第1話
R-18バージョンも掲載しています。
年齢が達していてご興味がある方はそちらもどうぞ。
ストーリーは同じです。
「アキちゃん、今日満月なんですって! しかもすっごく綺麗に見えるってテレビで言ってたわよ~。夜が楽しみよねー!」
いつも以上にきゃぴきゃぴした甲高い声で話しかけて来るのはオレ、伊神 秋夜のお袋だ。もう四十も半ばだってのに全然変わってくれない。勘弁してくれよ……、と思いながらオレはお袋が作ってくれた朝ごはんをほおばった。
中肉中背、何の取り柄もないオレは一ヶ月ほど前に今の高校に入学した。受験はあるけれども、ほぼ中学からエスカレーター式で入れるようなごく普通の高校だ。
中三の時最後まで成績トップクラスだったオレの幼馴染で親友でもある睦俄 涼平もオレと同じ高校だって知った時は驚いたもんだ。すげー嬉しかったけどさ。
涼平は成績もいいけど運動神経も悪くなくて顔もいい。神様って不公平だよなーっと思ってしまうような人物だ。
オレもひと月前、涼平に憧れておしゃれになろうと髪を染めてみた。お袋や涼平や、さらにはクラスの奴らにまで大爆笑されて三日で元に戻したけどさ。今は何故か色が戻りきらず少々茶色がかっている。
ピアスにも挑戦しようと穴を開ける機械も買ってみたけれど、結局自分の耳に穴を開ける勇気が出ず机の引出しにしまい込んだ。捨てろと言われてもあれ結構高かったんだ。捨てるなんてもったいなくてできなかった。
だけどしまい込んだはずなのにお袋にそれを目ざとく見つけられて、しかも『パパとママの作り上げた芸術品に傷一つでも付けてごらんなさい、毎晩枕元で泣き続けるわよ!!』……などと恐ろしい脅しを受けたので今はどこにしまったのかも忘れるぐらいの部屋の奥底にしまい込んだ。
だいたい芸術品と豪語するぐらいならもっとカッコ良く産んでほしかった。別に自分の顔が自分で見たくないほど嫌い……とかじゃないけれど、女の子にモテるような顔になりたかった……というのが本音だ。せめて涼平と並んで映えるぐらいには……などと考えていたら、お袋に肩をぽんっと叩かれた。
「アキちゃん、今日帰りにお使い頼めるかしら?」
お袋の顔がにっこにっこと輝いている。断ればこの顔が即座に般若のように変わるだろう。そんな事恐ろしくてできる訳がない。イヤイヤだが、それを顔に出さずに返事を返した。
「いいけど……、小遣いくれよ?」
いくら脅されてもタダじゃ動きたくないだろ。そう思ってケチなお袋に無理かな―?とは思ったけれど、ちょっとだけ交渉してみた。お袋は少し考えた後オレに千円を渋々渡してきた。
「2丁目の角のお肉屋さんにね、注文しておいたものを取りに行く日だったんだけど、今日急にパートが入っちゃってお店閉まる前に行けなくなっちゃったのよぉ。おつりはあげるからお願いね」
「お、マジ!? 了解了解~」
オレの語尾に音符がちりばめられた。だってあのケチなお袋が珍しく気前がいい。オレはウキウキと千円を受け取ると、それを鞄の中に突っ込んだ。
「機嫌がいいな、秋夜」
「あ、分かる?」
いつもの通学路にいつもの面々、隣に並んで歩いていた長身、美形な涼平がかけた眼鏡を押し上げながらオレのニヤニヤと引き締まらない顔を覗き込んできた。眼鏡もだが短くした黒髪も嫌味なぐらい良く似合っている。
まあ、涼平のそれは置いておいて……。仕方ねーよな。だってあのお袋が小遣い以外でオレに金をくれるなんて奇跡みたいなもんだ。その事を話したら涼平の目が見開かれた。
「あの春香さんが秋夜に金を!?」
小さな頃から一緒にいて、うちのお袋を知っている涼平もやはり驚いたみたいだ。当然だよな。『子供はお金なんか持たなくても生きていけるわよ』と言い続けて小遣いすら小学生の頃は月千円、中学生の頃は月二千円、高校に入ったら三千円か、五千円か!?と期待していたら、もう働ける年だからと月千円に減らされ、それを頑なに崩さなかったお袋だ。驚かないわけがない。
「百円でも二百円でも、もらえるだけラッキーだよな!」
今にもスキップしそうな足取りのオレの肩を涼平は苦々しい顔で笑いながら、ぽんぽんと叩いてきた。
「お前は安上がりでいいよな。彼女たちもそれぐらいで喜んでくれたら俺も楽なんだけど……」
そう言う涼平の鞄の中から、今の話を聞いていたかのようなタイミングで軽快な着信音が幾度も鳴りだした。
どうせ涼平の言う『彼女たち』だろう。チェッ。モテる男はそこに居るだけでイヤミだよな。
スマホが鳴っているというのに涼平はそれを無視してオレの背中に乗っかってきた。お、重てぇ。そう文句を言ったらさらに体重をかけられた。くそっ……、オレよりデカイと思って……。
「それ、見ねぇのかよ?」
じと目で聞いたら、爽やかーな笑顔で返された。
「俺、秋夜と居る時はスマホ見ないよって言ってるから。こんな時間に連絡して来るなんて俺のファン初心者だなー」
うーわー
聞くんじゃなかった。イヤミをイヤミなく言われた。
オレは涼平を背中に乗せたままガックリと肩を落とし、とぼとぼと歩きだした。当然のように涼平が引きずられて、さらにオレに体重がかかる。
「あー。背後霊ってこんな感じなのかなー」
意味のない言葉をつぶやくと、オレの上に乗っかっている涼平がアハハと声をあげて笑った。
「んじゃこのまま秋夜の家まで行くかぁ。秋夜が巨乳美女載ってる雑誌片手にどうしてんのか見てみたいし?」
「んな!? な、何で知ってッ……」
絶対誰にもばれていないと思っていたことを突っ込まれて顔中が赤く染まった。涼平がニヤニヤとオレの顔を覗き込んでくる。
「こんなことでテレるなんて、やっぱ秋夜はカワイイなー」
「……オレのコト可愛いなんて言うのお前だけだぞ」
涼平から目線を逸らし、顔を見られないようにうつむいた。いったいいつどこでバレたのか、ぐるぐると考えていたら涼平が耳元で囁いてきた。
「春香さん情報。あの人やっぱ侮れないよな」
「んなぁッ!?」
涼平にまんまと嵌められた気がする。どうせお袋の事だ、あの雑誌を見つけてある事ない事話したんだろう。それを的確に読みとって涼平はオレに鎌をかけやがったんだ。
「侮れないのはお袋じゃなくてお前の方だろ……」
そう言ったら再び爽やかーな笑顔が返ってきた。ついでにひょいっと体をひねる。あれ?っと思った瞬間、背中にものすごい衝撃が走った。その勢いでつんのめる。
「おっはよーッ今日もラブラブだねぇ! あっくん、涼ちゃんー!」
「いって! テメェ、毎回人の背中鞄ではたいてんじゃねえよッ透!!」
「ははっ。学習能力の足りねえ秋夜が悪いんじゃねえの?」
毎朝人の背中を鞄ではたいてくれるコイツ、羽賀 透は高校に入ってからできた友人だ。顔見知りばかりの中、透は一人浮いていた。それも当り前な気もするけど。茶色で少し長い無造作に跳ねた髪型。中学の時から何の変わり映えもしない詰め襟ですらもオシャレに着こなすセンス、涼平と並ぶとまるでテレビの撮影か!?と思うような整った顔立ちの透だ。中身を知るまではオレだって近寄りがたかった。
……ったく。二人が揃うとオレがまるで芸能人の付き人のように感じるぜ。それでも、みじめになりつつも一緒にいるのは、やっぱり透や涼平の中身が好きだからなんだよな。
「それにしても透、ラブラブはちょっとオヤジくさいぞ」
「え? そっか? んじゃ、ラブラドールだねぇ、ってのはど?」
「いや、ソレもうただの犬だろ」
「ぶはっ」
我慢しきれずについ吹き出してしまった。
透、やっぱアホだ。今日も相変わらずアホ炸裂だぜ……。声を出して大笑いしていたら透が調子に乗って「くぅ~ん」とかぬかしやがった。コイツ、オレを笑い死にさせるつもりか!?は、腹が痛ぇー!たまらず腹を抱えてしゃがみ込んだら、透が仁王立ちでピースサインを出しながら「アイム ウィンナー!」と叫んだ。
「ぐはっ」
涼平もたまらず変な声を出すと、近くにあった壁に手をついて震えだした。ヤバイ、オレと涼平の腹筋が笑いすぎてかなり鍛えられそうだ。
それでも突っ込みの性なのか、どうしても突っ込まずにはいられなかった。
「ごめん、透。お前ウィンナーだったのか。あんまりうまそうじゃないけど」
「ぶっ……ぐぐ……」
涼平がかなりやばそうだ。透はそれでも自分の間違いに気づいていないのか「あれー?」などと言っている。天然って最強だよな……。
そんなこんなでコレがいつもなのか!?っていうぐらいいつも通りに登校した。まあこれは透のおかげで、毎朝の恒例行事みたいなものになっている。ただ今日は珍しく、下駄箱で靴をはきかえようとしゃがんだ所で透が「痛ててて……」と声を出した。
「どうした?」
「大丈夫かよ? ぎっくり腰か?」
オレのセリフに涼平が再び吹き出した。透がムッとした顔をする。
「誰がぎっくり腰だ。そうじゃなくてさー。最近肩が重いんだよなー」
「ああ、それ涼平でも乗ってんじゃね? めちゃくちゃ重いだろ? こいつ」
親指で涼平を指さしたら、涼平がニヤリと笑いやがった。
「おかしいな? 俺が乗ってんのは秋夜だけなんだけどなー? んで、夜は巨乳美女……むぐっ」
「話を蒸し返すな!!」
透にまでバラされてたまるかと、あわてて涼平の口を塞いだ。それなのに……。
「俺はあいちゃんより、さゆちゃんの方が好きだけどなー。美乳だし」
「……って、何で知ってる!?」
オレの好きなモデルの子の名前まで出されて撃沈した。
「春香さん情報」
……分かってたさ……。言われなくても分かってたさぁ……。
だけど、いくら自分で『イケメンには弱いのよー』と言ってるお袋だって、息子の秘密を友達にバラすか!?オレ泣いちゃうぜ?
そう思いながらガックリしていたら、両隣りから固められた。
「秋夜くーん? 今日は秋夜くん家行ってもいいかなー?」
涼平が右隣から冗談とも本気とも取れないような笑顔で話しかけてきた。
「あっくーん? 見学ツアー俺も参加希望だぜー?」
左隣からは完全にからかっているであろう透が話しかけてくる。思い浮かぶ逃げ道なんてもうアレしかない。
「お袋と今夜ロマンティックにお月見したいならどうぞ?」
言った瞬間二人がオレからサッと離れていった。単純な奴らだ。
「けど、お月見ってなんでお月見?」
透が普通に疑問を投げかけてくる。当然と言えば当然だろう。月の周期なんて多分ほとんどの人が気にしていないはずだ。満月らしいという事を伝えたらすぐに納得してくれた。
「けど、春香さんとお月見なんてしたらおじさんに悪いだろ。お前ん家すげー二人仲いいもんな」
「アレは仲がいいっていうより、お袋がオヤジを完全に尻に敷いてるだけだろ。お袋のやることには何にも文句言わないし。つか、言えねー」
そう言ったら仲がいいと言った涼平本人が苦笑いをした。本当のことすぎて何も言えないだろう。
「んじゃ、見学ツアーはお預けだなぁ。今日は涼ちゃん家でバトるかぁ」
「お! いいじゃねーか。もちろん秋夜も来るだろ……って、ああ、すまん。今日はお使いだったな」
「ふっ……。金のためなら付き合いも断るぜっ……」
悔し紛れに強がってみる。目尻に涙が浮かんでいるのは気のせいだということにしておいてほしい。くそう……。オレも涼平ん家でバトりたかったぜ……。バトるって言ってもゲームでの話だけどさ。
本当に小遣いゲットがかかってなきゃ、お使いなんて丸投げしているところだ。……実際に丸投げなんてしたらお袋に口ではとても言えないような罰を与えられそうだけど……。考えただけで震えがきた。とにかく今日はお使い頑張ろう……、なんて子供みたいなことを考えてみたりした。




