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ひきこもりたい

 この世界に救いはない。


 貧しき者はより貧しく、富める者はより蓄える。それがこの世界だ。貧しい家に生まれた者は一生貧しいままであり、彼らにとって豊かな暮らしというものは文字通り夢でしかない。現実で希望を持つことすら許されない。


 そんな彼らであっても、大成する方法があるにはある。

 ハンターになってオークやアンデッドといった怪物共を倒せば、何者であろうと金は手に入る。怪物による経済的被害は常に貴族の悩みの種であり、ハンターになる者はギルドに歓迎される。そのうえ怪物退治で手に入る賞金は一般市民から見てもそこそこの額であり、貧民からすれば大金だ。

 だが、大概のハンターは仕事中の『被害』で命を落とすことがほとんどだ。生き残ったとしても何かしらの障害を負う者が多く、都市では手足を失った元ハンターが物乞いに職を変えている。


 だからといって施しを与える者は極めて少ない。

 一方が一掴みのパンを奪い合う中、一方は捨てるほどの肉を食らい酒を飲む。温かな家で両親の愛を受けて育つ子もいれば、満足に食事もできずに冷たい道の上で死ぬ子もいる。今日も骨と皮だけになった子供達がパタリパタリと死んでいくのだ。


 そして本来救うはずの強者は、誰も救わず虐げ続ける。施しを与えることなく、奪う。

 王国兵は帝国の、帝国兵は王国の村から略奪を繰り返す。その度に男達は殺され、女達の体は汚される。

 運良く生き残ったとしても、種芋も牛も働き手も奪われた村は存続できるはずもない。兵達が去った後、残された村人は自らの首を吊るした縄に預けていく。


 王国側の獣人やエルフといった亜人達はさらに悲惨である。

 国王によって歪められた教義により、狂信者達が亜人から財産を自由を奪う。平和に暮らしていた亜人達の村を襲撃し、村人を奴隷にし連れていく。

 けれど、奴隷にされる方ならばまだ恵まれていると言っていい。運が悪ければ生きたまま火をつけられ串刺しにされ、殺される。ただ亜人というだけで、面白半分に虐殺されるのが王国なのだ。


 かといって帝国に逃げても彼らの居場所はない。王国よりマシというだけで亜人に対しての差別意識は強く、まともな職に就くことは難しい。現皇帝に代わり幾分かはマシになったが、それでも亜人は未だ社会に溶け込めなていない。

 この世界に救いはないのだ。



「……大体こんな感じだな」



 グリフィスはこの世界を説明した。残酷で嘘偽りない、自分が見てきたこの世界を説明した。


 この説明はまおう達にとって衝撃であった。彼らが想像していた異世界というものは極めてぬるく都合のいいものであり、グリフィスの説明したような世界など求めていなかった。

 ゲームであっても彼らは「ダークファンタジーはちょっと……」という嗜好であり、それに近い世界に自分達が放り込まれるなど考えたくもなかった。


 故に現在の彼らの心中は複雑で、具体的な表現をすることは難しい。難しいが、どうしても彼らが感じている感情を表すとするならば。


「こっわ」


 まぁ一言で言うとその通りである。


「いや、飢えとか略奪とか串刺しとか火あぶりとか……。俺らはな、全年齢向けやねんからそういうのはホンマ勘弁してほしい。キャパシティ、超えとるから。ここが容量ギリギリやったら、もう今この辺やから。表面張力でギリギリ零れてないレベルやからな。肩押せれたら零れるレベルやから」

「……また言ってることが少しわからないが、その、なんだ。受け入れがたいかもしれないが、今言ったことは現実だ。これでも一応控えめに表現はした方なんだがな」

「えっ、じゃあ何? そういうことするこわーい人が外にはいっぱいいますよーって言うとんの、自分?」

「……あぁ、そうだ」


 グリフィスの返事に静まり返る五人。

 半ば呆れにも似た雰囲気が場に溢れ、ふわりとした現実感のなさが一部の者の思考を歪める。


「もうさ、我ら外出なくていいんじゃないかな……」

「正解! まおうさん、正解やわそれ。はい俺達は城の外に出ませーん。ここで平和に暮らしますー。なぁ、次マージャン打とうや、マージャン!」

「そ、そうですよねっ! 私達はこの世界に元からいなかったんだから、これからも関わらずに……」

「そういうわけにもいかないでしょう……」


 半ば必死で話を逸らそうとしていた彼らだが、バアドンの力ない声により現実に引き戻される。


「……彼の言う通りだ。今現在、お前達は王国と帝国双方の領地に無断で城を建てたということになっている。これは言わずもがな、極めて重大な国際問題だ。実際、俺は帝国の貴族からこの城についての調査を頼まれてここに来ている。お前達がこの先何もしなければ確実に『厄介なこと』になる」


 彼の言う通り、現状維持は得策ではない。ただ黙って引きこもっているだけでは敵意がないことは示せない。いつ双方の軍が攻めてきてもおかしくない状況であり、安心できる要素がない。

 黙ったままのまおう軍であったが、意を決したマエサルが声を張る。


「どうもこうもあるまい。聞けば我々はこの世界では新参者。ならば挨拶するのが礼儀、そうだろう!」

「何が言いたいんですかジジイ?」

「……引っ越しの挨拶でもするんか?」

「馬鹿者! 要はせっかくグリフィス殿がこうやって来てくださったのだから、彼に着いて行き、その帝国貴族とやらに接触すれば少なくとも帝国側には敵意がないことを示せると言うておるのだ!」


 すぐさま「おお……」という感嘆の声が漏れ、グリフィスが言葉を繋げる。


「あぁ、俺としてもその方が雇い主に説明がしやすくて助かる。そこでなんだが、誰か一人俺について帝国側にきてくれないか? 距離は歩きと馬が混ざって三日くらいだし、道中の安全は保障しよう」


 この件の調査を依頼したズリエルに、事の真相を説明するには彼らに来てもらった方が手っ取り早い。実際彼らにとっても帝国貴族との繋がりができるのは悪いことではない。

 関わることで多少のしがらみが発生するかもしれないが、グダグダと城内で暇を潰す現状よりかは圧倒的にマシである。


「ありがたい、グリフィス殿。これで現状が何とか良い方向に動き……」

「で、それ誰が行くんや?」


 アザルの言葉で今回何度目かの静寂がまたもや訪れる。それと同時に何とも形容しがたい負のオーラが場に充満する。


 この場の空気を例えるとするならば。小学校でザリガニ飼育係を決めるようなもの。大して可愛いわけでもなく、水槽の水換えが面倒臭い上に悪臭を放つザリガニ。おまけに挟んでくる。

 ザリガニの面倒を見るなんて御免だ、絶対やりたくない。どうせ飼うならハムスターの方が良いのに、なんであんな節足動物なんぞを飼うのか。先生達は水槽業者から金でも貰ってるのか。

 そんな負の感情が場に溢れているのに、決めねばならない。誰もが嫌だと思っている仕事を、誰かがやらねばならない。誰かが犠牲にならねばいけないのだ。


 この場においても誰かが犠牲にならねばいけないのだ。


「本来ならば我らが代表であるまおうさんが」

「ヤダーッ!」


 早かった。そして気迫があった。

 極めて短い言葉であったが、絶対行くもんかという力強い意思表現であった。もし無理やり行かせようものなら恥も外聞もなく暴れてやるぞ、というメッセージも込められていた。

 どうあがいてもこの人には任さられないのだと、グリフィスを含めたこの場の誰もが悟った。


「……ということで、他に誰か」

「はいっ、俺抜けたー!」

「あっ、ズルい! わ、私も抜けましたー! 今抜けましたー!」

「ええい、見苦しい! お前達は恥ずかしいと思わんのか!」

「おう、ナイアト! お前が連れて来たんやから行け……。アイツ何時の間におらんなったんや!」


 何とも見苦しい擦り付け合いが始まる。

 互いにお前が行けと言い合うアザルとエブリス。自分がやるとは決して言わないマエサル。ただただ黙って存在感を消すバアドン。かなり前から城門の番に戻ったナイアト。何の役に立たないまおう。


 親が見たら泣くような、いや彼らの場合は開発者が見たら泣くような醜い場面だ。そんな惨状に耐えられなくなったのであろう、グリフィスが口を開いた。


「……同行者は俺が決めていいか?」


 ピタと四天王の動きが止まる。

 帝国貴族に紹介してくれるのは彼であるし道中の護衛も彼によるものならば、その同行者を決めるのは彼で文句はない。文句のつけようがない。

 だからこそ、息をのむ。自分以外の誰かにしてくれと。

 そんな緊張感が走る中、グリフィスはこの件の生贄を決めた。



「そこのバアドンというヤツに来てほしい」



 この瞬間、バアドンは膝から崩れ落ちた。

 彼の仲間達はガッツポーズで立ち上がった。

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