。これでマリアンヌは幸せになれますわ。この国も、優秀なお兄様方がいらっしゃる限り安泰です」
私はすうっと顔を上げて。
「────だから安心して、破滅してくださいませ?」
ふわり、と。
美しく可憐に、誰もが見惚れるような微笑みで。
私の今日一番の渾身の笑顔に殿下とアンナは顔を青くして後ずさった。
………「ひぃっ」って何よ。なるべく可愛く見えるようにしたつもりなんだけど。………解せぬ。上目遣いも追加すべきだったか?それともウィンクをご所望ですか、殿下。
「いや違うから。あの二人には貴女の微笑みが地獄への最後通告、片道切符に見えただけだから。……分かってやってるでしょ、貴女。性質悪いわね」
あら、バレた?
「大丈夫、どんなリィも可愛いから。……でもリィの微笑みを向けられるなんて……ちょっと許し難いな。後で私も牢に行くとしようか」
ダーリンが突然会話に入ってきたかと思ったら……ごめんなさい、殿下、アンナ嬢。
獰猛なネコ科大型動物がそちらに向かうようです。ご健闘をお祈りします。止めることの出来ない無力な私をどうかお許しくださいませ……。
**
「………貴女の微笑み、本当に地獄への片道切符になったわね」
「……有言実行ってことで……」
「…………」
ごめんなさい。
**
**
婚約破棄事件(笑)から数日後、私は王宮の豪華な一室の中でこの部屋の主の上に座り、まったりとティータイムの時間を過ごしていた。部屋の主ことマイダーリンは、私の髪を後ろからサラサラとご機嫌で弄っている。
「ねえダーリン、私今回とても頑張った。褒めて」
そう、私は頑張った。だが、褒めてくれる人は少なかった!
親にはやり過ぎだ、と窘められ、クラスメイトには“褒める”だなんて恐れ多いです!と辞退され(代わりに崇めておきますと言われた)、陛下には胡乱気な目で見られ、ハルト様にはもうちょっと違うやり方があっただろうとお小言を言われ(貴方の黒歴史マリアにバラしてやろうかしらと言ったら大人しくなった)。
仕方がないから牢に入ってる殿下とアンナの所に行って褒めて!とおねだりしてみたら、『ふざけんな!』と結構本気で怒鳴られました。そしてちょっとシュンとなりました。人に向かって大声出しちゃダメでしょ、とお説教はしたけどね!
とにかく、今まででまともに褒めてくれたのはマリアしかいない。
頑張ったのに、これじゃ割に合わなくない?
「……というわけで褒めてダーリン、存分に!」
ほら!と力説を終え両手を広げて促すとダーリンはくすっと笑って、私をぎゅっと抱きしめた。
「よく頑張ったね、リィ。お疲れ様。生き生きと計画を立てているリィはとても可愛かったよ。まあ寝てようが泣いてようが結局どんなリィも可愛いんだけどね。それにあの舞台は見ているこちらも楽しくていい舞台だったよ」
そう言って頭を撫でてくれる。むふぅ、気持ちいいから、これ、好き。
「もっと撫でれ」
「ふふっ、仰せのままに」
ああ、堕落するぅ。ダメ人間になりそうです。
「なっていいよ。リィのお世話は私が全部やってあげる」
「……う、その選択肢も捨て難い……。でも……うん、止めとく」
そうなったら本気でヒキニートになりそう……。ダーリンは私を甘やかしすぎだと思うわ。ぐーたらだるだるな王子妃とか笑えない。自立も大切なことだと思う。それに私はちゃんとダーリンの横で支えたいしね。
「そうか、それは残念だよ。リィの魅力を知っているのは私だけでいいのになあ。出来ることならずっと部屋から出したくないし他の男の目に晒したくない」
「んー、貴方のお嫁さんとしての役割もあるから無理かなあ。それに私が好きなのはダーリンだけよ」
だから他の人とかあんまり関係ないし、精々使えるか使えないかくらいしかないわね……。
ってあの、ダーリン?目が怖いんですけど……。あんまり残念そうな顔をするもんだからついポロッと……。だから目!目が怖いからっ!
思わず体を捻って逃げようとした私は悪くないと思う。
「リィ?」
「な、何かしら?」
咄嗟に逃げようとした私を難なく捕え、再び腕の中に閉じ込めた肉食動物は目を妖しく光らせて笑う。
「ここずっとリィは忙しかっただろう?私は今リィが不足しているんだよ。それにせっかく計画に協力してあげたんだ、ご褒美があってもいいと思わない?」
「えーっと、今その……ちょっと調子が……」
「へえ、それは大変だね。リィの元気がないと私も悲しいし、このままじゃ心配で落ち着かないから公務が滞ってしまいそうだ。それに一番深刻なリィ不足も解消されない……というわけで、私が癒してあげるね?大丈夫、ほら力を抜いてリラックスして?」
「え? あ、ちょまっ、まっ───」
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その後、パーティーではヘタレとは思えぬほどの行動力を見せたヘタレとマリアの婚約式が終わり、ラブラブの日々を過ごしている、らしい。
出来るなら最初からやっとけよと思わなくもない。
まあ、みんな収まるとこに収まりました。めでたしめでたし!
……え、私?
ダーリンの要求が何だったのか気になるって?
………………ははっ。
「ねえ、これだけじゃ貴方のヘタレ具合が全然分からないわね」
「分からなくていいだろ。別に見たいもんでもないだろうし」
「何言ってるのよ、あなたと言えばヘタレでしょう?もはや代名詞なのにそのアイデンティティがこで書かれてないのはちょっと……」
「いや要らないからな!?それがなかったらダメなのか!?俺はどんなマリアでも、その……す、好き、だけ……ど……」
「まあ、好きだと言えるようになっただけでも凄い進歩ね!パーティーではあんなにかっこよかったのにねえ」
「わ、忘れろ!あれは俺の黒歴史いぃ!!」
「いやよ。しばらくこのネタ使えそうだもの」
「うわあああ!!」
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「ねえダーリン、ダーリンと私の出会いから婚約までもっていった過程を知りたいってハルト様が。なんか脱ヘタレしたいらしくて、それなら獲物は即捕らえて逃がさないダーリンに聞くのが一番だって思ったらしいわ」
「うーん、そう言われても……出会いから婚約の過程はまた機会があれば話すとして、とりあえずは言葉にして伝えることかな?大好きだよ愛しいリィ、ずっと私の膝ですごして欲しいと思うくらい離れたくないし、リィのことはなんでも知りたいし、私のことも知って欲しい。リィといられるだけで私は幸せ、どうかこれからも私の横で笑っていて」
「もちろんよ愛しいひと。私もずっと貴方の横で笑っていたいわ。できれば来世も一緒になれたらいいと思うの」
「よし、言質はとったからね?必ず見つけ出すから待っていて」
「ええ、必ず見つけ出してくれるのなら待っている時間もきっと素敵なものになると思うわ」
「そうだね」
「ええ……」
「無理!無理だから!!誰でもそんなふうに砂糖が吐けると思うなよ!ふざけんな!それができたらこの世にヘタレなんて存在しない!」
そんな魂の叫びが響いたとか響かなかったとか。
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「結局ダーリンの名前出てこなかったわね」
「出番が少ないハルトですら名前の存在感すごいのに……」
「ま、まあ次があればきっと出てくるわよ!だからそんなに気落ちしないで!」
「そうなることを祈ろうか……」
という会話が楽屋であったそうな。