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第2話

放課後。


 お袋から恐ろしい罰を受けないためにもオレは涼平と透を置き去りにして二丁目角の肉屋へダッシュした。授業が少し長引いたせいでかなりギリギリの時間だ。

 あまりにも急ぎすぎて、店に着いても息が切れて注文する声が出てこなかった。

「何だ? 何だ? アキちゃん本人が取りに来たのか。ちょっと待ってろよ? すぐに持ってくるから」


 店のカウンターに手をついてゼェゼェと言っていたら、お袋とは顔なじみの肉屋のおっちゃんがオレの顔を見るなりそう言って店の奥へと入っていった。どうやら注文してあったものを取りに行ってくれたらしい。しばらくして、ラップにくるまれた肉の塊を手に戻ってきた。



「アキちゃんもうすぐ誕生日なんだってな。うちの肉でお祝いしてくれるなんてうれしいねぇ。九百九十八円な。」

「は……?」

 今、さらりと言われて危く聞き流すところだった。

 いや、この際オレの誕生日云々とかお祝い云々とか、そんなのはどうでもいい。お祝いする本人に取りに行かせるか!?なんて突っ込みも浮かんだけれど、今はそれどころじゃない。

 もう一度ちゃんと聞いてみよう。きっとオレの聞き間違いだ。いや、絶対聞き間違いのはずだ!!




「い、いくら……ですか?」

「九百九十八円だよ」

「きゅ、きゅうひゃくきゅうじゅうはちえん……。千円だと、おつりは……」

「何だい、アキちゃん算数もできなくなったのかい? 二円だろ、二円」



 二円……。二円をそんなに連呼しないでほしい。ショックで頭が真っ白になっていく。二円だよ。二円のためにオレはウキウキしてお使い頑張ったのか!?

 真っ白な頭で会計を済まし、白いビニール袋に入れられた肉と二円を受け取って店を出た。肉屋を出たとたん一気に怒りが湧き上がってきた。



 お袋ーーーッ!!二円オレにくれるだけにあそこまで渋い顔しながら渡すことねーだろ!?オレ期待しちゃったんだからなッ!!



 オレは怒りにまかせその場をすぐに駆け出した。もうこれは全て涼平と透にぶちまけてオレの怒りを聞いてもらうしかない。こんなこと話したらめちゃくちゃ笑われそうだけど、このままじゃこの怒りがどうしても収まらないんだ。

 今ならまだ涼平の家に透もいるはずだ。急いで帰って肉を冷蔵庫の中に放り込み、それから涼平の家に向かっても間に合うだろう。



 オレはいつもは通らない裏道を突っ切って、家までの近道を猛ダッシュした。道は少し狭くうす暗かったけれど、家までは断然こちらの方が早い。怒りにまかせてダッシュしたまま二個目の細い裏道を曲がったところで、何かにドンッとぶつかった。


「うわっぷ……」


 あまりにも変なぶつかり方をしたせいか、自分で発した変な声につい突っ込みたくなった。

 だけど突っ込んでいる場合じゃない。その何か……。いや、誰かがゆっくりとこちらを振り返った。




 男だ。綺麗にすかれた、だが少しクセのある長めの黒髪、切れ長の瞳に筋の通った鼻、細身の割にすらりと長い手足、きゅっと引き結ばれた唇……。


 コイツ、男のオレから見てもかなりかっこいい。だけどそいつの唇の端から一筋、赤いものが伝っていた。

 あれは……、血?

 いや、考えすぎだろ。ゲームのしすぎだと思い直し道を変えようと一歩後ろに足を引いた。




「何だ、おまえ?」


 唇の端からこぼれていた赤いものを袖で拭いながら突然声をかけられ、男のあまりの迫力に恐怖で足が固まった。男がこちらをギッと睨みつけてくる。オレはヤバいッ……と思い、あわてて目線を逸らした。こんな恐ろしい御方には関わらないのが身のためだ。しかもよく見てみれば男の左手にはぐったりとした小さなねずみが握られていた。

「食事の邪魔をするな。敵とみなされ攻撃されたくないならな」




 オレの事はどうやら怪しい人じゃないと理解してくれたらしい。男の目付きが少しだけ穏やかなものに変わる。

「し、食事……?」


 それにしてもなぜなのか、どうしても男の左手に握られたねずみに目が行ってしまう。食事ってまさか……。イヤな想像が頭から離れない。

 まさか……。まさか、な。

 ねずみばかりじっと見ていたら、男の目つきが再び厳しいものに変わってきた。




「まさか貴様、俺の居場所を奪った奴の一員か!?」

 言葉と同時にガッと腕を掴まれた。その拍子に男の左手に握られていたねずみが下に落ちる。ねずみはよたよたとしながらも小さな隙間に逃げ込んで行った。

 あ……、あいつ、生きてたのか。

 ねずみに気を取られていたら男に腕を引っ張られた。

「俺から居場所と力を奪うだけでは事足りず、俺の獲物まで奪いに来たか!!」




 言葉と同時にくるりと体をひねられ、すぐ横にあった壁に押し付けられた。顎をガシッと掴まれる。ビックリした拍子に男の目を見た瞬間、背筋が凍りついた。

 そのあまりにも恐ろしい視線を受け止めることができず、オレは身を縮めてギュッと目を閉じた。怖い……。お袋とは別の意味で恐ろしい。ハッキリ言ってしまえば生命の危機ってヤツだ。

 それでも誤解されたまま殺されるなんて冗談じゃない、と思い直しこちらを睨みつけている奴の目は見ないようにして、なんとか震える声で言い返した。




「べ、別にアンタから何かを奪いに来たわけじゃなくて……。たまたま通りがかっただけなんだよ。悪気があったわけじゃ……」

 そう言っているのに、ヤツは聞く気がないみたいだ。そっと目を開けて見てみれば、ヤツは歯をむき出しにしてうなっている。まるで獣みたいだ。しかもあの歯……。なぜか牙のようにとがっている。

 オレ、夢でも見ているんだろうか?あんな歯をどこかで見たことがある。

 そうだ、三つ隣の家にいる大型犬があんな歯並びをしていた気がする。



 こいつ、まさか人間じゃない……?



 ヤツがオレに噛みつこうと、がばっと口を開けた瞬間、夕日に照らされてヤツの歯がギラリと光った。

「う、うわあああっ」

 あまりの驚きと恐怖で、オレはつい叫び声をあげた。ついでに自由になっている方の左腕をあげてヤツから身を守る。だって、噛みつかれたらお終いだ、そう思ったんだ。

「お前……」



 ヤツはそう呟くと、鼻をクンクンとしか表現しようのない音でこちらの匂いをかぎ始めた。まるで犬がそうしているみたいだ。

 最初に髪、それから耳へと移動して、今は首筋の辺りをクンクンしている。時々奴の髪がオレの顎や頬に当たり、くすぐったくて仕方がない。縮めた身をさらに縮めていたら、制服の襟を緩められその中まで臭いをかぎ始めやがった。

「わっ……、うわっ……」

 ガードする腕はそのままに、さらにこれでもかってぐらい身を縮める。




 そのオレの、脇からうでにかけての匂いを嗅がれたあたりで、オレのガードする腕にぶら下がっていた白いビニール袋に気がついたみたいだ。

「そうか……。お前、俺にこれを……?」

 ヤツはそう呟くと、オレの手からひょいっとその白いビニール袋を取り上げ、中に入っていた肉の塊を取り出した。九百九十八円の、家にしては珍しい高級肉だ。それを、ヤツはゆっくりラップをはがし、遠慮もなしにそのままかぶりついた。




 ……って、かぶりついたぁ!?



 ちょ、待てよ!?かぶりついたじゃねーだろ!!家にしては珍しい高級肉だって言ってるだろ!?いや、言ってねーけど、見りゃわかるだろ!?って、分かんねーか。じゃなくてっ……、何で勝手に食っちゃうんだよっ……!

 あまりの驚きに呆然としていたら、その間にヤツは肉をぺロリと平らげやがった。

「うまかった」

 そう言うとオレの手に、肉が包んであったラップと白いビニール袋を押しつけてきた。オレは脱力状態でそのラップを見つめる。もう一口分も残っていない。




「お前の気持ち、ありがたく受け取ったぞ。そうだ、礼はちゃんとしなければな。そうだな、お前だけには特別に許してやろう」

 そう言うと、ヤツはそのままオレの唇に吸いついてきた。

 ……って、吸いついてくんなよ!?何でオレ、こんな人外の変態ヤローに唇奪われちゃってるわけ!?

 混乱した頭でぐるぐると考えていたら、ヤツの唇がちゅっと音を立てて離れていった。離れて行ったかと思ったら、今度は角度を変えて再び塞がれる。



「んうっ……うっ……うわっ……!」

 ヤツの唇がオレの唇から顎へと移動していき、それから左の頬を伝い、流れるままに耳をべろりと舐められた。あまりにもビックリしてオレはヤツを突き飛ばすと、そのまま鞄と白いビニール袋だけを持ってその場を逃げだした。肉の事は悔しかったが、今は肉より自分の命と貞操だ。……ヤロー相手に貞操とか言っちゃうとちょっと悲しい気がするけど、実際唇まで奪われたんだ。可能性は否定しきれない。

 どのみち肉はヤツの腹の中だ。諦めるしかないだろう。




 猛ダッシュで家まで帰ると、あわてて玄関の鍵を閉め、洗面台へ向かった。じゃばじゃばと、先ほどあの男に舐められた所を全て洗い流す。ガラガラとうがいまでした。

「何だったんだよ、アイツ……」

 呟きと共にふと、恐ろしい事を思い出してしまった。

 お袋だ。

 お袋に頼まれていた肉なのにあの男が食べてしまった。このままでは『オレの恥ずかしい写真大暴露!はーと』と称してうちの学校中ににオレのおねしょ写真名前入りで配布したり、オレだけ晩ご飯のおかずが梅干し1個だったり、寝ている間にボーズにされていたり、なんてことになりかねない。想像するだけでも恐ろしい。



 なんとかお袋がいない今のうちにいい言い訳を考えておかないとっ……。

 オレは頭を抱えて必死に考えた。それなのに何も思い浮かんでこない。悩みに悩んで洗面台の下にしゃがみ込んで考えても、あのお袋を騙せる言い訳なんて全く浮かんでこなかった。そうこうしているうちにどれぐらい悩んでいたのか、審判の鐘のように遠くの方で玄関のドアが開く音がした。

 腕にはめていた時計を見たら、すでにお袋がパートから帰ってくる時間だ。鍵を閉めたはずの玄関を開ける人物なんてお袋以外にいないだろう。



 ど、ど、ど、どうしよう!?言い訳も全く思い浮かんでいないのに……。

 丸ボーズはイヤだぁぁぁぁっ!!

 立ち上がってあわあわと右往左往していたら、玄関から何故かお袋がオレを呼ぶ声がした。

「アキちゃーん、アキちゃんちょっと来てー!」

 うう……。もしかしてもうバレたのか……?まるで処刑台にでも呼ばれているような気分だ。オレは重い足取りで渋々玄関に向かった。

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