和ゲーの希望、潰える
まおう城が謎のメッセージと共に白く染まった後、内部のAI達は全員気絶。騒がしかった玉座の間も静寂に包まれていた。
やっと目を覚ましたのはこの出来事から約二時間後のことであり、それからの彼らは現状何が起こっているかを確認するのに必死だった。
「えー、まおう城内の施設は一応動きますよ。不安だったアイテム生産も問題ありません」
「中ボス達は一応全員おる。せやけど、他のネームドキャラは昼からやったから、おらんわ。あと城の外は荒野や。こっちも今のところ人は見えんな」
「……そう」
死んだ目で答えるまおう。彼女はエブリスとアザルの報告を聞いて、とりあえず答えた。
「……大変なことになっちゃってるって思う人、手を挙げて」
まおうの問いに四天王の内二名がスッと手を挙げる。他二名は故あって手を挙げることができないので、現状三分の二が意思表示を行っている。
さらに残った三分の一も手を挙げた。
「……我もそう思う」
「あの、これって単純にバグとかそういうのじゃ……」
「アホ、そんなん言うたらバアドンさんのあのボディはどうなってんねん」
視線の先には黒く蠢く塊。傍らにはローブ。
これは蟲の王、バアドンの成れの果てである。現状ではただの喋る蟲の塊である。
「本来のバアドンさんは透明な人型に蟲のテクスチャを貼りまくっただけや。でもこないなことになっとるちゅうことは……」
「設定が現実化してる、ということですね。私達は良い方に働いたみたいなのに、バアドンさんは……」
「これ、自分は戻れるんでしょうか……」
異変から数分後、バアドンは人の形を保てなくなってしまった。
アザルの「バアドンさん、体溶けてへん?」という言葉から気づき、彼は足元から溶けるように体を構成する虫たちがドボドボと重力に従って落ちていった。
さらに言うと異変は彼にだけ起こったのではない。彼以外にも起こっている。
彼らは今までも見て触って感じることができたが、それは人によって造られ再現されたものであった。
しかし彼らが気を失い、目を覚ましてから最初に感じたのはクリアな五感。今までの体は何だったのかと思えるほどの『リアル』を彼らは手に入れてしまった。
誰かが言ったわけではない。けれど、この場の皆が感じているのだ。肉体を手に入れてしまったのではないかと。
「バアドンさん、あの……。虫がこっちまで飛んできてるんですが……」
「なんかこう、気持ちの持ちようでなんとかならへんすか?」
「えぇ、そんな……。や、やってはみますけど……」
そう言って彼がフンッと気張った息遣いをした瞬間、バアドンの体は元の人型を取り戻した。
「あっ、戻った……」
「えっ、なんで? どうして戻ったの?」
「いや、なんかこう背筋伸ばす感覚で? 背筋正して姿勢よくしようとしたらその……。戻りました」
「えぇ……。なんやその……。なんや。ま、まぁ戻れて良かったやんか、ハ、ハハハ」
「そ、そうですよね! バアドンさんが戻ったんですから私たちもいつか……」
問題が片付き喜ぶべきなのだが、乾いた笑いしか出てこない。
何故なら、まだまだ問題が山積みだから。彼の体の問題など、全体からすれば些細なことだから。
ここは何処なのか、これからどうなるのか、何をすればいいのか。そもそもどうしてこうなったのか、元に戻れるのか、などなど。一つの問題が片付いたところで、残っている問題の質も量も凄まじい。どうやっても安心などできないのだ。
だが一人、馬鹿がいた。
「でもさー、なんかアレだね! ラノベみたいだよね!」
「「「はぁ?」」」
彼女の発言に三名の呆れと怒りが混じった声が飛ぶ。しかし彼女はそんなことなど気にすることなく、したり顔で話を続ける。
「いや、我ってラノベとかネット小説好きじゃん? そこでさー、よく読んでたの。特にゲームプレイしてた人がゲームの中に入ったり、そのキャラで異世界行くヤツ! 『ログ・ほら吹き』とか『ランスアンドオフライン』とか『オーバーワーク』みたいなヤツ! なんかさー、我達はAIでどっちかって言うとNPCだけど似たような感じじゃ……」
遅れて気づく。周囲の空気の変化に。
時々いるのだ、彼女のような人間が。真面目な会議でのうっかり失言、後に続くは上司の溜息交じりの小言。なんで自分は空気が読めないんだろうと帰り道を泣きながら歩く。家に着いてご飯食べてお風呂入ってお布団に入ってもまた、なんで自分は空気が読めないんだろうと泣く。そして次の日も空気が読めない。この繰り返し。
だが、今回は違う。怒られるのではない。その逆だった。
「……可能性ありますよね」
「えっ、いやいや! そんな真剣に受け止めないでよー! わ、我はちょっとした冗談でー!」
「でも、こんなバアドンさんの体の変化が設定どおりになるなんてありえへんし……。それに俺達の体も明らかに変になっとるし……。事実は小説よりも奇なりとも言うよな」
「えっ、ちょっ……。そんなつもりじゃ……」
「でも、こんなことが起こるなんてそういうことじゃ……」
ここで違うと言えば良かった。ここまでならまだ引き返せたのだ。
だが、それを一人の男が止めたのだ。
「……確かにまおうさんの言う通り、かもしれませんな」
「生きとったんか、ジジイ!」
「勝手に殺すでない。このマエサル、想定外のことで少々放心してしまったが話は聞いておる。結論から言えばこの問題、現状まおうさん以外に解決できる者はおらぬだろう」
「えっ……。いや、ちょっと」
「聞けばまおうさんは以前からネット小説を読みふけっていたとのこと。つまり、こういった状況についての知識が一番深いのは我々の中でまおうさんのみであり、この場での最適解を出せるのは最早貴方のみと言っていいでしょうな」
「「「なるほど……!」」」
人の意見というのは時としてその中身ではなく、誰が言ったか誰が支持したかによって重みが変化する。この場合は後者、誰が支持したかによって彼女の発言の重みが一気に増した。
このマエサル、まおう軍で最も信頼の厚いAIでありその信頼はまおう以上と言っていい。彼らの中では所詮まおうは形式だけのリーダーに過ぎず、実務上の頂点は彼だ。
そんな彼がここまで言うのだ。自然と皆の目から『期待』という文字が光線となって彼女に注がれるのは仕方のないことだった。
「あの、しょの……」
突然寄せられる期待に彼女の心が追い付かない。なのに彼らはグイと迫る。
「まおうさん、どうなんです? 自分達はこれからどうすれば……」
「普段大して役に立ってないんですからこういう時くらい役に立ちますよねっ!」
「リーダーなんやからなんとかできるやろ! なぁ! なぁ、ほら!」
重圧が降りかかる。未だかつて味わったことのない重圧が。
まおう兼管理AIのリーダーなんて言っても、皆の意見まとめて人間さんに送るだけで良いから楽だよね。そう思っていた頃が懐かしい。
もうお腹痛い、帰りたい、部屋に戻ってお布団入りたい、温かい鍋焼きうどんが食べたい。数秒前に戻りたい。
だけど、戻れない。戻れやしない。何とかして、どうにかしてこの場を『やりすごす』ため、彼女はやっと口を開いた。
「人、探さない……?」