第5話
風呂から急いで出てパジャマ代わりのTシャツとジャージに着替え、早足で自分の部屋へ戻った。あせる必要はないと思いながらもつい急いでしまう。あわてて自分の部屋のドアを開けたら、そこには何故かお袋がいた。
「あ、アキちゃん。あのね、ロウちゃん今日はもう大満足だって言ってご飯も食べずに寝ちゃったのよ。アキちゃんの部屋に布団敷いちゃったからよろしくね!」
よ、よろしくねって……。オレには選択権とか拒否権とかはないのかぁ!?
見てみれば確かに狼はオレのベッドの横に敷かれた布団の上で丸くなってすやすやと眠っていた。掛け布団は狼の足元の方に集まっている。どんな寝ぞうだよ……。狼には言いたい事もあっただけに、余計に力が抜けた。
「ふふっ。ロウちゃん嬉しそうだったわよ? アキちゃん実はテクニシャンだったのねぇ」
「怪しい言い方すんなよ……」
そう言いながらも、嬉しそうだったと言うお袋の言葉にオレまでうれしくなる。狼の寝顔を見ていたら何故だか温かい気持ちになってきた。
「お袋、オレ、狼を助けてやりたい。役に立たないかもしれないけど……。こいつの笑った顔、嫌いじゃないんだ。だからこいつの笑顔守ってやりたい」
今の自分の素直な気持ちを告げたら、お袋に背中をバシンッと叩かれた。
「いってっ!」
あまりの痛みに少しだけ涙目になる。
「バカな子ね。そういう事は言葉じゃなく行動で示すものよ。そうすれば、あなたの気持ちも自然と伝わるものなの」
「そうかな?」
「そうよ。じゃ、ご飯の準備してくるわね。すぐ来なさい」
お袋の言葉を聞いていたら、オレでも狼の助けになれるような気がしてきた。
「オレって……自分で思ってる以上にお人好しなのかも」
一人ごちて、また狼の方を見てみた。すごく気持ち良さそうに眠っている。起こしてはかわいそうだと思い、足元にかたまっていた布団をそっと狼に掛け直すと、晩ご飯を食べにキッチンへと向かった。
朝。
起きたら布団ごと狼の姿がなくなっていてビックリして飛び起きた。お袋に聞いたところ、どうやら散歩に出かけたらしかった。
なんだよ。ったく、あわてて損したぜ……。
それでも昨日の事が夢ではなかったと、少しだけほっとしている自分がいた。
「昨日出会ったばかりなのに、何であんな奴をこんなに気にしてんだ? オレ……」
照れ隠しに呟くと、朝ごはんを食べて家を出た。狼に手助けしてやるってことを、やっぱり言っておきたかったけれど、残念ながら今日も学校だ。狼が散歩から帰ってくるのを待っている時間なんてない。それに、お袋の言う通り行動で示せばいい。劉孤の手掛かりを探してみようと思った。
「劉孤……? 何だそれ。秋夜の彼女の名前か?」
家を出て涼平に会った途端聞いてみた。彼女いない歴イコール年齢のオレに向かって言う言葉じゃないと思うけど……。
半眼で睨みつけたら、涼平がニヤニヤ笑いながら謝罪してきた。
「悪かったって。詐欺にでもあったんだな、秋夜」
「ちがーーーうっ!!」
誰が詐欺だ!!あまりにも酷い言いように腹が立って思いっきり涼平の足を踏んでやった。上手い具合にヒットしたのか涼平がうめく。ざまぁ見ろってんだ。そう思いながらも涼平の反撃に会わないために話題を戻した。
「さすがの物知り涼平君も劉孤なんて知らねーよなぁ。名前だけじゃやっぱりどうしようもないかぁ……」
あきらめ半分に呟いたら、痛みから復活した涼平がオレの肩を叩いてきた。見上げたら笑顔の涼平と目があった。
「図書室で調べてみるとか、ネット検索かけてみるとか、方法ならあるだろ」
おお、それは気付かなかった。やっぱり涼平は頼りになるなぁ。困った時の涼平様はいつでも健在だ。
「じゃ、図書室だな。アナログ家庭のオレん家じゃネット検索なんて無理だし。カフェだと小遣いが足りねー」
オレがそうつぶやくと、涼平がオレの肩に触れながらニッと笑った。
「検索は俺がかけておいてやるよ。結果待ちしてな」
「おおお! 愛しの涼平様ーーー!」
さすがだぜ!!嬉しくなって勢いで涼平に抱きついた。涼平も調子に乗って「おお、我が愛しの秋夜姫ー!」などと言いながら両手でオレの尻をもぎゅもぎゅと握ってくる。もちろん右ストレートをお見舞いしてやったが。涼平は少し赤くなった左頬を押さえながら、それでもなぜか楽しそうだ。こいつは絶対マゾだと確信した。
「ど、どうしよう……。俺、もしかしてお邪魔虫とかそういうやつ?」
「うひゃうっ!?」
オレの背中を上から下へ、つつつーっと誰かの指でなぞられ、気持ち悪さについ変な声が漏れた。あわてて振り返れば、やはりというかの透だった。
「と、と、と、透!! 居るならとっとと声かけろッ!」
「いやぁ。二人の後をこっそりついていくのも結構面白かったぜー? 痴漢の気分ってこんななのかなぁ?」
透……。お前のそれは痴漢じゃなくてストーカーだろ。痴漢は涼平の方だし。……という突っ込みはする気も失せた。どうせ突っ込んだって『じゃ、痴女だ!!』と、自信満々に言われるのがオチだ。天然アホ男相手には突っ込む方がエネルギーがいるんだよ。学校でも家でもアホを相手にしていたら自分の生命力が尽きそうだ。
そこまで考えて、アホイコールでふと思い出した。そう言えば今日あいつにシャンプーハット買ってきてやるって約束してたよな。また体も洗ってやるって言ったし。どうせ今日も泡で遊ぶんだろ。
狼の事を思い出していたら、いつの間にかニヤけていたらしい。涼平が自分のデコとオレのデコを触りながら「大丈夫か?」と問いかけてきた。
「いやん、あっくん涼ちゃんに尻揉まれてうれしそぉん」
透がオカマ声でそんな事をほざきやがった。もちろん、そんなアホな事を言うヤツには蹴りをプレゼントだ。透の尻を蹴りあげる。
「涼ちゃん、助けてぇー! あっくんが嫉妬してボクの尻にいたずらするのぉー」
「おお、かわいそうに。その年で蒙古斑ができたらちゃんと笑ってやるからな」
「そういう事ぢゃねーだろ」
ボケ倒す涼平の尻にも蹴りをプレゼントしてやる。何だかどんどん話題がずれていっている気がする。そんなことはお構いなしに透はまだまだボケ中だ。
「どうせ蹴られるなら肩の方がうれしいんだけどなー。ホンット痛みが酷くてさ」
「あー、俺も。腰とか蹴って欲しいぜ。勉強のしすぎなのか最近急に痛み出して困ってるんだ」
オレはマッサージ師か!……という突っ込みと同時に、ため息が出る。頭いいくせに涼平のヤツまだ勉強してたのか……。その集中力、うらやましい限りだぜ。
「じゃ、俺も勉強のしすぎカモー。肩蹴って、あっくーん」
「「お前は絶対に違うだろ!!」」
涼平とオレの突っ込む声が重なった。入学と同時ぐらいにあった実力テストの結果がそんなことはあり得ないと物語っている。
だってこいつ、下の方を這いずっているような点数だったんだぜ!?アレで肩が凝るぐらい勉強してるとか言われたら、どれだけ残念なお頭をしているんだと同情してしまう。
「お前の見事な一ケタの羅列……、どうしたら取れるのか逆に教えてほしいぐらいだ」
涼平が透に向かってそんな事を言っている。
いや、涼平までアホになったらオレ友達やめるぜ……。これ以上アホ達が増えたらオレの精神がもたない気がする。
「……ったく。アホは透と狼だけで十分だっつーの」
「俺はアホじゃないぞ!」
「狼……?」
オレの独り言に透と涼平がそれぞれ突っ込んだ。しまった、透は別として涼平はめちゃくちゃ鋭いんだ。ヘタをしたら狼にされた、めちゃくちゃ恥ずかしいグルーミングの事までポロっと言ってしまいそうな気がして昨日の事はあえて言わないようにしていたというのに、うかつだった。
仕方がない。昨日の怒りだけでもぶつけよう。狼にされたあの事は伏せておけばいい。
昨日の狼にされたグルーミングを思い出したら顔が熱くなってきた。無意識に左耳に手をやってしまう。あいつ、何故か左耳だけ執拗に舐めるんだ。癖なんだとは思うけれど、どうしても左耳を気にしてしまう。
「秋夜、もしかして……狼って彼女か?」
「あ……あのなぁー……。なんでそうなるんだ。どう聞いても女の子の名前じゃねーだろ」
「悪い悪い。けどさ、何か秋夜、昨日までと雰囲気変わったって言うか……」
そういう涼平の言葉にオレは首をかしげた。やばい、これ狼の行動だ。
「いや、彼女とかじゃねーならいいんだ。で? 狼って誰だ?」
いいって何がいいんだ?と思いながらも、話を戻した。狼の事だけは適当にごまかすことにして、後は素直に全部話す。全て嘘をつくよりは真実味が増すしな。
「……で、あっくんは、お使いの後にその買ってきた肉を狼って名前の迷い犬に食べられちゃったってこと? しかもその犬がお礼をしに家まで追って来たって?」
「そういうこと」
そこまで話したら、涼平と透の顔が何とも言えない表情を作り上げていた。
「収入二円か……。やっぱり春香さんだったぜ」
「あっくん。二円でお使い、何よりもお疲れ様……」
や、二人とも突っ込むトコはそこじゃねーだろ!?肉食われちゃったの?とか、犬がわざわざ礼をしに家にまで来た?とか、そういう所を突っ込んでくれよ!!
半分泣きたい気分のままガックリとうなだれた。
「じゃ、今はその狼って犬、あっくんの家にいるんだ?」
「まあね」
「犬……、か」
涼平が意味ありげに呟いた。何かを警戒しているような感じだ。
「ま、とにかく無事でよかったねぇ」
涼平の事を気にしていたら、透にあっさりとこの話題をまとめられた。
まあ、そうなんだけど……。もう突っ込む気力も自らボケる気力も出なくて、肩をガックリ落とすと、オレは無言で学校への道を歩き出した。




