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その者、異世界で伝説のパパになる  作者: 稲荷竜
一章 樹海の少女ユメ
23/28

23話

「あたしたちは『予言者』に集められた異世界転移者なのだわ」



 先ほどまで視界をにぎやかに彩っていた弾幕は、いつのまにか消え失せていた。


『交渉のテーブルに着いた』。

 つまり、彼のことを『力尽くで倒すより説得した方が面倒のない相手』と判断したらしい。



「その予言者によれば、近々――詳しい日時まではわからないけれど――そう遠くない将来、あたしたちがこの世界に来た『意味』がわかるのだわ」



 ……異世界転移者が異世界に来た意味?

 ないよそんなもん。

 金魚が金魚鉢にいる意味なんか考えないように、異世界転移者が異世界にいる意味なんか、考えたって仕方ない。


 それでも『意味がある』とうそぶく者がいるなら?

 そう言ったヤツはよほど自分の存在に特別な意味を見出したかった選民思想の持ち主か――

 あるいは、詐欺師だと思うけれどね。



「そんな話はどうだっていい」



 彼は本気で興味なさそうだった。

 しかし攻撃をやめたジュリアに対し、問答無用で殴りかかるということもしない。


 ……よくよく思い返せば、あいつの基本姿勢は『対話』なんだよな。

 相手が話に応じる様子があれば、直前までどんなに激しく戦っていたって、話をしようとするヤツだ。

 樹海の戦士イタクとの戦いの時だって、イタクが不意に槍を投げてこなかったら加害を続けることはなかっただろうし。



「お前の話は曖昧だ。それに、俺には関係がない。俺はこの子を守るし、保護している。この子が望まない限り、俺がお前たちにこの子を引き渡すことはない。……交渉の余地はないし、交渉するなら、俺じゃなくてこの子にすべきだ」

「あたしもそう思うのだわ。だってあなた、話が通じない気配がすごいもの。――だから、あなた。ねえ、小さな、けれど強大なるあなた」



 ジュリアは視線を下げて、ユメを見ていた。

 ユメは彼の背中に体を半分隠したまま、びくりと身をすくませる。



「ねぇ、小さなあなた。お名前は?」

「……ゆ、ユメです」

「そう。ユメ。……ユメ? この世界風じゃない名前なのだわ」

「お、お父さんがつけてくれて……」

「……そう。まあ、彼も『そう』なのかもしれないのだわ。でも――予言の光景に彼の姿はなかった。だからきっと、彼には資格がないのかもしれないのだわ」

「?」

「あなたは近々、とんでもないモノを呼び寄せる。それは、空を覆い尽くすほど巨大で、地上のすべての力を合わせたって敵わないほど強大で、自分以外のすべてを滅ぼしたってかまわないと考えるような尊大なるモノなのだわ」

「……」

「ソレを前にすれば、みんな死んでしまうのだわ。あなたの呼び寄せるモノが、みんなを殺してしまうのだわ。……『呼び寄せる』の意味は、わかるわよね? あなたは自分の力を知っているはずだもの」

「……わかります」

「その時に、あなたと世界を救えるのは、あたしたち異世界転移者だけで――もっと言えば、予言者の見た異世界転移者だけなのだわ。そこの彼はふくまれていない。だって、『世界の救い手』に男は誰もいないのだもの」

「……」

「ああ、この話は世界でもほんの一部しか知らないことなのだわ。たとえば、あなたたちを襲った銃使いなんかは、知らない話――だってあいつ、『自分が活躍できない』と知ったら絶対あたしたちに協力なんかしなさそうだし」

「……」

「こうして滅多なことでは他者に漏らさない話を漏らすのは、あなたに対する敬意――好意――誠意。そう、誠意ね。誠意だと思ってほしいのだわ。誠意をもって、あたしたちはあなたを迎えたい。あなたの呼び込む災厄を滅ぼし、世界を救うために、あなたを手もとに置いておきたいのだわ」



 困ったことに。

 いや、私ではなくて、彼にとってはきっと困ったことだろうけれど――ジュリアの言葉や態度には、本当に誠意が感じられた。

 あの少年(ハヤトとか紹介されたか?)にあった功名心や自己中心的な英雄願望みたいなものが、ジュリアからは感じ取れなかった。

 あるのは、たしかな願いと、静かな自負だけ。


『この世界を救いたい。それができるのは自分たちだけだ』。



「でも」



 と、ユメが見やったのは、もちろん彼の顔だった。

 相変わらずぼんやりした顔で黙ったままの、彼。

 なにを考えているのかわからない、ユメの父親。



「俺は――」

「……」

「……いや。うん、そうだな。こういう時はきっと、お前の好きにさせるのがいいんだろう」

「お父さんは、なんでわたしを拾ってくれたんですか?」

「お前が困っていたから」

「……お父さんは、なんでわたしに、優しくしてくれるんですか?」

「……お前に、優しさが必要だと思ったから」

「お父さんは――もし、自分より、わたしの親として優れた相手が現れたら……」

「……」

「も、もし……もし、そんなヒトが、もしもいたら……わたしを、どうするんですか?」



 彼はさすがに黙り込んだ。


 ……もしも、彼がもっと空気を読めて、他者の質問の裏の意味まで読み取ることができたならば。

 きっと『自分以上に父親にふさわしい者はいない』とか答えただろう。

 だって能力的にはピッタリはまっているんだ。実際に、ユメの手を引いて街を歩ける能力の持ち主なんか、彼以外にいやしない。


 でも、彼は馬鹿みたいな男だ。

 言葉を額面通りにとらえて、それに応じる。



「そういう相手がいるなら、その相手にお前を任せるのが、いいんだろう」



 質問に答えた。

 表の言葉にしか答えない。

 ……そういうヤツだよなあ、君は。

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