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その者、異世界で伝説のパパになる  作者: 稲荷竜
一章 樹海の少女ユメ
20/28

20話

 水竜兵団(ナーガ・レギオン)の集会所一階には数個の部屋があって、そのうち一つが医務室となっていた。


 基本的に団のメンバーが使用するための部屋ではある。

 が、開拓者という仕事の特性上、ケガをして赴任している開拓地からわざわざここに戻って治療を受けるのもおかしな話だ。

 よって普段この医務室は『仮眠室』という用途で使われている。


 白いシーツのかかったベッドの並ぶ、真っ白い空間で眠る者は、今、たった一人だ。


 樹海の戦士。

 大柄な、黒い毛並みの獣人。

 首や腕に巻かれた包帯は新しくて、それでもわずかににじんだ血のあとが痛々しい。


 彼はユメだけを伴って、横たわる戦士の真横に立っていた。


 戦士は、上体を起こし――目覚めている。

 あの女の予言通りに。



「……守られたのか、その子は」



 戦士の声には安堵もあったけれど、不機嫌そうな色合いもあった。

 その心中はきっと複雑なのだろう。



「礼を言わねばならんのだろうな。我らは――いや。おれは」

「別に。なにか言われたから守ったわけじゃないし、俺一人じゃ守り切れなかった」

「……それほど強かったのか、あの黒ずくめの男は」

「強かった」

「そうか。……多少は慰めになる」

「慰め?」

「……おれは、戦士だ」

「そう聞いた」

「戦士が、村が襲われた時には恐れをなして逃げ、貴様を襲撃した時には返り討ちに遭い――あまつさえ、さらわれ、いたぶられ、殺されかけたなど恥でしかない」

「その考えは間違っている」

「……貴様に戦士のなにがわかる?」

「戦士のことは知らない。でも、命のことはわかる。命があるのはいいことだ。恥ずかしいことじゃない」

「しかし……」

「生きていてくれてありがとう」

「……なぜ貴様が礼を言う」

「俺がやりすぎた結果、お前たちは意識不明になったから。……俺が与えたケガがなければ、お前たちは全員生きていたかもしれないと考えると、責任を感じるんだ」

「それはさすがに、侮辱をしすぎだ。……我らは挑んだ。そして返り討ちに遭った。挑んでおいて『手加減をしろ』と言うほど、誇りは失っていないつもりでいる。……まあ、現状を見れば、どのような発言も滑稽だがな」

「そうか。お前がそう言うなら、気にしないことにする」

「おれの名は『イタク』だ」

「……お前たちは名前がある文化圏だったのか」

「…………その子に名前がないのは、その子を恐れたからだ。名前を与えるというのは、自我を与えるということ。……力あるその子に自我を与えるのは危険だから、名付けなかったのだと――大人たちは、言っていた」

「……大人たち?」

「…………そうだが?」

「お前は大人じゃないみたいな口ぶりだが?」

「十四歳だ。我らの集落では、まだ子供の扱いとなっている」

「…………」

「なんだ」

「老けてるな」

「うるさいな」



 横でユメが噴き出していた。

 淡々と会話するもんだから面白かったんだろう。



「イタク、お前も俺の子になるか?」

「……なんだと?」

「樹海集落は滅びた。でも、お前は生きていかなければいけない。稼ぎ口としては、開拓者っていう『誰でもなれる職業』があるとはいえ、安定するまでの後ろ盾は必要だろう。その後ろ盾に俺がなろうか? っていう提案だ」

「……意味はわかる。しかし、おれだぞ?」

「お前に言ってるんだから、それはお前だろう」

「…………貴様はずいぶん流暢に我ら樹海の民の言葉を話すが、実は全然意味がわからず話しているのか?」

「お前たちの言葉はしゃべってない。『越境者』っていう言葉の壁を取り払うスキルを持ってるだけだ。だから、お前たちの言葉をしゃべる以上に、正確な意思疎通ができているはずだ」

「……そうなのか……それにしては、貴様と会話をできている感触が、時折消え去るのだが」

「お前以外にも似たようなことを言われることがある。たぶんスキル発動が不完全になる瞬間があるんだろう」



 いや、お前の性格と、そこからくる話題展開の問題だよ。

 私の与えたスキルはそんな、携帯電話の電波みたいに場所と時によって弱まったりするもんじゃないからね?



「……おれが言いたかったのは、おれが――その子をどういうふうに扱っていたか、そういう話だ」

「……」

「貴様にとって許せることではないのだろう? そのおれを、その子同様、貴様が世話するというのは……貴様の心情的にも、なによりその子の心情的に、どうなのかという話だ」

「でもお前は反省してるんだろう?」

「……反省すべきことだったのだろうとは、なんとなくわかる。……我らの集落では、その子を『用いて』戦士を強くするのが当然のことだったのだ。立派な戦士となるため必要なことで、悪いことだという意識など、なかった」

「そういうの、『自分がされたらイヤだな』とか思わないものなのか?」

「その子が『用いられ』、傷つくことも、自由を束縛されるのも、その子の役割だという認識だった。……戦士が村を襲う者から、苦しみ、傷つき、命懸けで村を守るように――その子が苦しみ、傷つき、戦士を鍛える役割を果たすのは、当然と……」

「……」

「わかっている。おれが言えることではない。おれは責務に背を向けた」

「責めたいわけじゃない。……なるほど、そういうこともあるか、と思っただけだ」

「……」

「倫理観も常識も違う異文化が交わるこの街では、そういう認識の差異はよくあることだ」

「差異はよくあると思ったうえで――貴様は、我らを打ちのめしたのか。我らを間違っていると、自分を正しいと、思ったのか」

「そうだ。『俺はお前たちとは違う』――選民思想じゃないぞ。上下じゃない。ただ単純に、『違う』というだけだ。俺は、お前たちと、この街にいる誰とも、実際問題として『違う』。そんなこの場所で、相手の思想をおもんばかって行動しようと思ったら、なにもできない」

「……」

「だから、我を通す。……『自分はこうだ』と、自分の常識をハッキリ示しながら、過ごす。それが異文化が交わる場所でうまく楽に生きていく方法なんだ。それに、普段から『自分の常識』を表に出していれば、いらない争いを避けられたりもする」

「……逆に争いが起こりそうな気がするが……」

「『受け入れられない常識で生きている相手』と一緒に過ごすから軋轢が起きるんだ。『私の常識はこうです』と普段からアピールしていれば、そもそもかかわることを避けられる」

「……なるほど」

「俺の常識では、この子を傷つけることも、この子の能力を利用することも、許さない」

「……」

「それはお前の常識とは違うかもしれないが――もし、俺がお前の『子』になるんなら、俺は、俺の常識で生きていくことを、お前に望む」

「……一つ、いいか?」

「なんだ?」

「なぜ『子』なんだ? おれと貴様は――いや、その子と貴様だって、『親子』というほどには年齢が離れていないように見える」

「俺は見た目が若いんだ」

「あてつけみたいに言うのをやめろ」

「いや、そんなつもりはない。実年齢より童顔に見えるらしい。これでも二十歳は越えている」

「……いやいや。それでも『親子』ではないだろう? その顔で三十を超えているとか言われれば、まあ、親子もわかるが」

「……そういえばそうだな」

「無意識で親になったのか……」



 あいつマイペースすぎない?

 樹海の戦士イタクが困惑してるぞ……



「……ああ、そうか。たぶん、『お兄ちゃん』って呼ばれるのイヤだったんだ」

「なぜだ」

「『兄』って頼りないから。俺、兄だったことがあるけど、死ぬまで妹になにかしてやれた気がしなくて」

「……貴様の妹は、亡くなったのか?」

「違う。俺が亡くなったんだ」

「意味がわからない」

「まあいいや」

「よくはないが……」

「で、どうする? お前は俺の子になるか?」



 イタクはうつむいて考えこんでいるようだった。

 しばらく、隣室の喧噪だけが紛れ込んでくる沈黙の時間があった。



「……まだ、決められない。おれは、いつもこうだ。いつも、いつも。選択を突きつけられると、どうしていいかわからなくなって……最後はけっきょく、逃げてしまう」

「そうか。まあ今回は時間があるしゆっくり悩んだらいい」

「……格別のご配慮、感謝する」

「で、この子の能力を使わない時、この子に身につけさせていた――能力を封じるようなものは、存在するか?」



 ついでとばかりに本題を切り出すのが、彼一流の話術のようだった。

 効果のほどは知らんが、あいつは大事な話ほどこうやってオマケみたいな扱いで言う傾向がある――気がする。

 彼にとってなにが『大事な話』でなにが『大事でない話』か、天上から見下ろしている身では、ハッキリとはわからない。



「……我らの集落でのその子の扱いは、普段は檻に入れ、必要な時には、首輪に紐をつけて引っ張り出す。集落からある程度離れた狩り場で――苦しめ、モンスターを呼ばせる。能力を封じる道具なんていう便利なものはないよ。少なくとも、おれが物心ついたころには、すでにそういう扱いだった」



 イタクから渡されたその情報は、彼にとって望まぬもののはずだった。

 それでも彼は、



「そうか。まあ、そういうこともある」



 なんでもなさそうに言う。

 本当になんでもないと感じているのかは、やっぱり、天上から見下ろしている私からは、ハッキリわからない。

 あいつ、無表情なんだもん。

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