16話
手榴弾の脅威は二つある。
まずは爆発の衝撃力。
そして、なにより厄介なのが、爆発により飛散する金属片だ。
ヒトは基本的に、銃で撃たれれば死ぬ脆弱な生き物だ。
そして近場で爆ぜる手榴弾により放たれる複数の金属片は、そのひとひらさえ銃弾も同然の殺傷力を持ち、なおかつあらゆる方向に飛散する。
回避は不可能。
分厚い金属製の盾や鎧ならば金属片の脅威から身を守れるかもしれないが、爆発の衝撃力は硬さなんかものともせず肉体にのしかかる。
つまり近場で手榴弾が爆発した時点でだいたい『詰み』なのだけれど……
それは、普通のヒトの話だ。
その時彼が成した奇跡を、いったい何人が目撃できただろう?
手榴弾はたしかに爆発した。
彼は背にユメと樹海の戦士をかばっていて、一歩も動けない。
だから、手にした剣で飛散する金属片をすべてたたき落とした。
その動きの速さはおおよそヒトの目に留まる程度のモノではない。
しかし、もし目撃できた者があったならば、速さ以上に精妙さにおどろくことだろう。
金属片を剣で弾き、きちんと地面にたたき落としている。
ただ、剣で受けているだけじゃない。周囲に被害が及ばないよう、ちりとりにゴミを集めるみたいに、足もとあたりに落としているのだ。
アレ、私の与えた力だよ!
さらに細やかなところを挙げれば、爆発の衝撃力もきちんと殺しているあたりだろうか。
さすがに自分の方向に飛んでこない金属片まで対応はできなかったようだけれど、あらかじめリナルドたちに張らせていた防御結界が役立ったらしく、周囲に金属片や衝撃でダメージを受けて苦しむヒトは皆無だった。
何度でも言うが、アレ、私の与えた力だよ!
「あいつ、見境がなくなってるな。……さっさと倒さないと」
彼の態度はなにごともなかったかのように冷静で、だから今し方成した偉業が偉業であることに気付く者はいなかった。
もっと誇ればいいのに、欲のない男だ。
「リナルド」
呼びかける。
応じた金髪の男は、苦笑を浮かべていた。
「行くのか?」
「任せていいか?」
「わかった」
やるべきことの確認などいらないらしい。
リナルドは水竜兵団メンバーに指示を出し、まずは樹海の戦士を運ばせた。
それから定期船に乗る予定だった人々を船に押し込ませ、リナルド自身はユメを保護しようとしたところで――
「リナルド、ユメには触らないよう、頼む」
「……おいおい、こんな時まで子煩悩かよ」
「そうじゃない。触らないでくれ。指一本、誰にも触らせないでくれ。かすかにでも、接触させないでくれ。……理由はあとで説明する」
「……わかった。請け負おう」
「……迷惑、かける。敵の攻撃方法はわかるな? 対応は、できるか?」
「ああ、それは――」
ダァン! という銃声。
ほぼ同時、リナルドが抜いていた剣を両腕でふるう。
すると、鈍い金属音がして、リナルドの剣が半ばから砕け――狙撃銃の弾丸が、地面に叩きつけられた。
リナルドはニヤリと笑う。
「――こうだろ?」
「さすがだ」
「……お前の対応を見てたからな。にしても――コレ、片手で、しかも剣を砕かず受けられるモンじゃねーだろ。お前の腕力もそうだけど、受けの柔らかさもどうなってんだ? お前、剣術スキル上がった?」
「そのへんもまとめてあとで説明する。――ユメ」
彼は視線をユメへ転じる。
ユメの内心は顕著だった。
「……ごめんなさい、私の、せいで」
どうやら、銃使いの言葉は彼女にも通じていたようだ。
あの銃使い、どうにも言語の壁を越えるスキルも所持しているようだ。……まあ、転移者ならみんな持ってるはずのスキルだけど。
だから――ユメは自分が狙われていることを知っている。
奇跡的に今は被害が出ていないけれど、それでも相手が強力で、一歩間違えれば死ぬかもしれない敵だという認識は、あるんだろう。
彼はユメの前にしゃがみこんだ。
そして、細い肩に手を置いて、言う。
「たしかにお前は生まれつき瑕を背負っているのかもしれない」
「……はい」
「さっき言った通り、俺は、お前の意思で獲得したスキルじゃないんだし、お前の責任じゃないと思う。でも、お前が責任を感じてしまう気持ちもわかるよ」
「……」
「だから、気にしてもいいけど、悩むな」
「でも」
「ヒトだから、どうせ失敗する。生きてたら、どうせ迷惑はかける。ひどい迷惑をかけて、周囲から恨まれることだって、当然ある。お前だけじゃない、誰にでも、あるんだ」
「……」
「だから、そういう時は、あとで、謝って、つぐなえばいい。……その時は、俺も一緒に『ごめんなさい』するから」
「なんで、そこまでしてくれるんですか?」
「俺がお前の親だから」
「……」
「だからさ、胸を張って瑕だらけの人生を生きていこう。俺と、お前で」
「わかり、ました」
「今は悩むより、俺を見送ってくれ。俺を応援してくれ。それが、まだなんの力もないお前ができる、唯一にして最大のことだ」
「……あの、が、がんばって、ください……お、お父さん……」
「うん」
彼は、ユメの頭をなでて走り出した。
それにしても――それにしても、だ。
普通、悩むし嘆くと思う。
ユメが自分の能力に悩み嘆くのは当然としたって、実際にこんな厄介な相手に襲われたら、ユメを拾って世話しようとしたことを、少しぐらい後悔して、当たり前だと思う。
だからあいつは、きっと『後悔』をしないんだろう。
未来の自分に誇れるような生き様を心がけているあいつは、自分のした選択を、決して悔やまない。
一度愛情を注ぐと決めたら、迷わず――命懸けで、注ぎ続ける。
その姿はきっと、ユメからすれば、気高くて心強く映るはずで。
私からしたら――まあ、危なっかしくて『いい加減にしろ』って感じかな。




