10話
翌日、昼。
「色々持ってきたからギルド長に渡してくれ」
水の都の開拓者ギルドで、彼は受付のアガサ嬢に大きな麻袋を渡していた。
そこには樹海の集落で拾った木材やら石やら、布の端切れやら、土やら砂にいたるまで、とにかく『目についたものは全部ぶちこみました』というほどの様々なものが入っている。
ユメの能力をいかにも封じてくれそうなものは、見つからなかったのだ。
だから手当たり次第。なにか見つかればラッキーという程度の総当たりである。
「えっと……廃品回収ですか?」
「『樹海集落の品だから調べてほしい』って言えば伝わると思う」
「わかりました。それじゃあこれはおあずかり……重っ!?」
「ああ、あと、中に尖ったものもけっこうあるから、刺さらないように気を付けて」
「やっぱり廃品回収では?」
「調査の結果そうなる可能性もある」
アガサは後ろから男性職員を呼び、受付カウンターを占領していた荷物を運んでもらった。
彼は荷物が引きずられていく光景を見ながら、
「ところでこの子の正式な養子縁組手続きはどんな感じか、わかるか?」
「あ、そちらはたぶん終わっているかと。……『ユメちゃん』でしたっけ? その子の情報はギルド長がやたらと手もとで止めるんですよねえ。なので、詳しくはギルド長に聞いてください」
「今、ギルド長はいるのか?」
「なんと、外回りです! 奇跡!」
「……奇跡なのか」
「あのヒトが日中に部屋から出るとか奇跡ですよ! しかもですね、なんと、服装がきちんとしていたんです。『ええっ!? あの駄乳エルフが!?』……あれ? 今私、とんでもないこと口走ってませんでした?」
やっぱりアガサには巫女の才能があるようだ。
今の叫び、私のだもの。
「『駄乳エルフ』とか言ってたぞ」
「……ええええ!? ち、違うんです! いえまあたしかに、言い得て妙っていうか! そういう印象もないこともないですけど! うーん、今のはいったい……私の深層心理でしょうか? やだなあ……ストレスたまってるのかなあ……」
「休んだほうがいいかもしれない」
「そうですねえ。近々休暇をとりましょう。……ところで、あなたはしばらくこの街に? それとも手続きが終わったら樹海に戻られることになったり? 予定は決まりましたか?」
「しばらくは、街にいる。……この子と手をつないで、色々まわる予定だ」
彼が視線を向けた先には、彼の後ろに隠れるようにしたユメがいる。
二人の手はかたく結ばれていた。……見ていてほほえましいのを通り越して、ちょっと違和感を覚えるぐらいのガッチリした恋人つなぎである。
私はユメ側から邪念のようなものを感じるよ。
でも、アガサの目には『お父さんに甘えるかわいい女の子』としか映っていないらしい。
メガネの奧の目に笑みを浮かべて、低い位置にいるユメに語りかける。
「よかったね、ユメちゃん」
「あ、え、えと……は、はい……」
「照れてるぅ~! いいなあ! いいなあ! 開拓者ギルドにいると養子縁組手続きすることも多いですけど! やっぱり子供はいいなあ! こんな妹ほしいなあ!」
「……」
ユメは顔を赤くして、彼の背中に隠れてしまった。
アガサはその動作もツボに入ったらしく、しばし悶えていた。
「やはり時代は開拓者! ……私も目指そうかなあ」
「開拓者じゃなくても、開拓者でも、授かる時には授かるものだと思うぞ。俺がユメと出会ったのも、なんていうか――神様の導きだと思うし」
「神様ですか? 神殿の奉ってる?」
「いや。神殿の神様じゃなかった。だいたい、神殿のは男神だろ? 俺が言ってる神様は『女神』なんだ」
「へえ。あまり聞かない信仰ですね。神様といえば戦い! 戦いといえば男神! みたいなのが一般的だと思いますけど」
「……信仰っていうほどたいそうなものでもないけど、感謝しないといけない神様がいるんだ。だって、俺の力だけだったら、こうはならなかったはずだから。たぶん――また、気持ちばっかり先行して、俺は死んでた、はずだから」
……ふむ。
よし。
「『感謝を忘れないのはいいことだ。できたら信仰していると言い切ってほしいけどね』」
「……アガサ、どうした?」
「『ただ、君を褒めたかっただけだよ。ヒトの分際でよくやったと思ってね。なにより神へ感謝する姿勢は気に入っている』」
「……」
「『これからも励めよ。私は――まあ、君に飽きるまでは、君の人生を見守っててやるからさ。見守るだけだけれどね』」
「……そう、ですね」
「『うん。じゃ、ここからが本題なんだけれど、私へ感謝する気持ちがあるなら、私の神殿――』なんか今クラッとした!? 変な世界が見えたんですが!?」
同調が切れたようだ。
アガサって子は巫女の才能があるようなんだけれど、才能を活かせる道に進んでないせいで長いこと私を降ろしておけないらしい。
誰かあの子に巫女道をすすめてくれよ。
まだ私、本題言ってないのに……
「あ、あの、私、妙なこと口走ってませんでした!? 妙に宗教的で偉そうな感じの!」
「まあ、そういうこともある」
「あるの!?」
「……気分がいいな。船頭の歌でも聞きながら、家に帰るよ。渡したもの、よろしく」
「待って! 私は気持ち悪いんですけど!」
「がんばれ」
「休む!」
彼は去って行く。
行く手には雑踏。
酒とタバコと与太話でできた人いきれの中を、新米親子は手をつないで歩いていく。
たまにぶつかる。
時にはよろける。
バランスを崩したユメは、ドワーフの女性によって抱きとめられた。
「ありがとうございます」と言えば、唇が妙に印象的なドワーフの女性は、なまめかしい笑みを浮かべて軽く手を振った。
「いつかきっと、俺の手を離して、同じように歩ける」
「でも、しばらくはこのままでいい……ですよね? えと、お、お……」
「……」
「お父さん……」
彼がユメの頭をなでた。
それはもう、どこにでもある、ありふれた親子の姿に見えた。
神様である私がいちいち目をかけるほどじゃない。
そもそも、彼に力を渡し終えたその瞬間から、私が彼を見守る必要性なんか、ちっともありはしないんだ。
それでも私が彼を見ているのは、純粋な興味なのだろう。
だからさっき言ってしまった通り、もうしばらくは見守ることとしよう。
言葉を違えてはいけないのが、神と悪魔に共通のルールだし、ね。




