17話
彼が突然一般住宅の屋根にのぼり剣を振った時は、『とうとう正気を失ったか』と思った。
しかし、そうではないことがすぐにわかった。
ズドドドドドドド! というけたたましい音が鳴り響く。
放たれる無数の弾丸。
それと同時に姿を表す、黒衣の少年。
マズルフラッシュを焚きながら放たれ続けるマシンガンの弾を、握った剣で打ち払い、いなし、左右に体を振って避けていく。
どうやら少年のほうにも弾切れの概念はあるらしい。
しばしカチカチといらだたしげに引き金を引き、それから少年は舌打ちをして、ガチャリと装填のような動作をした。
灰色の石でできた建物の、平たい屋根の上で、二人は再会を果たす。
彼は当然のような顔をしていた。
少年は、おどろいた顔をしている。
「……あり得ねーだろ! なんで迷彩かけてる僕の位置がわかるんだよ! レーダーも参照できない異世界人のクセに!」
「お前、気配が隠れてないんだよ」
あまりにも当たり前のような指摘だった。
少年はギリギリと歯を噛みしめる。
「ファック! なんだよ『気配』って! これだからファンタジー概念で生きてる連中はイヤなんだ!」
……もっとも、『街のどこにいるかわからない透明な相手』の気配を感じ取り、その位置を正確に――剣を当てるほど細やかに察する能力なんて、世界中を見回したって彼のほかに誰も持っていないだろう。
私の与えたスキルのお陰だ。
「だいたい――だいたい、攻撃は僕が一方的にやってたろ!? ここまでワンサイドゲームされてなんで戦意を失わない!? 頭おかしいんじゃねーの!? お前も! あの、瀕死のまま僕から逃げおおせたネコミミ男も!」
「この状況でお前を放置するほうが頭おかしい。――今、戦意を失うのは、命をあきらめるのと同じだ」
「脳筋の野蛮人め!」
マシンガンが放たれる。
しかし、正面から撃たれる銃弾は、彼に当たらない。
姿を隠して攻撃をすれば、もう少し弾丸が当たる確率を上げられそうだけれど……
あの姿を隠す能力は、攻撃中にはできないのだろうか?
「ファックファックファック! クソが! マシンガンだぞ!? なんでこの距離で当たらないんだ!? おかしいだろ! はぁ~! ほんと、ウッザ!」
「ところで質問があるんだが」
「はああああ!? そんな空気じゃないだろ!? なんでそんな呑気なのお前!?」
「お前はなんで、あの子を狙う? それに、なんで――原住民の戦士たちを、殺したんだ?」
「……ああ、そっか。お前、知っててあの子を連れてたわけじゃないんだな」
なにかが、少年の機嫌をよくしたらしい。
私から見れば彼の喜びどころも怒りどころも理解しがたいのだが、ともあれ、少年は会話に応じる気になったようだ。
「原住民殺しはまあ、知らないよ。アレは僕の意思じゃないんだ。ただ、邪魔らしいから好きにしていいって言われたし、樹海に放ってハンティングの的にしてただけさ。……一人、ほとんど意識も曖昧な重体だったくせして、定期船に忍び込んだのがいたけどね。いや、これでも途中まではなるべく騒ぎにならないよう気を付けてたんだよ? ほんとにさ、僕の気遣い無駄にしやがって」
「……」
「そして――僕はさ、お前たちのために、あの女の子を引き取ってやろうとしてるんだぜ」
「?」
「あの子にはスキルがある。『世界を滅ぼすか、救うか』っていうスキルが」
「……」
「聞いた話じゃ、生きてるだけでイベントが盛りだくさんらしい。でもさ、ただの異世界人であるお前たちが所持しても荷が重いだろ? だから、転移者で、ご覧の通りの力を持ってる僕らが、あの子を引き取ってやろうとしてるんだよ。この世界のためにさ!」
「……」
「安心しなって。あの子は大事にするよ。この世界も滅ぼさないよう注意してやる。僕は破滅願望者じゃない。英雄になるべき、異世界転移者なんだ。あの子をそばに置くことで、ようやく僕らのストーリーが始まるんだよ。……ハンティングを続行してたら、偶然あの子にいる場所に来るなんて、やっぱり神様も、あの子を僕にあずけろって言ってるんだと思うよ」
「……」
「まあ、でも、僕らの崇高な使命について説明しなかった僕も悪かったよ。ここは痛み分けってことで許してやるから、あの子を僕に渡してくれ」
「それはできない」
「……話、聞いてた?」
「聞いてた。それで、一つだけ確実に嘘だとわかる発言があった」
「なんだよ」
「お前はあの子を大事にしない。あの子を巻きこむのも厭わず、攻撃しただろう」
「……」
「そんな相手にユメは渡さない」
「………………じゃ、死ね」
冷然と言い放つと同時、サブマシンガンを持った右手がぶれた。
今度はさすがに、意識を逸らさなかったらしい――彼は動かず、武器が変わるのを見届ける。
あらわれたのは、細長い筒状の物体。
肩にかつぐほどの長さと重さを誇るその武器は、
「ロケットランチャーってわかるかなあ?」
放たれる。
その音は狙撃銃よりだいぶ静かに、長く響いた。
至近距離で放たれた弾頭は決して速くはなかったけれど、避けられようが打ち落とされようがかまわないと少年は判断しているようだ。
なにせ、爆発する。
その衝撃には少年自身も巻きこまれるだろうが、この少年はなぜか首を刎ねられても死んだのとは別な場所で復活するのだ。
こういった自爆も戦術の一つとして充分に成立する。
だからきっと。
少年の敗因は――
彼の勝因は、少年が観察を怠ったことなのだろう。
彼は放たれた弾頭に一切の興味を示さず、少年に接近した。
少年は避けようとも逃げようともしない。
殺されても復活できる。
それはすでに先ほど示された通りだ。
どのようなスキルかはわからない。
ただ、この世界で異能を成すにはスキルが必要だ。
……まあ、私なんかは『なんらかの例外でもあるんじゃないか』なんて心配してしまったりもしたけれど。
彼に、私みたいな揺らぎはなかったらしい。
彼が少年の手首をつかんだ。
その瞬間にすべてが消えていく。
少年の黒衣も。
右手に持たれたロケットランチャーも。
それから、放たれた弾頭も。
「……はあ?」
黒衣が消えれば、少年はまるでそのへんの街人みたいな服装をしていた。
シャツと地味なズボンという商店で下働きでもしていそうな格好になった少年は、状況を呑み込めていないようだった。
「……なんで、僕の力が消えて……」
「その質問に答えたら、俺の質問にも答えてくれるか? お前の能力を封じたのは、俺のユニークスキルだ。お前の狙撃を予測できたのは、俺がお前の今やってるゲームをやったことがあったからだし、お前の銃撃に対応できたのは、俺も銃を知ってたからだ。お前が透明になるのも、そういう能力をゲーム内で使えることを知ってたからで、お前のやってるゲームを特定できたのは、お前の服装に覚えがあったからだ」
「……まさか、お前も、異世界転移者……」
「そうだ。……さあ、答えてくれ。今度はそっちの番だ。ユメの能力について、誰から聞いた?」
「なあ、異世界転移者なら、僕らと一緒に行こう。……そうだよ! お前だってさ、自分の力の活かしどころがなくてたまってるだろ? 集団があるんだ! 異世界転移者だけが集った、そういう集団が! ……そうだ、連れて行ってやるよ! このまま僕と一緒に行こう! 僕たちは仲間になれる!」
「……」
「僕らで、僕らの英雄譚を書き上げるんだ! あの子を使えば、それができる!」
たぶん、彼だってキレることがあるんだろう。
「ふざけるな」
左手で、相手の右腕をつかんだまま。
彼は右拳を、少年の頭部に振り抜いた。
……殴る直前に握っていた剣を放したのは、彼の最後の理性だったのか。
ゴキン、とかなりイヤな音がして、少年の首がぶらぶらと頼りなく揺れる。
でも――死んで、いない。
相手のスキルは無効化しているから、死んで別な場所で復活というようなことも、できない。
「ユメを物扱いするな。それから、お前とは仲間になれない。お前みたいなのを仲間扱いしたら、本当の仲間に失礼だ」
吐き捨てるように言い放つ。
なにを考えているかわからない彼が、わかりやすく怒っていた。
少年の敗因はたぶん、彼の逆鱗に触れたことだろう。
もちろん私が彼に与えた力あっての勝利だけれど。




