24話
「いいんですか?」
そう、ユメはたずねた。
「好きにしたらいい」
そう、彼は答えた。
会話はそれで終わった。
ユメは彼から離れて、ゴスロリ女へと近付いた。
彼は動かず、黙って、じっとユメを見ていた。
「……あなたたちの関係性がよくわからないのだわ」
目的を達成したはずのジュリアが不可解そうな顔をして言う。
「頑固そうなあなたは、命懸けでその子を守った――銃使いとの戦いで、痛みにも脅威にも屈しなかった。だからてっきり、二人のあいだには強い絆があって、あたしはそれを引き裂くつもりで来ていたのだけれど――」
「……」
「――こんなにあっさり切れるものだったなんて、ちょっと予想外で、肩すかしなのだわ。……あたしが聞くことではないけれど、本当にいいの?」
「俺が決めることじゃない」
「あなたには願望がないのかしら」
「願望――願望か。よくわからない。些細な願いはあると思うけど、願望と言われると、想像もできない。たしかに俺には『こうしたい』っていう強い意思はないんだと思う」
「……そう。その人生は、楽しい?」
「……」
「なんて、あたしが聞くことではないのだわ。……調子が狂っているのかしら。無理矢理奪うつもりではいたけれど、この展開は、なぜだか妙に申し訳ない感じなのだわ。あなたを殺すところまで想像していたのに、まさか無抵抗で引き渡されるだなんて」
「ユメがそっちに行くのを望んだんだから、それを止める権利は俺にない」
「そう? じゃあ、あたしは帰っても?」
「ああ」
「……じゃあね。ほら、行きましょう『伝説の子』」
ジュリアは彼に背を向けて歩き出した。
ユメが、彼を振り返りつつ、それに従う。
でも、彼はジュリアとユメを引き留めることなく――
二人に合わせて、歩き出した。
……ん?
どういう展開だコレ?
しばし三人で歩いて――
ジュリアが、耐えかねたように立ち止まった。
「……あの、あなた。ちょっとあなた! 『帰り道が一緒』というわけではないのよね?」
「方角的には逆かな」
「なんでついてくるのだわ?」
「俺はユメの後見人だからだけど」
「……んんん?」
「ユメが、お前たちのところに行くのを望んだ。俺はそれに異論はない」
「……そう言っていたのだわ」
「だから俺もお前たちについて行く」
「…………」
「……違うのか?」
だからさあ。
お前の考えはさあ。
わかんないんだよお!
「だいたい、俺がいなかったらユメの日常生活はどうなるんだ」
「……どうなるのだわ?」
「ユメの力は、俺に触れている時だけ封じられるんだ。……手をつないでいないと、こうやって街を歩くのはなかなか難しいぞ?」
「……待って、待ってほしいのだわ。ちょっと状況を整理させてほしいのだわ」
「わかった」
「…………ユメはあたしたちが引き取る。来たるべき『世界の滅び』に備えるため、あずかり、ともに過ごす」
「そうらしいな」
「あなたは、ユメを引き渡した」
「そうだな」
「……ついてくる?」
「…………ひょっとして、俺が一緒に行ったら駄目なやつか?」
「……えっと」
「でも、そんなこと言ってなかったよな?」
「……待って、待って。お願い、待って」
「待つけど」
「うーん……たしかに、『伝説の子』を連れ帰るのが目的なだけで、余計なオマケを連れて帰ってはいけないと言われてはいないのだわ」
「そうか」
「だから待って! ……でも、あたしは、あなたからその子を奪うつもりで……うーん……一緒についてくる想定はしていなかったのだわ……」
「でも俺、あの銃使いのアレに勧誘されたぞ」
「ああ、やっぱり異世界転移者なのね……」
「お前たちの組織がどういうものか詳しくは知らないけど、所属する権利ぐらいはあるんじゃないか?」
「……心情的にいいわけ?」
「なにが?」
「いえ、あなたはほら……ハヤト……銃使いに抵抗したはずなのだわ。撃たれたりしてもその子を引き渡さなくって、それであたしが出向いたのだわ」
「あいつは態度悪かったから」
「態度の問題!?」
「そりゃそうだろう。ユメを任せるに値するかどうかぐらい、俺も判断する。『渡せ』って言われて『はいそうですか』とはならない。渡す相手が話通じそうかどうかは重要だ」
「…………」
「どうして高圧的に接してくるんだろうな? 世界平和が目的なんだろう? 俺だってこの世界の平和は望むところなんだ。普通に話しかけてくれたら、普通に協力したよ。高圧的に接してくるメリットが一個もないと思うんだ」
「そ、そうね……それはでも、あの銃使いだからしょうがないのだわ」
「他に人材いなかったのか?」
「あいつ勝手に飛び出していったのよ」
「それなりの処罰はしてくれるんだろう?」
「まあ、そうね……アレの扱いには困っていたし……あたしたちは別に、『異世界人たちの上に立とう』とか『この世界を脅威から救って英雄になろう』みたいなことは考えていないのだわ。そう考える個人がいることは否定しないけれど、少なくともあたしは違うし、中心人物も違うのだわ」
「平和で穏やかな日常が一番だ」
「……それはそうね。『ミスリルの糸』とかの綺麗な裁縫素材もたくさんあるし、あたしはお洋服とぬいぐるみに囲まれて優雅にお茶をすすっていられればそれが一番なのだわ」
「仲良くなれそうだ。よろしく」
「は、はい。よろしく」
二人は握手を交わした。
その瞬間、ヒトの喧噪が近付いてくるのがわかる。
「……あたしの『ステージ』が解けたのだけれど!? あなた、なにをしたの!?」
「説明するべきか、それとも慌てるべきか?」
「……あなたのペースで話すとものすごく疲れるのだわ。とにかく――とにかく、落ち着ける場所へ行きましょう。あたしのお洋服は人混みに向いていないのだわ。市場なんか歩いたら服にシワがついちゃう。靴も底が厚くて歩きにくいし」
「じゃあ行くか。俺の家でいいかな?」
「……なんかもう状況が想定と違いすぎてオーバーフローしているのだわ。とにかくそうね、冷静になる時間を確保したいのだわ。お願いするのだわ」
「じゃあ、こっちだ。屋台のあいだを抜けて大きく回っていこう。そうしたら人混みを通らないですむ」
そう言いながら、彼はユメの手を取った。
ユメは――
「……あの、お、お父さん……ごめんなさい。わたし……」
「なにがだ?」
「……いえ。……お父さんは、わたしの手を握ってくれるんですね」
「そうだな。いつもそうしてる。これからもきっと、そうしていくと思う。……お前が一人で外を歩けるようになるまでは」
「……」
「だからちょっと過保護かもしれないけれど、行きたい場所には俺もついていく。我慢してほしい」
「が、我慢だなんて……! でも、その……ありがとう、ございます」
ユメは照れたように――あるいはバツが悪そうに、うつむいて言った。
彼は首をかしげていた。
お前が首をかしげたい時、お前の周囲はもっと首をかしげたいと思うよ。