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その者、異世界で伝説のパパになる  作者: 稲荷竜
一章 樹海の少女ユメ
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7話

『樹海』と呼ばれるエリアは水の都から東へしばらく行ったところに存在した。

 移動は定期船でおこなう。


 こちらの船は街中を駆ける小舟(ゴンドラ)とは違い大型だ。

 彼とユメ以外にも様々な開拓者――水竜兵団(ナーガ・レギオン)以外にも開拓依頼を国から受けている団のメンバーやら、仕事のおこぼれにあずかろうとする未所属の開拓者やらだ――に、活動中の開拓者を客にする商人、その積み荷などが乗っている。


 彼は二等船室をとったようだ。

 国から開拓を依頼されている水竜兵団のメンバーである証拠――『開拓者団章(エスカッシャン)』を見せれば、その開拓委任エリアに向かう船なら無料で三等船室に乗ることも可能だった。

 しかし、三等船室は相部屋だ。

『他者と接触できない』ユメを連れて乗るには、粗末でも個室をもらえたほうがいいと判断するのは、当然だろう。

 ずっと手をひいて守り続けるのも、睡眠や排泄が必要なヒトには難しいだろうしね。


 船は向かい風の中を一定の速度で進んでいる。

 帆船ではないのだ。

 魔石を利用した魔導船で、船尾下部につけられた装置から水流を生み出すことで推進力にしている。

 このお陰で運行スケジュールは安定し、甲板に立てば、予定日数の航行を終えようとしている船の舳先の向こうに、目指すエリアが見えてきた。


 ねじくれた木々がうっそうと生い茂るその未開エリアの名は――『樹海』。

 内部に入れば木々の枝が天蓋となり、昼さえ日差しの通らぬ、暗く寒々しいその場所。

 開拓を志す者は、木々に擬態したモンスターや、強力な力を持つ野生動物系モンスターと同じく、非常に迷いやすいその地形へ細心の注意を払わねばならないだろう。


 その樹海を遠くに見て、彼らはきっと、思い出していることだろう。

 彼とユメが出会ったその時――


 彼が私に、『伝説のパパ』になりたいと願った、その瞬間のことを。




 彼がユメを拾ったのは、未だ地図も完成していない『樹海』エリア内の集落だった。


 ところで未開のエリアを開拓するのが『開拓者』という職業だ。

 では『未開のエリア』とはなにか?


 正解は『王国が詳細を把握していないエリア』のことで、すなわち『王国にとって未開のエリア』と表現するのが正しい。

 この微妙な注釈にどんな意味があるかと言えば、それはもちろん『王国にとって未開で、王国民がいない場所であろうと、原住民が存在する可能性はある』というあたりだ。


 ユメは原住民の子だ。

 滅んだ集落で彼に助け出された。


 その時に彼が見た惨状は、普段から泰然自若としている彼にだって、ショッキングなものであったはずだ。


 ねじくれた木々の隙間を抜けた時に突如目に飛び込んできた、拓けた空間。

 そこには枝と木の葉で組まれた粗末な家が建ち並んでいた――であろうことが、想像できた。


 彼がその集落を見つけた時、無事な家屋は一つもなかった。


 屋根が上から潰されぐちゃぐちゃになった家を、樹に擬態したモンスターたちがバリバリと咀嚼していた。

 踏み荒らされた畑には小型の草食モンスターたちが集まり、なにかを必死に食べているところだった。

 そこらに転がる『長い枝に石製の刃をくくりつけた槍』や『太い棒に尖った石を打ち付けて切れるようにもした棍棒』などは、おそらく抵抗のあとであろう。


 そして、大型の肉食獣が集う場所からは、グチャグチャ、グチグチ、ブツリ、という水っぽく、繊維を裂くような音が聞こえた。

 肉食獣どもは頭を寄せ合い、地面に転がったなにかをむさぼっているようだ。

 流れる赤い液体の大本を視線でたどれば、そこには、この村を襲った悲劇をもっとも如実に示すモノが転がっていることだろう。


 うめき声はなく、断末魔さえすでに響き終えていた。

 モンスターたちの活動する音しかないその静けさは、発見した開拓者たちを呆然とさせ、あるいは憤らせる。

 たちこめる空気には、きっと鉄さびのようなニオイが強く混じっていたはずだ。


 その時分隊(パーティー)を率いていた彼は、部下である後輩開拓者たちをいさめるべき立場にあった。

 未開のエリアで原住民の集落を発見するというのは、実のところ、『まったくない』というほどのことではない。

 そのため『原住民の集落を見つけた時の対応法』はマニュアル化されていて、それによれば『まずは集落がどのような状況であれ隠密裏に引き返し、集落の位置や規模を本隊に報告、対策を練る』とされている。


 だから彼がすべきは、集落がどのような状況であろうとも、『気付かれないように引き返すこと』だった。

 だけれど彼は、見つけてしまったんだ。


 生存者。

 崩れた家屋の隙間で膝を抱えて震える、幼い獣人の少女だ。


 恐怖に引きつったその顔には返り血と思われる赤い汚れがこびりついていた。

 きちんと手入れをすればつややかに輝くはずの金髪は、ボサボサになり、くすみ、汚れている。

 猫を思わせる細長い尻尾を丸め、頭上にある三角耳が緊張からかピンと立っているのがうかがえる。



「……」



 沈黙しつつ女の子を見つめる彼の姿から、私は彼がなにを考えているか確信することができた。

 こいつはたぶん『助けよう。そうしたら日記に書ける』とか思ってたに違いないんだ!


 もし私の声が彼にとどいたら、絶対に反対していた。

 だってその集落あとはとっくにモンスターの巣みたいなありさまで、大型中型小型、二十や三十じゃきかないぐらいのモンスターたちが存在していたんだ。


 対する彼のパーティーは、新人をふくむ六人。

 あの世界のモンスターとヒトとの能力差をかんがみて、勝てる戦いじゃないのは明白だった。



「ちょっと行ってくる。お前たちはベースキャンプに戻って団長に報告してくれ」



 部下たちは反論を言ういとまさえ与えられなかった。

 私は『あいつ、よりにもよって一人で行くのかよお!?』と叫んでいた。


 でもまあ、経過を見れば、六人で行くより一人で行くほうがよかったみたいだ。

 彼は才能はなかったけれど、なんでもやっていた。

 そこそこ極めたスニーキングスキルで足音や気配を殺しながら、うまくモンスターの視線を避けつつ女の子に近付いていく。


 そして、ついに彼は、女の子の目の前にたどりついたんだ。



「助ける。歩けるか?」



 たぶん、同じ状況であれば誰もがそうするように、女の子に優しく声をかけ――

 そして、たぶん同じ状況であれば誰もがそうするように、女の子の腕をとった。


 女の子の腕に、触った。


 その瞬間だ。

 女の子が嫌がるように彼の腕を振り払ったけれど、もう遅い。

 今までてんでバラバラに好き勝手食事をしていたモンスターどもが、いっせいに、彼のいる場所へと視線を向けたのだ!



「私に触ると、モンスターが、寄ってきて……! だ、だから、私は、生きてちゃ、いけないんです……生きてたら、だめなんです……ほ、放って、おいて、ください……」



 幼い声はたどたどしかった。

 恐怖と緊張でうまく言葉が出ないのだろう。


 だって二十や三十じゃきかない数のモンスターが、いっせいに自分のいるほうを見たのだ。

 大の大人だって恐い。

 ましてこんな幼い少女ならば、なおさらだ。恐怖で呼吸困難に陥ったっていいぐらいだろう。


 まともに意味をとれる言語を発するだけでも、賞賛すべき勇気を持っていると言える状況で――

 彼は相変わらず、おびえもすくみもしていなかった。



「死んだらすっげえ後悔するぞ」

「……」

「死後の世界で、遺してきた家族のことを思い出す。……俺の父さんはずいぶん昔に死んでしまったから、余計に、母さんとか妹のこと、思い出す。でも、戻れないんだ。どんなに悔やんだって、戻れないんだ。だから、生きる気力がちょっとでもあるなら、とりあえず生きてみたほうがいい」

「と、『とりあえず』って……」

「まあ、試してみろよ。パパとかママに甘えるみたいに、この場は俺に甘えてくれていい。そしたらきっと、どうにかするから」

「…………パパも、ママも、知らないです」

「じゃあ、俺がパパでいい」

「……」

「俺の娘としてちょっと生きてみろ。平和な街で普通の暮らしをしてみろ。それでも死んだほうがいいって思うなら、その時は好きにしたらいい。でもな、これ、あんまりヒトに言ったことない、とっておきの秘密なんだけど……」

「?」

「生きていくのは、楽しいぞ」



 彼は手を差し出した。

 一度は彼の手を振り払った女の子は、『ついうっかり』みたいに、彼の手をとった。

 たぶん、彼があんまりにもいい顔で笑っていたせいだろう。


 周囲にはモンスターたちが大挙して押し寄せている。

『我先に』と他のモンスターどもを押しのけるようにしていたせいで到着が多少遅かったものの、もうとっくに包囲はできあがっていて、彼と少女がその場を抜けるのは、絶対に不可能のように思われた。


 ヒトの力では。

 神の力でも、頼らない限り。

 だからきっと、彼は『ここ』を『使いどころ』だと思ったのだろう。



「決めました。神様、俺、伝説のパパになります」



 空を――私を見上げて、彼は言う。

 ここで『パパ』を選んだのは、たぶん、会話の流れのせいだろう。


 あるいは、さっき彼が語っていた、『幼いころに父親が死んだ』という事件も、なにか関係しているのかもしれない。

 彼の行動原理で一番意味不明な『日記』も、ひょっとしたらそのあたりにまつわることなのかもしれないが――


 この切迫した状況で『伝説のパパ』なんていう前例のないものを目指された私の心労を理解してくれる者はあるだろうか?


 結果として、私は細かいスキルなどを定めることなく、『力のカタマリ』を彼に渡すことになった。

 本来はそれほど大きな力を与えるつもりはなかったんだけれど、予定より大きな力を渡してしまったみたいだ。


 お陰で彼はなんなくモンスターの包囲を抜け、同じ分隊(パーティー)のメンバーに『人格だけじゃなくて実力もやべーヒト』扱いをされることになった。

 サービスしすぎな気もしたけれど、まあ、私も彼に死んでほしくなかったっていうことなんだろうね。

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