15話
「すみません、僕の保護している原住民が暴れてしまって。ご迷惑をおかけしました。さ、帰ろうか」
少年の態度はあくまで穏やかで、けれどそれは誰にでもわかるぐらいに薄っぺらい仮面だった。
内側に凶暴性を秘めていることは、暴力に慣れた開拓者でなくともわかるであろう。
アレは無造作に他人を傷つけるたぐいの異常者だ。
すべてのヒトをまんべんなく見下し、たとえ『道を塞ぐ』程度の邪魔であっても、邪魔者は押しのけて突き落とすことになんのためらいも抱かない人間性の持ち主だと、そこにいる者たちは、ただ傍観している私よりよほど強く感じていただろう。
そんな生き物に目をつけられるのは不幸でしかなく――
「あと、そこの女の子もね。そこの原住民の家族らしいので僕がまとめて引き取ります。手をつないでいるあなた、保護をしてくださったんですか? ありがとうございます。でも、言葉も通じなくて大変だったでしょう。さ、その子とそのヒトをこちらへ。治療もしないと。いやあ、見つかってよかった。探してたんですよ。……それがこんなに簡単に偶然見つかるなんて、僕は神様に愛されてるなあ」
――どうやら、倒れている戦士とユメは、そいつに目をつけられてしまったようだった。
柔和な態度と、先ほど医師を突き落とした行動が完璧に乖離している。
そして嘘もついていた。
戦士とユメは家族ではない。
同じ集落の出身者であるから『家族』という表現をすることもありうるが、少なくとも、戦士は彼に『ユメを逃がしてくれ』と依頼した。
『原住民を保護している』という少年の発言は嘘か、少年自身は『保護』のつもりでも、戦士の目からそうは映らなかったであろうことは確実だ。
なにより、原住民の戦士は傷を負わされている。
……少年の言葉は、相手を騙すための嘘ではないのだ。
『言う通りに解釈して大人しく要求を呑めば厄介ごとは避けられますよ』という警告でしかない。
彼もそのあたりは当然わかっているようで、ユメを大人しく引き渡すことはなかった。
ユメから手を放し、守るように一歩前に出た。
少年は不可解そうな顔で首をかしげる。
「おや? なんですかその態度は?」
「この子は渡せない。……そこに倒れてるそいつも、渡せない」
「――あっ、そう」
少年は無造作にハンドガンのトリガーを引く。
銃弾は視認不可能な速度で放たれ――
彼はそれを、抜き放った剣で打ち落とした。
少年は一瞬、目を見開いて行動を完全停止する。
しかし、次の瞬間には不機嫌そうな顔で頭を掻いていた。
「……はぁ~。ほんっと、ファンタジーやめろよなあ。これだからモンスターなんかとガチでやり合ってる人種はやなんだよ。銃弾を剣で弾くとかいい加減にしろっつーの。マジで萎えるわ。そっちのネコミミ男のほうもさあ! 普通、銃で撃たれたら動けないもんだろ!? しかも最初から重体じゃねーか! なんで逃げられるんだよ! 頭おかしいんじゃねーの!?」
「……」
「ま、でも、僕の手の中にあるコレが、武器だということは理解できたな? コレは君らなんかじゃ理解もできないほど優れた文明の利器、『銃』だ。剣より強く、魔法より遠くから、弓より速く攻撃ができる。コレが、君らを狙っている。僕が指に軽く力をこめるだけで、さっきの攻撃がいくらでもできるんだよ。……さ、その女の子を渡せ。僕が完全に機嫌を損ねる前に」
「渡せない」
「……」
パァン! パァン! パァン! と連続して銃弾が放たれる。
彼はそれを剣ですべて弾いた。
スキル『伝説のパパ』の『非日常的な無双の力』のお陰だ。
一発目だけなら打ち落とせる開拓者はそう少なくもないだろうが、連続して三発、音速の倍もの速さで飛んでくる銃弾を打ち落とし続けるのは、さすがに普通のヒトにはできないだろう。
また、彼が銃についての知識を有していたことも、対応できている理由の一つのはずだ。
「この異世界人が! どういう身体能力してんだよ! ファック!」
少年は、彼のことを異世界人だと――少年にとっての異世界人だと、思っているようだ。
見た目だけならわからないだろうし、彼もおおっぴらには名乗っていないから、仕方がないことなのかもしれない。
「あーもういい。もうヤメた! もう殺す!」
少年はハンドガンを持った手を軽く上下にぶらした。
すると手品のように、武器が変わった。
ハンドガンよりだいぶ大型のソレは――
「サブマシンガンだ。これで――?」
たぶん、少年は武器を変える際に、一瞬だけ意識を彼から離したのだろう。
そして彼は、武器を変えられることも、変える際には意識が自分から逸れることも、予想していたのかもしれない。
サブマシンガンをかまえる少年を、彼はすでに間合いに捉えていた。
よし、やっちまえ。
「おいおいおいおい! 待っ――」
少年の静止に応じるわけもなく。
彼は、手にした剣で、少年の首を刎ねた。
「……なんだと?」
宙を舞い、地に落ちる少年の首を見て、彼は不可解そうにつぶやいた。
気持ちはわかるし、私にとっても不可解な現象だ。
だって――
「……首が完全に胴体から離れて、それでも生きてるヤツなんか、いるのか?」
いるわけがない。
ところが、どれほどの致命傷を負わせようと、彼に攻撃された相手は生きていないとおかしい。
彼の『伝説のパパ』というスキルには制約がある。
『スキル保持者の倫理観により、伝説のパパ発動中、保持者はヒトに分類される知的生命を殺害できない』という、制約が。
この世界におけるスキルの絶対性などいちいち例をあげるまでもなく明らかだが、それでも実例を出すならば、実際に首を真後ろに向けられた戦士が生きていることが、制約の絶対性を証明している。
だからこそ彼も、相手の首めがけて思い切り剣を薙いだはずだ。『殺す心配はない』と。
ここで『殺してしまったのか?』という後悔と、起こるはずのない出来事への混乱をあらわにするのが、普通のヒトだろう。
しかし彼は、
「どこで生き返った?」
周囲を警戒し始めた。
……あいつ、相手の能力の正体に心当たりがあるっぽいんだよな。
だって、ハンドガンがいきなりサブマシンガンに変わった時だって、その手品におどろいていなかった。
普通、目の前で相手の武器がいきなり変わったら混乱をきたす気がするのだけれど、むしろ『必ずある武器チェンジ時の隙を狙っていた』感じさえある。
そして、彼の警戒は活きた。
少年の死体がスゥッと消え始め――
ダァン! という、これまでの銃声とは比べものにならない大きな音が、街じゅうにこだまする。
狙撃銃だ。
私が気付いた時、彼はすでに対応していた。
そのハンドガンなんかより数段速く、数段威力のあるであろう一撃を、手にした剣で打ち払う。
耳をつんざく音と、放たれた弾丸が地面に叩きつけられ、石畳にめりこむ音がした。
銃弾からかすかに上がった白煙は、弾丸自体の熱か、それともたたき落とされる際に生じた熱か。
「はああああああああ!? リスポーンしてから迷彩つけて狙撃したんだぞ!? なんで対応できる!? クソゲーにもほどがあんだろ! ファック! ファックファックファック! ――もういい。全員死ね」
少年は遠く、建物の屋根の上から、波止場まで聞こえるような声で叫ぶと――
なにかを投げた。
それは遠くからやけにゆっくりに思える速度で、彼の足もとに落ちる。
キィン、キィン、と金属質な音を立てて足もとに転がってきたそれは、片手で握りこめそうな、球体を左右からつぶしたかたちの――
「防御結界! 爆発するぞ!」
――手榴弾。
彼の指示を受けて咄嗟に水竜兵団のメンバーたちが魔法を詠唱し始めるが、その防壁はあくまで無関係な乗客を守るモノでしかない。
常識的に考えれば、爆心地ほど近くの彼や、ユメ、樹海の戦士が無事ですむとは思えなかった。
まあ。
私の授けた力を常識で測るのは、間違いなんだけれどね。




