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その者、異世界で伝説のパパになる  作者: 稲荷竜
一章 樹海の少女ユメ
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3話

「スキルシートを取りに行かないと」



 彼はいつだって思い出したようにつぶやくもので、実は普段なにも考えず生きてるんじゃないかという疑いを私は持っている。

 呪いの屋敷一階には殺風景なリビングがあって、彼と彼女はそこで簡単な食事をとったいた。


 半熟のオムレツ。

 香ばしそうに焼き目のついたトースト。

 ただ焼いただけのベーコンはその身から出た脂できらめいていて、見るだけでおいしそうな香りが漂ってくるようだ。


 吹き抜けになった一階から見上げる天井は高く、採光窓から入る昼時の光に照らされた屋内は明るい。

 内壁の白さはまるで新築のようで、ホコリ一つ浮いていないその家には清潔で、どこか神聖な雰囲気が漂っていた。


 ただ、広々しているだけに、寂しくも思える。


 六人はかけられそうなテーブルには、新米の親子がひと組が向かい合って座っているだけなのだ。

 白いシャツの上にエプロンをかけたままの、ぼんやりした顔の父親。

 そして、父親と話す機会をずっとうかがってそわそわしながら、自分から声をかけられずため息をつくということを繰り返す、娘。


 ただ見ているだけの私としては、もっとヒトが増えたほうがにぎやかでいいのになあとか思ってしまう。

 世話するヒトが増えれば、さすがにあのぼんやりした男でも、慌てたり嘆いたりするだろうしね。



「ユメ」



 彼がほうけたような顔で呼びかけた相手は、当然、正面に座る女の子だった。

 ユメ。


 この世界ではたぶん、名前として耳慣れない響きなんじゃないのかな?

 それは彼のつけた名前で、彼がこの世界に来る以前にいた世界の言語なのだから。



「俺は開拓者ギルドに行くけど、お前はどうする?」



 問いかけられて、ユメは慌てていた。

 これは彼女の『スキル』にも関係することなのだけれど、彼女は今まで他者からまともに話しかけられることが一度もなかったようだから、声をかけられて応対のしかたがわからなかったんだろう。


 まあ、そんな彼女が所持しているのが具体的にどういうスキルかは、まだわからない。

 彼が知っているのは、あくまでも、ユメが『樹海エリア』にあった集落で言い聞かされていたらしい『能力』にまつわる逸話と、ユメを拾った時に実際に起きた現象だけだ。


 スキルっていうのはこの世界に暮らす人たちが能力を明文化したもので、それは開拓者ギルドなどで取り扱っている、特別な装置で測定するしかない。

 測定したスキルは、『スキルシート』と呼ばれる巻物(スクロール)になって発行される。


 このスキルシート発行にはちょっと時間がかかる。

 だから彼は、『ユメを拾った時に測定してもらったスキルのスキルシートがそろそろできているはずだから、取りに行かないとなあ』と思い出したんだろう。



「え、っと……い、一緒に行って、いいんですか?」

「行きたいなら」

「一緒に行きたいです! ……あ、でも、ヒトがいっぱいいますよね……? 大丈夫なんですか? お父……あ、あなたは、平気みたいですけど、他の人に触っても、平気なのかなあって……私、迷惑をかけないかなあって……」

「それはわからない。俺が神様からもらったスキルがどういうものなのかも、調べてもらっているところなんだ。だから、俺とお前のスキルシートを取りに行く」

「……」

「とりあえず、俺はお前に触っても平気になった。それは、実際に触っても平気だから、わかる」

「はい……触れるって、いいですよね。ヒトって、あったかくて……」

「まあだから、もし一緒に行くなら、小舟(ゴンドラ)で行こう。そしたら、あんまり他人に触られる心配をしなくていい」

「小舟……」

「この街は『水の都』って呼ばれてて、みんな小舟で移動するんだ。開拓者ギルドにも陸路用と水路用、両方の入口があるんだぞ。……この街に連れて来てから、ずっと陸路だったからな。乗ってみたくないか? 小舟」

「……小舟」

「陽気な船頭のおしゃべりを聞きつつ、水の上をゆらゆら揺れながら進むんだ。時間帯によっては渋滞するけど、うまい船頭をつかまえることができたなら、小舟と小舟の狭いすきまをスイスイ抜けて進んでいける。止まっている小舟を横目にぐんぐん目的地に近付くのは、なんか楽しいぞ」

「……乗ってみたいです」

「そうか。じゃあ、途中で船店(ふなみせ)に寄ってオヤツでも買おう。水路がまじわる場所には中型の船が鎖につながれて並んでいる区画があるんだ。そこは大型のショッピングモールみたいで、なんだってそろうんだぞ。甘いお菓子とか、辛いお菓子とか、綺麗なお菓子とかな」

「お菓子……」

「ほしいか?」

「…………い、いいんですか?」

「食べ過ぎなければ、いいぞ。ご飯食べたばっかりだから、そもそもあんまり入らないと思うけど」

「……ほしい、です」

「よし。決まりだ」



 話がまとまると、彼は食事のペースを上げた。

 ユメもまねして急いで食べようとしたが、



「俺は用意する書類がある。お前はゆっくり食べてていい」



 そういさめて食事を終え、食べ終えた皿をすぐそばにあるシンクまで持っていく。

 普通、汚れ物は野外にある公共施設の『洗い場』で洗うことになるのだけれど、彼はこの家を、彼が元いた世界風に改造してしまっていた。


 掃除の手腕も、料理の手腕も、リフォームの手腕まで、『伝説のパパ』になる以前の彼よりだいぶ熟達しているように見える。

 きっと彼の中の『パパ』は家事や日曜大工に優れていて、そういったイメージが今の彼の家事能力なんかを上げているんじゃないか、と私は思っている。


 まあ、詳しいことはほどなくわかるだろう。

 あの世界の『スキル測定』はかなり色々なことをつまびらかにしてくれる。きっと私の力による『ユニークスキル』さえも明文化しているはずだ。


 ……私も彼に力を渡しただけで、具体的にどんな能力が発現しているか知らないし、確認するのは楽しみに思っている。

 まったく情けない限りだ。

 自分が渡した力の正体を知らない神様とか、有史以来初めてじゃないかなあ?

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