まおう、降臨
「……お゛はよう」
一人の女性が部屋に入る。その頭にはとってつけたかのように赤い角。歩くたびに揺れるのはサラリとした艶のある黒髪に朱のマント。
少女のように可愛らしいエブリスの容姿とは対照的なアダルトで妖艶な美しさが際立つデザイン、なのだ本来は。
現在の彼女の姿に凛々しさの一文字もなく、髪は跳ねマントは彼女の歩みと同時に床掃除。おまけに猫背でダラダラとした足取りが見ているだけでも苛立たしい。
その疲れた表情を例えるならば、同僚の結婚式の後一人酒をし翌朝二日酔いに悩んでいる三十代半ばの女性。
「まおうさんどうしたんですか? ちょっと機嫌悪いようですけど」
「……我よりフレンド数多い人達は黙ってて!」
「ぷふっ! なるほどー、以前言っていたササヤイターのフレンド数競争ですね! いやぁ、多すぎるよりは良いんじゃないですか! 多すぎるよりは!」
「お前のフレンドの半分以上は変態さん達やけどな。広報担当のフレンド数より多いとかホンマおかしいから」
彼女の名はまおう。魔王ではなく、まおう。大事なことなのだ。
そして自身の言う通り、管理AI五名の内SNSフレンド数最下位。ラスボス兼管理AIリーダーなのに、最下位。
しかしながら、リーダーとは得てしてそういうものである。メンバーが抜群の歌唱力を誇る中、リーダーの歌声は平均を下回る。メンバーが正統派イケメン役でドラマ出演やアカデミー賞を取得している中、ドラマで芸人達に混ざって怪物役。他のメンバーにはバラエティやドラマの仕事が回っているのに、リーダーは島の開拓と捨てられちゃう食材集め。
人間のリーダーがそんな境遇に立たされているのだから、AIである彼女が苦難を迎えていない訳がない。リーダーに人気が出ないのはもはや偶然ではなく必然なのだ。
「まだお前達二人に負けるのはわかる! でも爺とバアドンさんに負けるのは納得いかない!」
「ははは、いやぁそう言われても自分は何も。ゲーム内の綺麗な景色とかを投稿しているだけで……」
「逆に私はゲーム外の事柄について触れていますな。最近は主に各国の伝統的な芸術作品に料理……。陶芸についての話題なんかも得意とするところでしてな……」
「まぁ枯れたジジイの趣味でもそういった話をしてくれるAIは貴重ですからね、そこそこ数は稼げるでしょうね。で、まおうさんはフレンド数いくつなんですかぁー? まぁ、私は八十万! 流石に公式アカウントよりは負けますけど八十万ですからねー! まおうさんのフレンド数はいったいどれほど……」
「ふ、フレンド数、八千五百……」
場に静寂が流れる。ピリリとした緊張感も。
フレンド数が四桁。これは、彼らにとって衝撃だった。
彼らの上にある公式アカウントのフレンド数が現在百万以上、そこから八十万のエブリスに七十万のアゼル。大きく差を開いて二十万台のマエサルとバアドンが下に続く。
つまり、公式アカウントから人間が流れてくるのだ。美少女であるエブリスのようなオタク受けする要素がない爺さんと蟲人間ですら十万単位のフレンド数は黙っていても稼げる。
それなのに、四桁。彼らからしたら「逆にどんなことしたらそんな数になるの、お前」と聞きたい状況である。
「実は俺、知っとるねん」
「は?」
「まおうさんのフレンド数低い理由知っとる」
アザルの言葉に皆息を飲む。
「実は俺もまおうさんのフレンド数低いの気になってて聞いたんや、フレンドの人達に。なんであの人ラスボスなのにフレンド数少ないのーって」
「そ、それで……」
「投稿内容がめんどくさい女子なんやって」
彼の言葉で再び一瞬の静寂が広がる。
だが、すぐにエブリスが口を開いた。
「めんどくさい女子って……。どんな投稿してるんですか?」
「え、えっとゲーム内でクラフトできるお料理作ったり、バアドンさんみたいに綺麗な景色の前で写真撮ったり……」
「ぜーんぶ自分の顔を前にした自撮りでな。凄いから主張が。画像の七割自分の顔やから。もうな、自分可愛いよーってメッセージが伝わりすぎて辛いんやって、見てる側は。上目遣いアヒル顔を見てて悲しくなるって」
二十一世紀からSNSで一定数を占める『自分第一投稿主義』。彼らは何よりも自分を魅せる。文章では「今日のランチはオムライスでしたー」なのに、画像は自身の顔。文章では「今、海に来てるんだけど夕日がちょーきれい!」なのに、画像は自身の顔、夕日を見せてくれ。
このようなコミュニティの場では自身を紹介することが目標の一つでもあるのだから、彼らの行動は間違っていないし、実際そういう者の中でカリスマ的人気を博する者が少なくないのも事実。こういった投稿も数ある正解の一部である。
だがしかし、そういった行動は人によっては時に多くのアンチを生む。いや、アンチを生むどころか「あっ、こういう投稿する人苦手」と思いフレンド拒否する者も少なくない。アンチすら生まれなくなる。
まさに彼女はその典型例であり、せっかく「あのカオスエデンのAIのフレンドになろう!」と思って来た人間の半分以上が撃墜。
その成果が見事にフレンド数四桁。まおうなのに四天王の誰一人にも届かないという偉業を成し遂げてしまった。
「フレンドの人が言うとったわ。十代や二十代の女の子がやってるならまだしも、明らかにまおうさんくらいの三十台半ばくらいの女性がこういうことするのは、その、なんちゅうか……。ツライ、その一言に尽きるんやって」
「うわぁ……」
「だ、だって! ただでさえ人気低いからこうやって自分アピールしないと!」
「まおうさん、それはいけませんな。そういった場で自身の可愛らしさをアピールするのは一部の人間、特に容姿に悩む女性にとっては非常に不快。いや、男性にとってもあまり気持ちのいいものでは……」
「馬鹿ですねー。自分から行っちゃいけないんですよ、こういう時は。自分から語り掛けるのは最小限にして、相手から話しかけてきた時にこそしっかり反応してあげてですねぇ」
「あーもうっ、わかった! 自撮りは控えるし、アヒル口もやめる! 控えるから朝の報告会に移るぞ! はい、最初は爺から!」
周囲から迫る説教交じりの小言に先手を打ち、まおうは話題を切り替えた。
「まったく……。えー、承知しました。人事部ですが、現状は特に問題はないようです。非管理AIにおいても喪失報告はありません。大概は作業中の事故がほとんどのようですな」
「広報部は急ぎの仕事はなんもなくて……。基本的にサービス開始前が本番やったからな。あっ、でも運営からテスト開始後しばらくしてからプレイヤー向けに本格ムービー取れって言われてますんで、そのつもりでよろしくお願いしますぅー」
「生産管理部からも今は特に何も……。あ、確認になりますけど事前に渡した不足備品チェックシートは忘れずに記入してくださいよ! そのデータに基づいて今後のアイテム生産が行われているんですからね! AI権限で可能なアイテム生産は速度遅いんですからね!」
「総務部はサービス開始後からゲーム内の巡回を行う予定です。えー、ですから何か用事がある時は始業時や終業時の報告会で……」
淡々と進む朝の報告会。事務的で面白みがないものだが、必要なことだ。たとえファンタジー世界であっても、それを支えているのはリアリズム。彼らの地味な仕事が無ければこの世界は成り立たない。
そんな報告会の終盤、まおうの顔が渋くなる。
「……おかしいな」
「ん? 何か変なことあったか?」
「カウントダウンが始まらないぞ? 本来なら朝の報告会の途中に挟まる予定だったのだが……」
カオスエデンのクローズドベータテストのサービス開始は朝十時から。
しかし、現在十時過ぎ。しかも本来ならカオスエデンのサービス開始一分前には彼らの所持する端末に通知が来て、この場でカウントダウンが始まるのだ。
つまり、これは俗に言う不具合と言われる現象だ。
「あ、確かにそうですね。時間的にはもう五分遅れ、これは……」
「あーあ、運営やっちゃいましたよ、これはー。普段私達にあれだけ口うるさく注文つけてくるくせに、自分達がこれじゃあいけませんねぇー」
「ンフフ、コレ絶対アレやんな? ササヤイターで詫びゴールドはよって言われるヤツやんな! ンフフフ、絶対溢れかえってるで……」
アザルはそう言って懐から小さな情報端末を取り出し、操作する。操作するが……。
「ネット繋がらんのやけど……」
「はぁ、何言ってるんですか? 今時ネットが繋がらないなんてありえないんですよ」
「い、いやホンマに繋がらへんのやもん! ほら!」
「む、我の端末も繋がらないではないか! おのれ運営、いくら我の投稿内容がひどいからってここまでのことを!」
場が騒然とする。この時代にインターネットに接続できないというのはよほど珍しい事態だ。ましてや彼らのようなAIは外部とコミュニケーションする手段が限られているために、これはかなりのアクシデント。
さらに不幸は重なるもので、このタイミングで彼らの前に、文字と数字が浮かぶ。
「あっ! しかもこんなタイミングでカウントダウン開始か!」
「お前なぁ! 五分遅れて出しても詫びゴールドの件は治まらへんのやからな!」
「待て! 文字をよく見ろ!」
マエサルの言う通り、よくよく見るとその文面はおかしなものだった。
電子掲示板から文字だけを抜き取ったかのように、空中で緑に光る『召喚開始まで十秒』という文字。もし、これが彼らの運営によるものならば明らかなミスである。
「召喚開始まで十秒……? なんでしょうか、これ」
「誤植……じゃないですか、多分」
「おーい! 運営、文字バグってんぞ! 見とらんのかー! 運営ー! うんえっ……」
アザルの声を最後に部屋が白くなる。その白は部屋を満たし、彼らを塗りつぶし、城を満たす。
そして城全体が白に包まれた瞬間、カオスエデンから『まおう城』は消え去った。まおうと、十名のAIを共にして。
この現象に現場の開発チームはただただ泣いた。