七並べは争いを生む
まおう城内の長い廊下をグリフィスとナイアトの二人が歩く。
ボウッと青白く光る謎の光源が規則正しく並び、磨かれた床石と靴がぶつかりカツカツという心地良い音が廊下に響く。
「……中は思ったよりも普通だな」
「そういうものかい?」
「城として見ればな。内装に凝ってはいるが落ち着いた雰囲気があるし、広さはそこまでではないからな」
「外装ほど派手にしたら落ち着かないだろうしね。ちなみにどんな想像をしていたのかな?」
「ん、いやそれは……」
悪魔や死霊が蔓延り人間が家畜と同じ扱いを受けている。そんな地獄のような光景がグリフィスの頭に浮かんでしまった。
「ん゛ん゛っ! それよりもお前の仲間達とはどんな姿なんだ?」
「あー、正確には仲間というよりボクの上司になるかな。姿はバラバラで、ボクの上司が話す分には一番まともだね。でも彼はボクみたいに姿を変えられないからちょっと問題があって……。あっ、ここが皆が待ってる玉座の間だよ」
「玉座、だと?」
「あっ、いや玉座って言っても思ってるようなものじゃないから緊張しなくていいよ」
こちらにも心の準備というものがある。ましてや玉座というものは権力者のためのもの。組織ピラミッドにおいて中間ではなくトップに位置する人物のためのものだ。
故に玉座の主というのは、例え小さな組織であろうと無礼が許されない相手でありそれ相応の心構えが必要なのだが……。
「お、おい。ちょっと待っ……!」
「やぁ皆さん、ご機嫌はいかがか……」
何のためらいもなくナイアトは扉をガチャと開くが、目の前の光景に言葉が途切れた。
そこにはバアドンを除く、四天王とまおうの姿がある。いつもの馬鹿メンバーであるが、異様なのはそのオーラだ。
中央の折り畳みテーブルを中心に殺伐とした、何者をも寄せ付けぬ空間がそこにあった。
「……パスや」
「ふむ、ではハートのキングで私はアガリのようですな」
一枚のトランプをパシと置くマエサル。よくよく見ればそれ以外にもキチリと数字が揃えられたトランプがある。ただし、並びは完全ではなく所々途切れている。
勘の良い人間ならばわかる通り、七並べである。
「くっ! ジジイは相変わらず強いですね……! と、とりあえずスペードの二を出します」
「だったら我はー」
続けてカードを出そうとしたまおうを一人の声が遮る。
「ちょい待てや」
アザルは立ち上がり、静かだが力強い口調で言う。
「誰や、さっきからクローバーの十以降止めとるヤツ。誰や、言えや」
しかし、静寂。アザルに返事をする者は誰一人いない。
「ほーん、だんまりか。あぁそう! 止めたければずっと止めときゃエエやろ! いつまででもそうしとけばエエ! でもなぁ、俺は言うたからな! 誰もが思うてたこと、言うたんやからなぁっ!」
彼は叫び、座った。そしてまおうを見つめる。鋭い眼差しで、黙って見つめる。
言いたいことは言った。出来る限りのことはやった。後は相手が自分の意見に応えるのを待つだけだ。
「……わ、我はクローバーの三」
数十秒の沈黙の後、その圧に耐えて動く。震える声と共に、音もなく一枚のトランプがテーブルに載る。
「……俺パス四回目で」
「じゃあ私はクローバーの二ー!」
「え、えっと……。その、あの……。クローバーのじゅ」
出したカードがテーブルに着いた瞬間、アザルはまおうの豊満な胸倉を荒々しく掴み勢いよく立ち上がった。
「お前かぁ! お前が止めとったんか、このクソアマぁ!」
「だ、だってそういうゲームだし! ルールは破ってな、いたいいたい!」
「ルール守ってたら何やってもエエ言うんかぁ! 何やってもエエんかぁ!」
七並べは嫌なヤツほどよく勝てる。
いかにカードの連なりを塞き止め、いかに相手の札を吐き出させるか。場を制し、自分が有利な局面を作り上げるゲームである。これによる勝利は極めて甘美で、得も言われぬ快感を味わえる。
しかし、敗者にとってはその苛立ちは尋常ならざるものだ。いつまで経っても出てこぬカードのせいで泣く泣くパスしたと思ったら、相手が得意気な面持ちでカードをパシリ。そのカードがもっと早く出ていたならば、スムーズに出せていたであろうカードが手札で自分を責める。
事実、アザルの手札にはクローバーの紋の三人が並んでいた。その表情は心なしか悲しげであった。怒るでもなく泣くでもなく、ただただ黙って悲しげに自分を見つめるジャックとクイーンとキング。
アザルは彼らに代わって目の前の罪人に罰を下しているのだ。
「やぁやぁ、お楽しみのところお邪魔していいかな?」
「中ボスはだぁっとれぇ(黙っていなさいの意)! こちとら真剣勝負の真っ最中で……!」
「だからあのねぇ……」
「どうせ誰も来ねぇんだからいいんですよー。ナイアトも混ざりましょうよ。次はボードゲームでもしませんか?」
「はぁ……」
情けない上層部に溜息を漏らすナイアト。どうしたものかと目を泳がせると、横の給湯室から黒く蠢く人影が現れた。
「みなさん、お茶が入りました……。って、ナイアトさんそちらの方は、も、もしかして……」
「ふふっ、やっと話が通じる人が出てきてよかったよ。お待ちかねのお客様だよ」
ここにきてやっと、グリフィスに視線が集まる。
彼はその視線に応じて片膝を床に着ける。
「彼女に招かれて参上したグリフィスだ。お初にお目にかかる」
あまり礼儀作法には精通していないグリフィスであったが、基本は押さえている。
跪き頭を垂れる。王国帝国、未開の部族であっても目上の者に対しての挨拶でこの形式は通用するのだ。
「えっ、マジで来たの? 我の時は皆頭のおかしい人扱いしてきたのに……」
「えっ、ちょ……。そんなことよりちょい待ってや!」
アザルの焦った言葉でピクリと眉が動く。何かやらかしてしまったかとグリフィスの心中に一筋の汗が垂れる。
「この人、めっちゃキャラデザ良くない?」
彼の言葉を受け皆がハッとしたような表情を浮かべる。そして改めてグリフィスに視線が集まる。その視線は先ほどより明らかに真剣なものである。
「確かにの言う通りですね。ワイルドで程よい渋さがあって……。そこのジジイよりも若いから女性人気もガッツリとれそうですよ」
「……小娘の小言はともかく、確かに逸脱した造形ですな。今の時代女性を可愛らしくデザインできる者は少ないですが、彼のような年代の男性をデザインできる者は貴重ですな」
確かにマエサルの言う通りだ。
二十一世紀においても起こっていた現象であるが、少女を描ける者と中年男性を描ける者どっちが多いかとなると前者が多い。主に需要側の責任でもあるのだが、この中年男性をデザインできる者というのは貴重である。
だからこそ、グリフィスのような渋く男前な中年男性の姿にはAI達も感嘆の声を上げた。後ろで縛った黒髪は、散髪など頻繁にできないワイルドさと若干の可愛らしさを演出。目元の傷すらも彼という個性を引き立てるワンポイントであり、おじ様好きの女性諸君ならば思わずイラストを描いてSNSに投稿してみたくなること必死である。
なのだが、この価値観を共有できぬ者が一人いた。
「その、さっきからまるで俺が誰かに創られたような口ぶりだが……。何か宗教的な話か?」
グリフィスは彼らの会話がほとんど理解できなかった。いや、言葉の意味は理解できるが話の中身が理解できなかった。
そんな彼の反応を見て、皆の目から光が消える。
「あっ、そっか。そうやったな……」
「そうであったな、ここが異世界ということを失念しておったわ…」
「まぁここは我が説明してやろう。いいか、我々は『カオスエデン』という全世界待望オンラインゲームの管理AIを兼任しているまおう軍幹部だ。それがどういうわけか、肉体を得て何処かもわからぬこの場所に来てしまって……」
したり顔で説明するまおう。
だが、グリフィスの表情は変わらない。
「すまん、その……。全く話の内容がわからないんだが……」
「あっ、そっか。多分ゲームとかない世界だから……。その、えっと……」
ふらふらと彷徨う彼女の眼。それは明らかに救いを求めていた。
目が合ったらヤバイ。四天王の内三名は危機を察し、咄嗟に視線を外した。そう、四人中三名だけ視線を外したのだ。
「バアドンさん、パス」
「えっ!」
……それから一時間近く時が流れた。
なにせ相手はゲームのゲの字も知らぬ人間。亀を踏み殺す赤帽子も知らないし、モンスター同士の暴力行為をスポーツ感覚で行う世界も知らないのだ。その説明は困難を極めた。
だがなんとか、まおうからキラーパスを受けたバアドンはやや至らぬ点はあるものの現状説明を完了させた。
「あー……。つまり、お前達は御伽噺に登場するキャラクター達が自我と肉体を持って動き出しているような存在……。そういうことでいいのか?」
「まぁどちらかと言うとボードゲームの駒に近い存在なるのでしょうが、もうそれでいいです……」
「いや、ようやったわバアドンさん。あのアホでは無理やったわ」
「アホって言わないで!」
「……それで自分達が住んでいる城ごとこの場所に飛ばされて、話をしてくれる人間を探していたが今まで誰も捕まらなかったと。なるほど、そういうことだったか……」
その場しのぎの思いつきであった人探しだが、これが想像以上に厳しいものであった。
まずバアドンが城の外に出たが当然のごとく怖がられ、エブリスは子供扱いされて話にならず。アザルは繁華街のキャッチーの如き胡散臭さが溢れて警戒され、マエサルは惜しいところまで行くが詳しい話をする前に相手が何かを察して逃げてしまう。
そんな四天王に「何やってんの不甲斐ない」と言った馬鹿も緊張でまともに会話ができず撃沈。
「そうなんです。最初は四天王で交代で回してたんですけど、外見とコミュニケーション能力に難があることがわかって……。ナイアトさんならどちらも基準を満たせそうということで代わりをしてもらいまして」
「ボクの強さは大したことないけど擬態と回避だけならまおう軍一という設定だからね。何かあっても問題はないんだ」
「……そうか」
大体の事情は分かった。わかったが、どうしたものかとグリフィスの額に冷や汗が流れる。
結局、事の真相はズリエルに話した三つ目の仮説、『転移』で正解であった。最も正解であって欲しくなかったのだが。
だからこそ、この一件をどう報告したものか。普通に報告しただけでは信じてもらえぬだろうから、何か証拠になるものでも持って行かねばあのズリエルは信じまい。いや、信じようとしないだろう。
「あ、あの、それで! 外の世界ってどうなってるんでしょうか!」
「あぁ、外か……」
そういえば彼らも情報を求めていたのだと思い出した。
外の情報と言ってもこんな風に説明するのは初めてだ。さてどこから説明したものかとグリフィスが思考し始めると、彼らの方が先に言葉を発した。
「アレやろ? 異世界言うたら剣と魔法の世界でエルフの魔法使いとかドワーフの鍛冶職人とかおったりすんねんやろ? なぁ!」
「……は?」
「冒険者いるんですか、冒険者! やっぱりギルドに現れた新米に喧嘩吹っ掛けたりするんですか!」
「ま、待てエブリス! その、有名なイケメン王子様とかいるのか! まおうとか気にしないタイプは!」
今日初めて会った人間との距離をグイと詰め、次々に口を開く三人。
三人の目は爛々と輝いていた。まるで新しい御伽噺でも期待するかのような、幼き子供の純真な眼だ。
グリフィスはこの眼をもって知った。彼らは本当に異界から転移した存在なのであると。