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その者、異世界で伝説のパパになる  作者: 稲荷竜
一章 樹海の少女ユメ
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6話

 その街の開拓者ギルドの長を、私は『駄乳エルフ』と呼んでいる。


 とにかく見るにたえないぐらいだらしないのだ。

 金髪はボサボサだし、緑色の瞳の下にはいつでも色濃いクマがあって、当然化粧っけなんかまったくない。

 服装は首元ののびきったシャツを好んで着ているから胸はこぼれそうだし、たまにスカートをはきわすれているし、そんな有様で日中はだいたいソファの上で眠っているもんだから、用事を頼みに来た職員に『まともな服を着てください』と言われることが多々ある。

 開拓者ギルドが全体的に教育に悪そうな感じなのは、トップにコイツがいるからかもしれない。


 私は美しいヒトが好きだ。

 なので、きちんとしたら美しくなるのに、その素材を無頓着や怠惰で台無しにしているヒトは嫌いだ。

 よってギルド長のことは嫌いだから、彼女に対する評価はいちいち厳しくなってしまう傾向があるとは自覚している。



「あー、待って。待って。今起きたとこ。今、ようやく頭が起きたとこ。まずはお茶を飲もう。それがいい。君らもいるかい?」



 彼とユメを部屋に招き入れたギルド長は、どっさり積まれた書類の陰からティーポットを取り出し、いつ淹れたかわからないお茶を、いつ洗ったかわからないコップにそそぎ始めた。

 彼は遠慮し、その様子を見て、ユメも「いらない」とたどたどしい、ギルド長の耳にはカタコトに聞こえるであろう言葉で告げる。



「じゃあそのへん適当に座ってて」



 書類まみれの室内は、『そのへん』に『適当に座れる場所』が存在しない。

 唯一空いている場所は、今、ギルド長が腰かけている黒い革張りの、古びたソファだけだ。

 ほかの場所は、八人がけの木製テーブルもちょっとした衝撃で雪崩をおこしそうなほど書類が積み重なっているし、木製の椅子の上や茶色い革張りのソファの上も同様だ。


 書類にまつわる仕事が多いのはもちろん組織の長なんだからそうなんだろうけれど、この部屋の惨状は『仕事が多くて手が回っていない』というよりも『整理整頓をさぼっている』といった有様だった。

 その証拠に、塔のように積み上がった書類の基底部には、経年によるものと思しき黄ばみが現れている。



「どかしていいよ、適当に」



 許可を得た彼は、茶色い革張りソファに積み上がった書類を容赦なく床に落とした。

 ドサドサと崩れ落ちていく書類がホコリをたて、ユメが「けほけほ」とせきこむ。



「君はあいかわらず豪快なやつだなあ。ま、いいや。座って座って。君らに渡すスキルシートは、きちんと『ここ』におさめてあるんだ。一番なくさない場所にね」



 ギルド長が『ここ』と述べた場所は、のびきったシャツの首もとから豪快にのぞく『胸の谷間』だった。

 彼女は丈夫そうな分厚い紙でできた巻物(スクロール)を二本、胸の谷間から抜き出し、まだぬくもっていそうなそれを、彼に向けて投げた。

 受け取った彼は巻物をの一つを広げて、



「……こっちは、ユメのか」

「一番下の欄に『ユニークスキル』があるの、見えるかい?」



 お茶を飲みながら、ソファにだらしなく背中をあずけ、ギルド長はどうでもよさそうな声音で言う。

 もちろん、どうでもいい話題のわけがない。

 この女が『襟を正す』ことを知らないだけだ。


 ユニークスキルっていうのは、『他の誰にも発現していない、その者だけの能力』を指す。

 このスキルはだいたい、ものすごい。

 良くも悪くも――そのスキルを持つ本人の人生や、時には周囲、あるいは世界そのものに多大な影響を及ぼすことだってある。


 少なくとも『部屋に呼びつけて話すぐらいのこと』ではある。

 だっていうのにあの駄乳エルフときたら、スライムみたいに『だるん』とソファに横たわって、なんでもなさそうに話しているのだ。



「その子の『ユニークスキル』、わかるかな?」

「……これはスキル名なのか?」

「まあ、疑う気持ちもわかる。私も見間違いかと思ったけど……なんにせよえらいことなのはたしかだし、今後の対応もふくめ、まずは当事者たる君たちに相談をしようと思ってね。……さて、なんて書いてある? スキル名としてはにわかに信じがたいものだし、読み上げて、私が見間違えてないかどうか、確認させておくれよ」

「『伝説』」



 伝説。

 そこに書かれているスキルの説明は、以下のようになる。


『ユニークスキル。

 世界を救う、あるいは滅ぼす運命の持ち主。

 このスキルを保持した者の行く末には、必ず波乱があるであろう。

 また、体験したこと、成長度合いによって、様々な能力が追加発動していく。


 現在発動中の能力


 魔物寄せ

 他者から接触されることを条件にモンスターを呼び寄せる力。

 スキル保持者が苦境に立たされるほど、よりよい経験となるモンスターが現れるだろう。

 ――モンスターは糧だ。存分に喰らい、その経験により伝説たる強さを身につけろ』



「君のほうのスキルも、なかなか興味深い追加があったけれど――ま、先にその子について相談しちゃおうか」



 ここでようやく、ギルド長は寝転がることをやめた。

 真面目な話をする態度を思い出したらしい。



「明らかに特異なユニークスキルだし、念のため大前提からわざわざ確認すれば、スキル測定っていうのは、使っている私たちにもわかっていない部分が多い。……ま、それを言ったら『魔導具』と私たちが呼んでいる器具の『核』――『魔石』はみんなそうなんだけれどね。スキル測定能力を持った魔石も、なぜそんなことができるかは解明されきっていない。……私たちにできるのは、スキル測定の魔石をうまいこと自分たちの言語に調整する魔導具の作製だけだ」

「……」

「だから『伝説』って言われても、よくわからない。『世界を救う、あるいは滅ぼす運命の持ち主』――うん、意味不明だね。スキル測定の魔石はそういう表現を選んだようだけれど、運命ってなんだよ? そんなものが存在するのか? ……このへんはギルド長の考えるべきことというよりも、哲学者とか運命論者、あるいは神殿の高位神官なんかの領分だね」

「そうかもしれない」

「だから私は、その子のスキルにある『世界を救ううんぬん』のあたりは、さして重要視してないんだ。大事なのは、『モンスターを呼び寄せる』っていうあたりだね」

「……」

「触っただけでモンスターが来る。……街中を自由に歩かせるわけにはいかない能力なのは、わかるね?」

「……」

「こうしてここに連れて来た君の行動さえ、今君が持っている情報を鑑みれば、軽率のそしりはまぬがれないだろう。……やだねえ、こういう真面目でつらい話はしたくないんだけれど。でも、聞かなきゃいけないよねえ。――君は、その子をどうするつもりなんだい? 普通に生きることが特別困難なその子を、どういう環境で生かすつもりなのかな?」

「普通に生きていかせる」

「それはできない」

「考えがある」

「……聞こうか」

「その前に、こいつのスキルを見たあとで、こいつに確認したいことがあったんだ。先にすませても大丈夫か?」

「どうぞ。部屋から出る必要がないなら、好きなだけ」



 彼はユメに向き直った。

 その表情は、彼にしては珍しく、ちょっと真面目に見える。


 ユメのほうは、なんだかよくわかっていない顔だった。

 たぶんギルド長の言葉を完全には聞き取れていないからだろう。


 ギルド長の声が小さいとかでは、もちろんない。

 未開エリアの集落で育った彼女の用いる言語と、王国領土の都で育ったギルド長の用いる言語が違うだけだ。

 両方と意思疎通できるのは、私の『加護』により言語の壁を越えている、彼だけ。



「ユメ、俺は言葉選びがへたくそだ」



 不安になる前置きだった。

 たぶん、ユメも私と似たようなことを感じているんだろう。



「だから、ユメ、勘違いさせるかもしれないけど、聞いてほしい」

「は、はい。なんでしょう?」

「お前、なんで生きているんだ?」

「……え? そ、それは……こんな、私は、やっぱり、生きてちゃいけないっていう、ことですか……?」

「ああ、違う。違う。ショックを受けないでほしい。俺は、お前が生きててよかったと思っている。だから、ええと、なんで生きてる……うーん、なにによって生かされている……」

「……」

「そうだな。……お前は昔、赤ちゃんだった」

「え!? ま、まあ、たぶん……その時の記憶はありませんけど」

「お前の『ヒトに(さわ)られるとモンスターを呼んでしまう力』は、その時からあったんだな?」

「きっと……物心ついた時にはもう、そういう体質で……」

「だったら、お前はなんで生きてるんだろう?」

「……ええと」

「赤ちゃんの世話を触らずにすませるのは不可能なのに、幼いお前はどうやって育てられたんだろう?」

「……あ」

「ならばお前を育てるために、お前に触ってもモンスターが来ないようにしていた『なにか』があったとは考えられないか?」

「……た、たしかに。でも、心当たりはないですけど……物心ついた時には、そういう道具みたいなものは身につけてなかったですし」

「誰かに運ばれるんでなく、自分の足で歩けるなら、必要ないから外して隠した可能性もあるだろう? ……俺は、お前の能力を弱める、あるいは封じる鍵が、きっとお前の育った樹海エリアにあると思ってる。……まあ、『丈夫な檻の中で授乳などをすませた。モンスターは檻が止めてくれた』っていう可能性は低くなさそうだとも、思う」

「……はい」

「けど、それでもすがれるぐらいの望みはあると思う」



 そう言って、彼はギルド長に向き直った。

 駄乳エルフは、



「聞こえたよ。君の『それ』は不思議な力だねえ。私にも通じるし、その子にも通じる言葉で話せる。君が所持していた一つ目のユニークスキル――『越境者』。言語の壁を取り払う力」

「『一つ目』? ……今度の測定で『二つ目』が見つかったのか?」

「見つかった。手もとのスキルシートを参照すればわかるよ。……それもあってね。その子の件は君に一任しようと思っているんだよ」

「そうだったのか? そういう口ぶりには聞こえなかったけど」

「もちろん、『なんの考えもないけど自由に街を歩かせたい』っていうのは受け入れられないよ? ただ、案があるなら実行は任せるし、実行しているあいだのその子の面倒も、君がみればいい。君がその子の手をひいている限り、その子と――それから、その子によって『救われる、あるいは滅ぼされる』世界は安全だと思うからね」

「だったら俺に仕事(クエスト)をくれ」

「……仕事? なんで?」

「ユメの能力をどうにかするために、ユメのいたあたりを調べ直したい。でも、樹海はまだ未開エリアだから、個人で勝手に探索できない。そういうルールだろう?」

「……君は案外、手続きとか事務関係を気にする男だよね」

「俺はこの世界で生きていかなきゃいけない。生きていくには仕事をしないといけない。だから、長く仕事を続けるためにも、ルールを守ることは大事だ。守ってもいいうちは、なるべく守る」

「……守ってもいいうちは、ねえ。『守ったらよくない』と君が思うのは、どんな時なのかな?」

「守らないほうが日記に書きたいことをできそうな時かな」

「その基準はルールを課す側として、全然まったくなんの参考にもならないのだけれど――ま、いいだろう。私から、君個人へ仕事を発注するよ。仕事である以上、報酬も出る。その代わり、仕事である以上、開拓者ギルド連盟に『水の都ギルドの長が個人に依頼をした』っていう記録も残るんだけどね」

「うまくやってほしい」

「いいだろう。表現をぼかしてうまいことやるのは苦手じゃないからね。まあ、『沈黙』よりは与える情報も増えてしまうから、それだけは心得ておいてほしい。私はまだ、本当に、君とその子のユニークスキルについての情報を、私のところで止めているんだよ。君の所属する水竜兵団(ナーガ・レギオン)の団長にだって、まだ話していないんだ」

「団長には話してくれていい」

「だったら君から話しなよ。君らの団長、『樹海』で開拓中だろ?」

「たぶん街に戻ってる。俺が戻ったタイミングで一緒に来たから」

「おいおい、私はそれ、聞いてないんだけど? ……有力開拓者団の団長なんだから、所在の報告ぐらいしてほしいもんだねえ」

「…………そうだった。『戻ってると知られたら仕事を押しつけられるから、ギルド長には秘密』だった」

「さすがに『聞かなかったこと』にはできないよ。彼女がいるのといないのとでは、私の負担がかなり変わるからね」



 ギルド長がそれなりに激務なのは、ヒトならぬ神たる私にも理解の及ぶところなのだけれど……

 私が個人的にあの女を嫌っているせいか、さぼりたいだけにしか聞こえないんだよな。



「ま、君は『樹海』に向かいなよ。仕事発注とか受注とかは、私が適当にやっておくさ」

「わかった。すまない」

「いいんだよ。がんばりな――『伝説のパパ』」

「……ああ、『伝説』のパパだから、か」

「それもあるけれどね。スキルシートをご覧よ。というか君、まだ見てなかったのか! 自分のスキルとか真っ先に確認したい案件だと思うけれどね! 変なやつだよねえ、君は」



 駄乳がなにかをのたまっているあいだに、彼は自分のぶんの巻物(スキルシート)を広げた。

 そのユメのものよりだいぶ長く、『剣術』『槍術』『弓術』『魔術(炎)』など様々なスキルが並んだ最下部には――



『伝説のパパ』。



 そういうユニークスキルが、しっかりと説明文付きで記載されていた。

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