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その者、異世界で伝説のパパになる  作者: 稲荷竜
一章 樹海の少女ユメ
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12話

「死体のそばにあったのが、コレだ。たぶん、武器か装身具の欠片だと思う」



 彼はリナルドから渡された金属を指先につまんでながめていた。

 小指の先ほどのサイズの、円筒形の金属塊。

 中空で『底』があるので、なにかの容器のようにも見えた。

 色は黒くくすんではいるものの、もともとは黄金だったようにも感じる。



「オレが持ってきたのは一個だけだが、似たような金属が死体のそばには大量にあった」

「……」

「なにかわかるのか?」

「…………俺の想像してるものをリナルドに説明するのは色々面倒だし言わないでおく。こんなこと話したら変なやつだと思われそうだし」

「お前は充分に変なやつだと思われてるがな」

「……死体の様子を説明してくれ」



 彼はユメをちらりと見てから言った。

 リナルドはあきらめたような笑みで「ああ」と応じる。



「死体は細い穴を大量に空けられた状態で見つかった」

「……」

「たぶん、全身に針を刺して拷問したんだろうと、オレからは見えたな。……槍としては細いが、針としてはかなりぶっといやつだ。まあ、お前に渡したその金属が、サイズ的には近い。だから武器の欠片なんじゃないかって思うんだが……いちいち分離して使うっていうのもわからんな。手間だろうし」

「……」

「おい、どうした? さっきからやけに表情が険しいぜ? 無表情なお前らしくもない」

「いや。……まあ、そういうこともある」

「お前の表情が険しいとこっちは不安になるんだがな」

「……それでリナルド、他の手がかりは? 犯人の足跡とか」

「それっぽい足跡はあったよ。たどってみたら、なんと、見張りについてるウチのメンバーのあいだを堂々通って、それから真後ろを、五人を順番に、一人ずつ引きずりながら歩いてたらしい」

「……姿は見えなかったのか?」

「見えなかったそうだ。今思えばそれっぽい『引きずるような音』は聞こえたらしいが……見て確認できるような侵入者も、異変も、なかった。音がした時すぐに医療用テントをのぞいてれば話はまた変わってきたんだろうが、まさか全治半年のケガ人が動くだなんて想像もできないし、『そこで歩いているのに見えない相手』ってのもあり得ない話だ。……あんまりオレの部下を責めないでやってくれるとありがたい」

「責めたりはしない。……それで、リナルド、死体を発見したのは?」

「妙な音がしてな。なにかと思って音の方を見に行ったら、死体が転がっていたんだ」

「……音っていうのは?」

「とにかくけたたましい音さ。どう表現したもんかなあ……『ずるるるるる』? 『ばばばばばば』? 聞いただけでそれまで酒盛りしてた全員がさっと緊張状態になるような、そういうたぐいの音だった。生物的じゃないっていうか……」

「なるほど」

「わかるのか?」

「想像はしてる。けど、合ってるかどうかは自信がないな」

「だからなんだよ、お前の想像してるのは」

「……俺が『異世界から来た』って言ったら、リナルドは信じるか?」

「それぐらい無茶で夢みたいな前提を飲み込まなきゃ通じない話か?」

「そうだ」

「じゃあ、聞かないほうがよさそうだな」



 リナルドは肩をすくめた。

 異世界転移というのは基本的に夢物語で、『彼』が死ぬまでいた世界と同じぐらいの感覚で捉えられる与太話だ。


 学校で同級生が『実は俺、異世界から来たんだ』と言ったら信じるか?


 多くの者は、信じないだろう。

 この世界の人も同じような感覚で、信じない。



「リナルド、それで、周辺の捜索は?」

「……原住民の保護に対する意識の低さは、お前も知ってる通りだ。一応はした。けど、そこまで真剣にはやってない」

「そうか」

「第一、樹海エリアはまだまだオレたちにとって未開のエリアだ。原住民に本気で奥地に逃げられたら、追い切れない」

「船で他の土地に移動した可能性は低いと見てるのか」

「一応、聞き込みぐらいはしてるからな。船での移動は目立つ。ましてケガをした大柄な、原住民の獣人五人を――四人を乗せて、乗客の多い大型の定期船なんか乗ってみろ。船員が忘れるわけないぐらいインパクトがあると思うね」

「そうだな。……近々、現場の確認だけでもしに行くか」

「……なあ、お前の向こう見ずなのは知ってるし、もう止めようとも思わないが、これだけは覚えててくれ」

「?」

「お前はもう一人じゃないんだ。無茶はやめろ」

「……」

「恐れを知らないお前に憧れてウチに入って来た若いのもいるが、オレは『恐れを知らない』ってのを美徳だとは思わない。独り身なら他人が口うるさく言うことでもないが、子持ちなら『分別を持て』とも言いたくなる」

「……そうだな。正直なところをリナルドに言おう」

「……なにかあるのか?」

「今、俺の興味は、さらわれた原住民の戦士たちより、それをさらった側にある」

「……」

「もちろん、さらわれた彼らを助けたいというのも、嘘じゃない。助けられる命は助けたい。当たり前だ。でも、俺は、他者の命を助けたいあまり、うっかり自分の命を投げ出す愚かさはすでに知ってるんだ」

「じゃあ、なんで」



 リナルドに問いかけられて、彼はユメを見た。


 手を握ったまま、会話を断片的にしか聞き取れず、不安な顔で黄金の瞳を向けてくる、獣人の少女。

 緊張からか頭上の三角耳をピクピクさせ、尻尾を不安そうに揺らしている彼女を一瞥してから――


 彼は、リナルドに向き直った。



「こんな気持ちは初めてで、うまく言葉でまとめられないんだけど……この子の前に立ちふさがる不安を、俺は放置できそうもないんだ。この子の命は、俺にとって『他者の命』っていう感じじゃ、ないんだ。不思議なことに」

「……今回、原住民がさらわれた件は、その子に関係すると?」

「関係する可能性が低くないと、思っている。彼らにとってユメは……『宝』らしいから。彼らの持つ情報で一番価値のあるものは、ユメのことなんじゃないかって……それが狙われてるんじゃないかって、不安なんだ。解消せずにはいられないぐらい」

「……」

「なんにも関係なくって『ああ、よかった』って終われるのが一番いいとは、思ってる。……まああと、俺は親になって強くなった。だからそこまで心配することもない」

「親になって腕っ節が強くなるわけでもないだろうに」

「いや、腕っ節が強くなったんだ」

「ならねーよ普通」

「なったんだ」

「……わかった、わかった! ほんっと、言っても無駄だなあお前!」



 リナルドは笑った。

 たぶん笑うしかなかったんだろう。

 気持ちはわかる。



「お前とオレは同時期に開拓者を始めた」



 リナルドの発言は突然すぎて、彼が「はあ?」と言ったタイミングで、彼を見守る私も「はあ?」と言ってしまった。

 また託宣としてギルド受付嬢の耳にでもとどいていることだろう。



「オレは一足先に水竜兵団に入って副団長になって、お前はオレより遅れて入って、今は分隊長だ」

「……『リナルドすごい』と言えばいいのか?」

「そうじゃねーよ。……そもそも、今、オレたちの立場の差は力量とか人望の違いじゃない。単純に入団時期もあるし、お前の危ういところを団長はしっかり見てて、お前を分隊長で止めてるんだと思う。逆に、だからこそオレは、お前を副団長格にして机にでも縛り付けてたほうがいいと思うんだが……」

「本題はなんだ」

「……俺は副団長で、お前は分隊長だけど……なんかあったら、言えよ。水竜兵団副団長じゃなくて、オレに言え」

「……」

「お前の生き方は、毎日毎日命懸けで、誰かを助けたり、誰かの代わりになったりしてる。それは振り返ることができれば立派な英雄譚かもしれないけど、命が一つしかないヒトの生き様じゃない」

「……」

「『無茶』はもう、お前の体の一部みたいなもんだから、切り離せとは言わねーよ。……でも、別に一人でがんばる必要もないだろ? なにかあれば、頼れ。頼るのは、ヒトに誇れないことじゃない。仲間がいるのは、いいことだろ?」

「いいことだ」

「……だからさ、さっきも言った通りだ。……お前はもう、一人じゃない。無茶はやめろ。守るべきその子がいるし、肩を並べるオレたちもいるんだから」

「……わかった。ありがとう」

「そんだけだ。……言うべきことも言いたいことも、いっぱいあるがな! 言うだけ無駄なのはわかってる。それでも全部言わないでいられるほど、オレは我慢強くねーけどさ」

「近々頼る気がする」

「カンか? お前の唐突なひらめきはよく当たるからな……」

「まあ、そういうこともある」



 私も長いこと、あいつのこういう『突然言い出すこと』はカンが根拠だと思っていた。

 けれどずっと見ていると、あいつはかなり細やかに観察をしているし、思考している様子がある。


 向こう見ずな行動をするし、思考の流れがよくわからんせいで直感型に見えるだけだ。

 もちろん、計算や論理的思考の結果死ぬような無茶を繰り返すほうが、直感で命を投げ出す向こう見ずよりタチは悪い。


 何度も死にかけるあいつを見て、私がどれほどハラハラしたことか!

 苦しみも嘆きも好きだし、異世界転移者には常にアワアワしていてほしいけれど、マジな命懸けはやめてほしいのが神としての本音だ。

 まあ、私の声はあいつにとどかない。


 今度某受付嬢でも使って話しかけようかなあ?

 無駄な気はするけどさ。

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