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その者、異世界で伝説のパパになる  作者: 稲荷竜
一章 樹海の少女ユメ
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26話

 私だって欲を言えば英雄譚を語りたかった。

 でも彼は、最初からそういうものじゃない。


 ただの変な人だ。


 よくわからない動機でよくわからない行動をする。

 なにを考えているのかさっぱり不明で、その結果なにをしでかすのかもよくわからない。


 私が観察してきたあいつはそういうやつでしかなくって、だからきっと、世界の脅威に立ち向かうだなんていう展開になったって、私が見ている彼は英雄的行動なんかとらないんだろうなと、なんとなしに予感はしていた。



 実際、そうだった。



 だからこれからするのは、あらゆる『英雄になれるチャンス』に興味を示さなかった彼の物語。

 一人の父親の話をしよう。





「そもそも、異世界転移者というのは、使命を帯びているものなのだわ」



 水都から外に出る手段はだいたいが水路で、それは『世界の危機に立ち向かうための旅出』もまたそうだった。


 昼下がりの光にきらめく水の上を、彼らは進んでいる。

 乗っている船は個人所有の中型船だ。

 なんでもゴスロリ女――ジュリアが所属している組織の持ち物らしい。



「その『使命』のために、あたしたちはあらゆる手段を講じた……とは言っても、あたしは主に『実行部隊』だったのだわ。転移者の説得や、来たるべき『世界の滅び』の前に色々なことを整えるための、武力行使が役割……こういう船などを利用するのは、また別な人の役割なのだわ」



 フリルつきの黒い日傘をさしながら、舳先で一人しゃべり続ける。

 ゴテゴテと服に登載されたフリルが船首から船尾に向けて吹き抜ける風に揺れている。

 その船に帆はあるが今はたたまれ、魔石の動力だけで進んでいる状態らしい。


 舳先には彼女以外にも人間がいる。

 あいつが、いる。


 相変わらずなにを考えているかわからない顔をして――

 ユメの手を握り、進行方向をじっと見ていた。


 聞いてるんだか、いないんだか。

 返事さえ、しやしない。


 ざぶざぶと船が川水をかき分ける音と、乗組員の声、それから周囲を囲む森から響く、虫や鳥なんかの鳴き声ばかりがあたりにはあった。

 彼はジュリアの方も、左手で握ったユメの方も見ないまま、じっと遠くを見ている。


 なにを考えているのか。

 なにも考えていないのか。



「ねえ、聞いている?」



 ジュリアが焦れたように声をかけた。

 そこで彼は、ようやく、振り返る。



「……ああ、うん。聞いてはいた――けど」

「……なによ」

「ユメが自分でお前たちのもとへ行くと決めた時点で、お前たちの組織図はどうだっていいんだ。お前たちは敵じゃなくなったし――味方っていうほどでもない」

「…………あなた、自分をどういう立ち位置だと定めているわけ?」

「保護者」

「……」



 ジュリアのなんとも言えない表情を見て、私はきっと自分も同じような顔をしているのだろうなと思った。

 あいつとの会話はいつだって壁一枚挟んでいるような、不可思議な違和感を他者に与える。



「悪気はないんですよ?」



 フォローしたのはユメだった。

 金の毛並みを日差しに輝かせ、頭上の耳についた毛を風に揺らしながら、なんとも言えない苦笑めいた顔をしている。


 ……たしかに金銭やその他生活に必要なもろもろにかんして、あいつの立場は『保護者』なのかもしれないが……

 精神面、他者との折衝面で言えば、ユメの方があいつの保護者みたいになってきている。



「悪い人じゃないんです。ただ、なんていうか……会話にコツがいるだけで」

「あなた、おどおどしているわりに結構言うのだわね」



 ジュリアが目を細めていた。

 ユメは苦笑している。



「……お父さんは、そういう人なんです。わたしは、だんだん、慣れてきました」

「あたしは慣れそうもないのだわ。でも……」

「……?」

「彼ぐらい迷いがないのは、うらやましいのだわ」

「……迷い、ですか?」

「世界のために戦うと決めたのは……今から思えば詐欺みたいな手口もいくらか使われた気もするのだけれど……最終的に決めたのは、あたしなのだわ。だから、覚悟はできている。でも、迷いはまだあるのだわ」

「……」

「だってそうでしょう? 『なんだかよくわからない、ものすごい強敵』と直接戦うのよ。ある程度の守りたいものとか、そこそこの愛着とか、そのぐらいで埋まる恐怖ではないのだわ」

「……」

「『逃げ出しても世界が滅びるんだから戦うのが唯一とりうる選択肢だ』と言う人もいるけれど、あたしにとって『それとこれとは話が別』なのだわ。実際に立ち向かう恐怖を前にすれば、無駄とわかっていても逃げたくなる……そういう気持ちは、あたしにもある」

「……そうなんですか?」

「そうなのだわ。どうやら、あたしの考え方は少数派のようだけれど」



 ジュリアは肩をすくめた。




「こうしている今も迷っている」

「……」

「だっていうのに、彼は『保護者だから』っていう程度の理由で、全然関係ないのに一緒についてくるんだもの。うらやましい限りなのだわ」

「……」

「あなたも」

「わたし?」

「ええ、あなたも――呑気にご飯をつつきながらだったけれど、あたしは言ったのだわ。『世界が破滅しなくても』……『世界の破滅をあたしたちの活躍によって避けられても、あたしたちは死ぬかもしれない』って。実際に『その場』に立つあたしたちと――あなたは、死ぬかもしれないって」

「……」

「だっていうのに、誰に別れを告げるわけでもなく、こうしてのほほんとしているだなんて、あなたも相当、迷いがないのだわ」

「わたしは……よくわかっていないだけです。それに……お父さんが誰にもなにも告げずに旅立つなら、わたしもそうするだけです。だって、手を引かれないと、外を出歩けませんから」



 冗談めかして語れられた言葉だった。

 けれど、彼に手を引かれなければユメが外を出歩けないというのは、冗談でもなんでもない。



『伝説。


 ユニークスキル。

 世界を救う、あるいは滅ぼす運命の持ち主。

 このスキルを保持した者の行く末には、必ず波乱があるであろう。

 また、体験したこと、成長度合いによって、様々な能力が追加発動していく。


 現在発動中の能力


 魔物寄せ

 他者から接触されることを条件にモンスターを呼び寄せる力。

 スキル保持者が苦境に立たされるほど、よりよい経験となるモンスターが現れるだろう。

 ――モンスターは糧だ。存分に喰らい、その経験により伝説たる強さを身につけろ』




『伝説のパパ。


 ユニークスキル。

 至上の父親となる運命の持ち主。

 このスキルを保持した者は、『子』と定めた相手を守る際に、日常、非日常にかかわらず、ふさわしき無双の力を発揮するであろう。


 ――父は子を守るものと、父に守られたあなたは知っている。



 また、『子』の数に応じ、様々な能力が追加発動していく。


 現在発動中の能力


 スキル無効化。

 接触時、接触した相手のあらゆるスキルを無効化する。

 ――ぬくもりを、知らぬあの子に、ぬくもりを』



 ユメのスキルは、迂闊に人混みに紛れ込めないものだった。

 彼に手を引かれていない限り――ユメはどこにだってモンスターを呼び寄せてしまうのだ。



「誰にもなにも言ってないわけじゃないぞ」



 舳先の向こうを見ながら、彼が口を開く。



「手紙は出した。発つ前に通りがかった船頭にあずけて、水竜兵団(ナーガ・レギオン)に届くように手配してある」

「……いつの間に」



 おどろいた声はジュリアから上がった。

 彼をずっと見ていた私もまた、気付かなかった。



「すれ違い様に渡しただけだからな。……まあとにかく。諸々の問題は片付きそうだってことだけは伝えてある」

「そんなことをするぐらいなら、お仲間のところに行って事情を話せばよかったのだわ。あたしはきちんと、別れを告げるべきだと言ったし、別れを告げることを止めるつもりもなかったのだわ」

「別れを告げるつもりはない」

「心がけは立派だけれど、可能性として『死』は考慮しておかないといけないと思うのだわ」

「たとえ死ぬとしても別れを告げるつもりはないよ。開拓者っていうのはそういうものだ」

「……」

「死地に赴く程度でいちいち別れを告げていたら、仕事のたびに全員と抱き合って惜しみ合わなければいけない。……人は、『世界の危機』なんていう大それたものが相手じゃなくても死ぬ時は死ぬ。そういうもんだ」

「……その死生観にはなじめないのだわ」

「開拓者じゃなきゃそうだろうな」

「というか――あなた、平成の日本からの転移者なのよね? その時代で幼少期から死ぬまでを過ごしておいて、よくその死生観になじめたものだと感心するのだわ」

「俺はなにもないから」

「……どういう意味かしら?」

「…………説明が難しいな。『なにもない』……いや、違うな。『人は案外あっさり死ぬ』っていうのは、昔から思っていたことなんだ。むしろ、人死にのニュースを他人事みたいに消費する連中の方に、うまくなじめなかったぐらいだ。だから、今の方が、色々としっくりくる」

「どういう環境で育ったのかしら……それとも、『日本』という名称の異世界?」

「さあ、それは確かめようがない。でも、平和な世界だったよ。毎日のように人が死んだニュースが流れてた」

「……」

「悪いことをするほど目立って、いいことをしたって誰も見向きもしない。……だから、いいことをできたかどうかは自分で判断するんだ。日記に書けるかどうか――未来の自分が振り返って微笑むことができるかどうか、それだけ考えながら生きていく」

「今も?」

「俺はいつだってそうだ。まあ、だから、うん……アレだ」

「どれよ」

「……俺はきっと、『いい父親』がなんなのか、全然わかってないんだろうな」

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