22話
花火を思い出す。
アレはいい。一瞬で散るあたりに美学を感じるし、空に打ち上がるところには、ヒトの空への憧れを空想できる。
けれどその花火は地上いっぱいを埋め尽くし、いつまでもいつまでも消えやしない。
「FPS視点で弾幕ゲームをしたことがあるかしら? ――すごく絶望的な気分になれるのだわ」
悔しいがその通りだ。
彼と同じ高さから見れば、視界は敵の放った多くの弾に――弾幕に阻まれている。
弾の向こうに弾がある。
見えない場所から狙われる。
なにより彼の真横にはユメがいた。
守るべき、力なき少女。
「お前たちの目的は、ユメの確保じゃないのか? こんな――巻きこむような攻撃をしていいのか?」
『だから、やめろ』という響きではなかった。
単に不思議に思ったから聞いただけという様子だ。……あいつらしい。
対してゴスロリ女ジュリア(たぶん仮名)は、
「あなたが守るでしょう?」
ためらわず攻撃を開始した。
そして、彼はジュリアに言われた通り、ユメを守るように立ちはだかったまま、動かない。
迫り来る弾幕は『量』や『数』ではなく『密度』とも表現したくなるほどで、色とりどりの魔力弾が視界を埋め尽くし、決して速くなく、しかし避け続けるにはあまりにも濃厚に迫り来る。
彼は敵弾を剣で斬り、あるいは魔法で消しながら安全地帯をこじ開けていく。
「お、お父さん……わたし、だいじょうぶですから。わたし、一人でも――」
「……いや、分散したほうが危ないと思う」
未だヒットはなく、けれど彼はいつもの無表情に若干の危機感をにじませていた。
それはそうだろう。
敵弾は無限。
こちらは動けない。
であれば勝負は持久戦であり――いくら弾幕を放ってもまったく疲労した様子のない相手が弾の隙間から見えるのだ。
絶望的な戦いだった。
でも、彼はあきらめなかった。
「ユメ、少しずつだ」
「……え、えっと」
「進もう、二人で、一歩ずつ、ゆっくり」
「……」
「ついてきてくれるか?」
「……は、はい!」
攻撃はやまない。
少し間違えば確実に身を抉る弾雨の中を進んでいく。
敵弾は色によって進む早さや軌道、動きなどが異なるようだ。
白くて細くて短いのが、真っ直ぐに彼を狙う、動きの速い弾丸。
赤くて丸いのが、ゆったりとジュリアを中心に周りながらだんだんと近付いてくる弾丸。
緑色の細長いものは、絶え間なく発射され続け、彼の逃げ道を壁のように塞ぐ。
オレンジ色は一番多く放たれ、もっとも動きが遅いものの、狙いも発射間隔も完全ランダムで、厄介だ。
他にも視界に映りきらない弾丸があるかもしれないし――
ジュリアが秘めた『とっておき』が、まだ待ち受けているかもしれない。
それでも彼とユメは進んでいった。
一歩一歩。その歩みは遅々として見えるけれど堅実だ。
ジュリアは動こうとしないのか動けないのか、最初の位置で空中に浮いたまま、弾丸を放ち続けている。
距離は残り五歩にまで縮まっていた。
一足、大きく踏み込めれば充分に手がとどく距離。
けれど彼はユメを守ることを優先しているのか、速度を上げない。
……そのせいだろう。
彼に間近まで迫られても、ジュリアには余裕があった。
「弾幕の中をここまでよく進めたわね。あと二歩で『交渉のテーブル』に着ける、と認めてあげるのだわ」
「……交渉の余地はない。俺はユメを渡さない」
「あらあら、ヒトの話を聞きもしないで断るだなんて、ずいぶんと短気なのだわ。この話はあなたのためでもあるのに」
「『あなたのために』なんて言うのは、宗教家か詐欺師だけだ」
「宗教家! それは言い得て妙なのだわ! だってあたしたちはたしかに、信ずる者のためにその子がほしいんだもの!」
「お前たちは英雄扱いされたいだけじゃないのか?」
「違うわ。……ああ、あの銃使いはそうだけれど、みんながみんな、そんな英雄願望はないのだわ。特にあたしは、目立たず騒がず、かわいいお洋服とぬいぐるみ、甘いお菓子とおいしいお茶があれば、それで幸せだもの。――あと一歩で交渉のテーブルなのだわ」
「……じゃあ、お前たちの目的はなんなんだ?」
「世界平和」
ジュリアは間髪入れずに答えた。
彼は一瞬、動きが止まる。
だが、追撃はない。
彼はすでにジュリアまで残り三歩の位置にいて――そこは、彼女が示した『交渉のテーブル』の位置だった。
「あたしたちは、この世界に流れ着いた難民なのだわ。少数派で、この世界で生きていくしかない死人。だから――この世界を守るために戦うのだわ。そのために、その子が必要なの」




