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四天王、集合

 クローズドベータテスト、それは選ばれし者のみが参加できる探索と試練の場。

 要はゲームのサービス開始前に一部の人間にゲームを遊んでもらって不具合や改善点がないか調査する開発段階の一部行程。

 言うなればリハーサル、プレオープン。カオスエデン内のAI達はそのスタートを緊張感と何とも言えぬ高揚感を持って迎えようとしていた。


「おはようございまーす」

 

 挨拶と共にドアを開け、バアドンが入ったのはゲーム内まおう城ステージにある玉座の間。

 彼を迎えたのは熟れたトマトのように真っ赤なカーペットと主なき金の玉座。最早使い古されたと言っていいほどの、古典的ファンタジーゲームのラスボス直前の風景がそこにはあった。

 彼はそんな部屋の覇気なぞ全く気にせず、慣れた様子で壁に手を当てる。すると壁のテクスチャが消え、中からオフィスによくあるタイプの小さな給湯室が現れる。

 そこで湯を沸かし、茶を淹れる。さらにはその間にもパイプ椅子と折り畳み机を引っ張り出し玉座の前に並べる。

 これによりできたのは、どう見ても中小企業の会議室。ファンタジー世界にはあまりに場違いな空間がそこにあった。


「ふんふんふーん」


 職場に一人はいるお人よし、それがこのバアドンだ。誰に頼まれたわけでもなく朝の準備を行い、そのために誰よりも早く出社する。本人は楽しんでやっているのだから誰も文句は言えないのだが、後輩や部下からすれば肩身が狭いことこの上ない。


「おはよーございまーすって……。やっぱりバアドンさんが最初ですか。これでも早く来たつもりだったんですけどね!」

「おはようございます、エブリスさん」


 白衣を着た青髪ショートの可愛らしい少女が入室し、パイプ椅子に座る。

 彼女の名はエブリス。まおう軍最高の錬金術師であり、彼女自身完成されたホムンクルス。錬金術によって造られた身ながらもその技術を極めた、というデザイナー渾身の設定。

 だがユーザーにとってはそんな設定など目に入っておらず、ただ可愛らしい少女ということが存在価値である。事実、SNSには肌色が画像の半分以上を占める彼女のイラストが量産されている。カオスエデンは知らないけどエブリスは知っているという人が続出するほど、イラストが量産されている。

 そんな彼女もまたバアドンと同じ魔王軍四天王役を兼任する管理AIだ。


「バアドンさん、もう少し遅く来てもいいんですよ?」

「いやいや、特にやることもありませんでしたし、私はキャラクターデザインの都合上身だしなみに手間がかかりませんから。純粋な人型の皆さんと比べて楽している分、これくらいのことは……」

「相変わらず真面目ですねー。しかもお茶まで用意しちゃってまぁ……。ありがたく頂きますけど、バアドンさんにそこまでされるとですね、私達の肩身が狭くなっちゃうんですよ!」

「いやぁ、申し訳……」

「そこで謝らないでくださいよ!」


 二人の会話を遮るように扉が開き、すぐさま大きな声が部屋に響く。


「おはようございますぅー! おわ! バアドンさん今日もお茶、ありがとうございますぅー!」


 独特のイントネーションで挨拶をしながら入室してきたのは金髪の男性。

 頭に生えた犬耳と皮の軽装鎧でしっかりゲームキャラクターの様相を醸し出そうとしているものの、彼が与える印象は街のチンピラとしか言いようがない。服装を紫のスーツ辺りに変えて繁華街で肩をぶつけた相手を脅している方がしっくりくるような外見である。


「全く、相変わらずですね。まったく、バアドンさんの真面目さを少しでもこの馬鹿アザルに分けてくれてたら……」

「エエやんエエやん。俺は四天王一のムードメーカー担当なんやから。なぁ、バアドンさん」

「まぁ今はAIしかいませんし、アゼルさんはSNSでもこのキャラでやっていますからね」


 アザルはカオスエデンの広報担当を任された管理AIであり、もちろんまおう軍四天王の一人。

 彼の仕事は主に動画撮影及び編集。人間に代わってこのカオスエデンの魅力を、まるで芸人の旅番組のように世界中に伝えている。題名は『アザルの突撃カオスエデン!』というチープ極まりないものだが、その人気はなかなかのものでSNSで好評を博している。


「うむ、おはよう」


 続いて入ってきたのは老人、と言うには少しばかり元気がありそうな眉と体の線が太い爺さん。白髪が混じった黒髪だが、あと五十年は死にそうにないほどの活力のある顔に姿勢の良さ。世界観に合わせた西洋調の貴族服を身にまとっているが正直着流しの方が似合っている。

 そんな相手にすると面倒くさそうな爺さんが椅子に座る。


「おはようございますマエサルさん。お茶を淹れましたのでどうぞ」

「あぁ、これはどうも。……ふむ、相変わらずバアドンさんが淹れたお茶は美味い。そこの二人ではこうはいきますまい」

「失礼なジジイですね! お茶なんて簡単に淹れられますよ!」

「ふふふ、だったら小娘。貴様なら茶をどう淹れる?」

「えっ? そんなの急須に茶葉とお湯入れて湯呑に注ぐだけじゃないですか。馬鹿にしないでくださいよ!」


 エブリスの言葉に、彼はやれやれとでも言いたげな微笑を浮かべる。


「ふっ、まぁ小娘が淹れる茶ならそんなところだろうな。だが、バアドンさんが淹れた茶はそれだけではない。アザル、貴様なら少しくらいならわかるだろう?」

「あー、遅れてきたわりにあんまり冷えてへんよな。これもバアドンさんのおかげなんやろ?」

「うむ、蓋つきの湯呑を選んだだけでなく事前にお湯を入れて温めていたのだろうな。さらに言えばやや濃いめに出されて渋みが強いな。これは決してミスなどではなく、朝の会議前に頭を覚ます効果があってだな……」


 このマエサルという男も当たり前だが、まおう軍四天王にして管理AIの一人だ。

 開発者がAIにより人間らしさを求めた結果、彼らは五感を手に入れた。たとえ造られたものであっても、彼らは人間と同じように全てを感じることができる。

 その結果、彼のような面倒くさいAIが生まれているのも事実だが。


「あ、あのマエサルさん。そこまで解説されると少し恥ずかしく……」

「ハハハ、いやはや失礼しました。いいか小娘。たかが茶だがされど茶だ。そういった小さなことに気がつかぬようではAIとしての成長がだな……」

「はいはい、わかりましたよー。私だって私なりに努力してますよ!」

「まぁなんだかんだ言うて、この中で一番ユーザーに好かれてるのはお前やしな。……いやまぁその、好かれ方は歪やけどもやな……」


 和気あいあいとした朝の職場風景。大企業にはない中小企業の働きやすさ、というのはこういうことなのかと思える微笑ましい風景。

 だが、現状足りていないものがある。言わば画竜点睛。大事なものが足りていない。


 ここに居るのはまおう軍四天王であり、皆同列。頂点がいない。

 寿司で言えばマグロ。天ぷらで言えばエビ。すき焼きで言えば牛肉。あ、いや北海道は豚肉を使うとか今はどうでもよくて。いや、どうでもいいって言うとちょっと問題はあるけれど重要なのはそういうことじゃなくて、その……。


 ……部屋の扉が開き、入る。彼らのリーダーが、その姿を現す。



「……お゛はよう」



 その姿は、ただの寝起きのOLだった。

四話目で転移します

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