8話
現在。
『樹海』エリアのベースキャンプにたどりついた彼は、水竜兵団の副団長にあいさつをした。
意外と社会性を大事にする彼は、報告連絡相談を欠かさないのだ。
「でもよお、あそこらへんは別に重要そうなお宝もなかったんだぜ? ま、ギルドの探索許可があって、お前が行きたいならいいけどさ。……誰か団員連れて行くか?」
その申し出を彼は断り、ユメと二人で探索へ向かう。
開拓者としては不用心と言わざるを得ないが、秘密保持の観点から言えばその判断は間違っていないだろう。
『なにを探しているか』をパーティーメンバーに告げる過程でユメのユニークスキルについても語ることとなってしまう。
ユメを拾った際に一緒にいたメンバーはうすうす勘付いているとしたって、今の段階で多くの者にユメのユニークスキルを知らしめるメリットは少ないはずだ。
彼らは縄と看板により順路の作られた樹海内を歩んでいく。
昼時の樹海エリアは木々の枝がからまりあって天蓋をつくり、無気味な暗闇を創り上げていた。
特徴的なくせに似たような木々がそこここに密集して立ちならぶ光景は、内部を歩く者の方向感覚を狂わせるに違いない。
彼らはふかふかの柔らかな土や複雑に張り巡らされた樹の根に足をとられそうになりながらも、遅くないペースで進んでいく。
体が小さく、体力のないユメさえもけっこうな速さで進めるのは、彼女がこのあたりで育ったからだろう。
ただ、目指す集落が近付くにつれ、ユメの歩調は落ちていった。
「疲れたか?」
彼の問いかけに、ユメは否定するように首を左右に振る。
でも、彼女の足は、ついに止まってしまった。
「……私のせいで、あの村は滅んでしまいました。だから……行きにくくって」
「村の連中はいいやつらだったのか?」
「……」
「まあ、そんなわけないとは思う。お前が愛されて育ったなら、お前はきっと、生きることを迷わなかったと思うから」
「……そんなもの、でしょうか?」
「さあ? 自責の念があったのもそうだと思う。自分のせいで好きな人が死んでも、自分なんか生きてちゃいけないと思うかもしれない」
「……」
「でも、お前が村での生活について全然話さないから、きっといい思い出がないんだろうなとは思ってた」
この男はたまにおどろくほど細やかな観察眼を見せる。
普段ボケーっとしてるくせに、意外なところで他者を見ているのだ。
「私は――『贄』だったんです」
彼女は胸にのしかかった重りをおろすように、語り始めた。
たぶんこの話は、しないことには、これ以上一歩も前に進めないたぐいのものなんだろう。
「開拓者ギルドにあるっていう『スキル測定器』みたいなものが、私の集落にもありました。……私はそれにより明文化された自分のスキルについて知りませんでしたけど、まわりのヒトの態度から、きっと自分はよくない存在なんだろうなと思ってはいたんです」
「……」
「だって、村の『戦士』たちが鍛錬のためにモンスターと戦う時、決まって私を連れていって、それで……」
彼女は己の細い首をさすった。
その動作でなにがあったか――彼は、察したようだ。
「首を絞めたのか?」
「……はい。私が苦しむほど、『わりのいい』モンスターが寄ってくるからって」
「そうか」
「私が誰かに触れられたのは、首を絞められる時だけでした。それ以外の多くの時間を、私は石の檻の中で過ごしました。親はいません。いたのかもしれませんけど、私を子供と認めなかったか――私のせいで、モンスターに殺されてしまったのでしょう」
「……」
「お父……え、えっと……あ、あなたに拾われた時、私、あなたの身を心配するようなこと言いましたけど……あれ、実は、嘘なんです。私がしてたのは私の心配ばっかりで……」
「……そうか」
「私は『生きる』って、締め付けられるように苦しいことだと思っていたんです。だから、いつ死んでもいいって思っていました。……でも、あの状況で、まわりをモンスターに囲まれて、いつ殺されておかしくないって時になって、ようやくわかったんです」
「なにをだ?」
「死ぬのは、恐いっていうことを」
「……そうだな。俺も、死ぬまでは死ぬのが恐いだなんて、想像もしてなかった」
「でも、同じぐらい、生きるのも恐かったんです。ヒトが、恐かったんです。あなたのことも、モンスターと同じぐらい恐かったんです」
「……」
「死ぬのは、恐いし、痛そうだし、生きるのも、絶対に苦しいし、私はどうしたらいいか、わからなくって……今も、実は、よくわかりません」
「でも、生きるのは死にたいほどつらくないだろ?」
「はい」
「なら、とりあえず生きてみたらいい」
「……はい」
ユメがはにかんで、前に進み始めた。
彼もペースを合わせて進み始める。
「そのためにも、お前の力をどうにかできるものはほしいな」
「……あの、さっきお父……あ、あなたがもらっていたスキルシート、私には読めない文字だったんですけど……」
「うん?」
「あなたが私に触れる理由も、あなたのスキルシートにはあったんですよね?」
「……ああ、あった。けどアレは『俺がお前に触れる理由』であって、『お前が俺に触れる理由』じゃなかったんだ」
「えっと……」
「どのみち、お前の能力を抑制か封印する『なにか』が必要だ。それか――俺がもっと強くなる必要がある。強くなって、神様からもらったユニークスキルを拡張的に使えるようになる、必要が」
柔らかな土と張り巡らされた木の根を踏み越えていく。
時折風が吹き抜けて、木々のあいだを通り抜ける不愉快で恐ろしい音が耳に響く。
遠くからは獣のうなり声。彼らの耳がよければ、さらに遠くのほうで今も開拓作業を続ける開拓者たちの声が聞こえたかもしれない。
新米親子は手をつないで進んでいく。
どうにか先が見える程度だった暗闇は、時間の経過によってその深さを増していく。
「もうすぐですね」
樹海で育った者の感覚からか、ユメはそのように予言する。
彼女の距離感は正しい。
不意に視界が拓け、夕刻の赤い光で照らされた空間が彼らの前に出現した。
破壊された家屋が未だ生々しく放置されたままの、集落あと。
そこで彼らは、鉢合わせることになる。
「見つけたぞ、我らの『宝』……!」
野太い男の声。
ガサガサと木々を揺らしながら出てくるその集団は――
おびえたユメの態度が物語る。
その粗末な衣服を身にまとい、簡素なつくりの武器を握った五名の大柄な獣人集団こそ、『戦士』たち。
まだ年若く、体つきもよく、精悍な印象の黒い毛並みの彼らは――
どうやら全滅したと思しき集落の生き残りらしい。