2話
『伝説のパパ』ってどうしたらいいんだよぉう!?
想定外も甚だしいこの要求に私は苦悩した。
しかし『なにか』と選択の幅を与えてしまったのはこちらの落ち度だし、神と悪魔は昔から言葉を違えてはいけないのがルールだ。
そこで私が考えたのは『とりあえず力のカタマリだけ渡して、あとはあいつの中にあるパパ像にまかせよう』という丸投げ作戦だった。
あいつが『パパ』をどういう存在と捉えているかにより、発現する能力は変わるだろう。
とりあえず要求に応じた私は、あいつの私生活をこれ以上観察する必要もないんだけれど、見続けることにした。
日課と化していたから、やめにくかったというのもあっただろう。
彼は街を見下ろせる位置にある家を購入し、そこで暮らすことに決めたようだ。
これが『いわくつき』の物件で、子供に人気の幽霊屋敷、大人に不人気の呪いの館という感じだったのだけれど、彼はそういうのを本当に全然まったく気にしないので、晴れて格安で呪いの館を手にしたわけだ。
三階建ての真っ白い建物。
そのシルエットはスペースシャトルを連想させる。
壁に這ったツタなんかを取り除き、室内を掃除し、いくらかの解呪、地下室にあった意味深な赤いシミのついた魔法陣の破壊、『子供用』と貼り紙のされたオーブンの修理なんかを終えればそこそこ住めそうな家に見えてくる。
彼は二階の一室を寝床としたようだ。
そこで、ピカピカの文机に座り、日記を書き始めた。
『樹海エリアで子供を拾った』
こいつひょっとして、『仔猫を助けた』と同じノリで子供を拾ってないか?
『家を買った。安くて助かる。でも、家財道具がけっこうかかった。しばらく切り詰めて生活をしたい』
日記と呼ぶにはあまりにも簡素なメモだ。
彼の生活を長年見ているのだけれど、こいつがなにを考えて生きてるのかがさっぱりわからない。
見てて面白くもあるのだけれど、それより怖さがまさる。
私はとんでもないものを異世界に送りつけてしまったんじゃないか――そんな申し訳なさがないでもない。
『未開とされるエリアにも、王国が認識していないだけでコミュニティは存在するらしい。これからも未開の土地で暮らす民族に出会うことがあるのだろう。その中には親のいない子もいるのかもしれない。未開エリアのヒトたちと、王国領土とは言語が違うようだけれど、幸いにも、俺は神様から言語に不自由しない能力は与えられているし、そうした子供たちや民族たちのためになっていければと思う』
彼がいきなりまともなことを書き始めて、私は思わず「ええっ!?」と声を出してしまった。
たぶんあの世界の巫女とかには、私のはしたない叫びが耳にとどいたはずだ。
神はおっしゃいました。『ええっ!?』と――とか託宣扱いされたらどうしよう。
ほんとどうしよう。
『子育ては日記に書くことが山盛りだから』
結びの一文で安心した。
あいつ、やっぱおかしい。
日記を閉じて立ち上がれば、そのタイミングでコンコンと部屋の扉が叩かれる。
彼は扉を開いてノックの主を招き入れた。
入ってきたのは、まだ十歳ぐらいの幼い女の子だ。
金色の毛並みの彼女は、猫を連想させるちょっとだけ垂れた三角耳と、細長いしっぽを所持している。
はにかむような笑顔で嬉しそうに彼を見上げる彼女の視線からは、強い信頼と親愛が感じられた。
小さな体を包んでいるのはやけにモードの最先端をいっていそうな白黒のフリルつきワンピースで、まるで服屋の店員に『これが今の流行ですよ!』と言われたものをそのまま着せられているみたいだった。というか、そうだ。
「あ、あの、お、お父…………えっと、お部屋、三階の、お部屋……えっと、好きです……ありがとうございます!」
「気に入ったならよかった。なにか不満点とかがあれば言ってくれ」
「いえ、大丈夫です。あの、えっと……大丈夫です!」
この会話の最中、『女の子から彼へ』のボディタッチがやたら多い。
手を握ったり、お腹を触ったり、彼の手をとって自分のほっぺたに当てたり、まあベタベタベタベタと。
拾って間もないのに懐かれすぎ――
と、思わなくもないけれど、仕方ない。
事情がある。
彼がただ子供を引き取るだけなのに、『伝説』なんか志さなきゃいけなかった、事情が。
イチャイチャと会話を終えて、ダラダラと話を引き延ばして、ベタベタと女の子は彼に触り続けて、ようやく話題の続けかたが思いつかなくなったらしく、部屋を出ていった。
彼はしばらく閉まったドアをながめていたが、「そうだった」とつぶやいて文机に戻る。
日記帳を広げて、
『拾った子供は、誰かに触れられるとモンスターを呼び寄せてしまうスキル持ちだった。伝説の力によって彼女に触れられる俺の存在が、誰にも触れられない彼女の人生に与えられる、ぬくもりの一つであることを望む』
そんなことは今まで忘れていた、とばかりに、記したのだった。
でもさ、それ、どう考えたって最初に書くべき重大事だよねえ?