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その者、異世界で伝説のパパになる  作者: 稲荷竜
一章 樹海の少女ユメ
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1話

「『仔猫を助けた』って日記に書くつもりだったんだ」



 彼が事故死してまで仔猫を助けた理由はどうにもそんな程度のものらしくって、私は『度しがたい馬鹿だ』と思うと同時に、『こいつを異世界に放り出したらなにをするだろう?』と興味を惹かれた。

 もともと異世界転移なんてものはちょっと頭のネジが外れたぐらいの人間にさせたほうが、見る側として面白い。



「君は死んだ。でも、これから君は異世界で『伝説のなにか』になれる。なにになるかは、君が決めるんだ。さあ、どうする?」



 試すように問いかけた。

 すると彼は、自分が死んだことなんか大した事件だと思っていないかのようにぼんやりした顔のまま、ボサボサの黒い髪を掻いて、個性に乏しい声で答えた。



「まずは異世界を見てみないとなんとも」



 まさかの保留(ペンディング)

 私たち――ヒトに『神』と呼称される私たちにもいくらかのルールや仁義はあって、それを破るとけっこうめんどうくさい。

 そして『転移者に能力を与えるのは、転移前におこなう』というのもルールの一つだった。

 けれど私は、特例を許すことにした。



「いいだろう。じゃあ、君はこれから、なにも持たずに異世界に降り立つんだ。言語のほうはサービスでどうにかしてあげよう。『なに』になりたいか決まったら、私に向けて言うんだよ」



 彼はこうして異世界に降り立った。

 剣と魔法のファンタジー世界。


 私が彼を降ろしたのは、お気に入りの都市のそばだ。

『水の都』と呼ばれるそこは、網目状に張り巡らされた水路が日差しを受けるとキラキラ輝いて、まるで大きな水色の宝石みたいで綺麗なのだった。


 とはいえ少しだけ意地悪をして、簡単に都市が見えない場所に降ろしてみた。

 彼は慌てることもなく、ぼんやり周囲を見回して、特になにかを考えた様子もなく、歩き始めた。


 残念ながら彼の進む方向にはしっかりと街が存在する。

 まったく見当違いの場所へ進んでしまわないかと楽しみにしていたこちらとしては、ちょっとだけ肩すかしを食らったような気分だ。


 街にたどり着いた彼はどうするのか?

 慣れない土地、慣れない文化。知り合いなんか一人もいないはずの異世界で、彼は『開拓者』という職業を始めた。


 他に選択肢がなかったからだろう。

 その世界に存在する『開拓者』という職業は、その名の通り、未開の土地を開拓するのがメインお仕事だ。

 しかも開拓にまったく関係ないような雑用までさせられる。

 危険できつい。収入もそこまでではない。

 だからいつでも募集はされていて、身分は問われず、出自も気にされない。


 いい職業だと思う。

 彼の行く先には見たこともないモンスターや、未知の危険な地形、想像もしない事件などが立ちふさがるはずだ。


 きっと慌てふためき、異世界に飛ばされたことを後悔し、危険な目に遭ってすぐにでも『伝説のなにか』になりたがることだろう!

 私は彼に『伝説の力をください! 早く!』と懇願される瞬間を待ち焦がれ、彼の異世界生活を興味深く観察し続けた。


 だっていうのに、彼はあっというまに異世界生活になじんでしまった!


 適応力が高いというか、ぼんやりしているというか、とにかく大物で、モンスターとの戦いにも恐怖しないし、未開の土地で未知の地形を見たって『まあ、そういうこともあるか』と受け入れてしまう。

 そういう態度を開拓者諸君から畏怖されたり評価されたりやっかまれたりしつつ、彼はあくまでもマイペースに異世界生活をしていった。


 数年が経ち、気付けば彼は『中堅開拓者』と呼ばれる立場になっていった。


 相変わらずぼんやり生きている。

 死にかけたりもしているし、大怪我だってしたようだけれど、彼はまったく恐怖というものを抱いていないらしい。変わらず毎日同じペースで、開拓者という職業を続けている。

 しかもあいつ、全然『伝説のなに』になるか決めないでやんの!


 いい加減しびれをきらしそうになる。

 こっちから催促できるもんならしたいんだけれど、残念ながら神の声を聞くには特別なスキルが必要で、彼にその素養はなかったみたいだ。

 というか、あらゆる素養が、ない。


 彼は剣士だったし、魔法使いだった。

 槍も使うし弓も使う。

 それから錬金術師なんかもやりつつ、一方で格闘技なんかにも手を出している様子だった。


 彼は専門家になることができなかった。

 すべてをまんべんなくやったし、全部を才能の及ぶ範囲で極めようとしていた。

 今のところ『なに』にもなれていないけれど、気にした様子もないまま、長い時間を開拓者として過ごしていく。


 一年経ち、二年経ち、三年経ち、四年経った。

 五年も彼の異世界日常生活をながめていると、彼の過ごす日常を見るのが私の日課のようになっていき、目を離すとなんだか落ち着かないような気持ちにさえなっていく。


 相変わらずの日常をぼんやりと過ごす彼は、もうこのまま一生『伝説のなにか』になることはないんじゃないかと思われた。

 けれど、



「神様、俺、伝説のパパになります」



 面白い出会いがあって、彼はついに己の行く末を定めたようだ。

 ……いや、でも、一言言わせて。

 パパを志す前に、もっとあっただろ! 『伝説の剣士』とかさ!

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