最低な人
投稿遅くてすみません……
「……というわけで無事に話をまとめてきました!」
まおう城へと戻り、玉座の間でのバアドンの報告に全員が胸を撫で下ろした。
これで少なくともラモリア帝国側が敵ではないことが確定し、帝国貴族と再び会う約束まで引っ張り出すことができた。
この世界で何もコネがなかった彼らにとって、バアドンとグリフィスのこの働きは非常に大きくありがたかった。
「かーっ! 流石っすわ、やっぱバアドンさんっすわ。組織の代表やのに我が身可愛さから四天王に仕事押し付けたどっかの馬鹿とは違いますわーっ! あっ、肩凝ってませんー? お揉みさせていただきますぅー」
「いや、あの肩揉むと体の虫が潰れちゃいますから……」
「かーっ! 仕事もできて、謙虚でいらっしゃる! まおうさん、ご覧になってはりますか! そしていかが思いますか、ご自分のことを!」
君はどの立場なの。
そんな言葉は置き去りに、まおうは非常に申し訳なさそうにバアドンの機嫌を探るように声を出した。
「い、いやあのねバアドンさん。わ、我達もそこそこ働いていたからね?」
「そうですよー。とりあえず城内の衣食住は問題ないですし、周辺の見回りも出すようにしましたしー」
「左様、転移後の『何があるかわからない』という事態に備え『何かがあっても困らない状態』にまでは持っていけたとは言えるだろう。というわけでバアドンさん、後でこちらの資料を……」
「あぁこれはどうも」
意外にもこの仕事を切り出したのはまおうであった。
一応AIの代表として、仲間に仕事を擦り付けた罪悪感があったのだろう。なにかできることはないかな、という非常に曖昧な提案であったがその「なにか」はたくさんあった。
城内の利用可能な設備の確認や限られた人員のシフト管理、緊急時のマニュアル作成など。一見すると地味だが、それでもいつかはやっておかねばならないことはできた。
言い出した人物をあまり役に立たなかったが。
「あぁそれとグリフィスさん、どうですかーお料理の味はー? まぁ一応ですねー、これからもこの世界の人と関わっていくでしょうから、生産したアイテムの味がこの世界の人にも合うのか確認したくてですね」
「……あぁ、うまいぞ」
嘘だった。いや、嘘ではないが正確な返答をしなかった。
美味すぎるのだ、彼らが提供した食事は。
今回グリフィスに出された食事はサンドイッチ。具材も茹で卵やハムトマトなど、特別なものではない。まおう城内のアイテム生産設備のメニューにある『サンドイッチセット』を出しただけだ。
だが、それでも美味すぎる。パンはこの世界であり得ぬほど柔らかく甘く、全く臭みのないハムに贅沢に使われた調味料。
貴族との繋がりを持つグリフィスはそれなりに美味いものを食べてきた。だが、それでも目の前の軽食は貴族が食べる料理に並ぶ。いやそれ以上と言ってもいいだろう。
そんな美食に驚きつつも舌鼓を打っていたが、彼は突然立ち上がる。
「……つっ!」
「お、なんやどしたんや?」
「何かいるぞ……!」
気配を感じた。ここにいる人物はとは違う、何者かの気配を。
隠れている者が何処かにいる。彼の長年の経験がそれを告げていた。
「……良い勘でござるな」
その声と共に天井の一部がパカリと開き、そこから黒い人影が降りてくる。
着地時にはバシュッという音と共に周囲に白く濃い水蒸気が広がって視界を遮る。そして蒸気が散り、その姿がグリフィスの目に映る。
全身を覆う黒光りする金属鎧に、そこを走り回るように配置された輝く金色の管。その姿は所謂万人の想像するスチームパンクのロボットだ。金管の先から先ほどの水蒸気がまだ漂っているのも、その要素を強めている。
だが視点を引いてその全身を見れば『スチームパンク』より『忍者』の印象が勝る。無骨ながらもシュッという風切り音が聞こえてきそうなフォルムや、背中に背負った刀もその原因だろう。
「しかし残念。上でござった」
「なっ!」
「お前ホンッマ忍者しとるなー。天井パカッて開けて出てくるとか、もうお約束通り越して古典やで古典!」
忍者の名はダンゾー。生産管理部兼、中ボス。
組織内では四天王のエブリスの下に就き、スライムのナイアトと同列の存在である。そのロマン溢れる外見と忍者キャラも相まって、外国人人気に絞れば四天王のエブリスを超える人気キャラの一人である。
「なんだ、お前達の仲間か……」
「どうしたんですかダンゾー。まだ見回り交代には早い時間ですよね? ていうか、その胸に抱えているのは?」
「周辺の見回り中に子供を保護した故、いかがしたものかと」
そう言って彼は組んだ腕を離し、子供を下ろす。
頬がこけ、手足はあまりにか細く身に纏うは粗末な布切れ。ボサボサの不揃いな髪からは犬のような獣耳が生えている。表情は怯えきっていて、目元は先ほどまで泣いていたのか腫れている。
そのあまりに悲惨な様子にまおう軍一同、言葉を失った。一人を除いて。
「アラッ、まぁどないしたのー? そない目ぇ腫らして。んー? なんか悲しいことあったのー?」
即座にしゃがみながら駆け寄るアゼルの声が数オクターブ上昇する。
特に最初の「アラッ」に至ってはもはや普段のアゼルの声とは比べ物にならぬほどの高さであり、奇声と言っても差し支えないほどである。
その声を例えるならば、セリフも相まってただの大阪のオバちゃん。それ以外の表現は相応しくないほど、大阪のオバちゃんの声であった。
「あ、あの、わたし、わたし……」
「あっ! 飴ちゃん食うか! 飴ちゃん食うか!」
「はむっ。あ、甘い……!」
けれど、それが良かった。突然連れてこられ不安極まる環境だが、彼の声とその柔らかな物腰が子供の精神を安定させた。あと飴も。
「ダンゾー、あの子の両親はどうした。あのような荒野で子供だけ、というのはいささか奇妙であろう」
「……周辺に関係がありそうな馬車と人影はありましたが、斯様な地で子供だけを離すのは良からぬ者か訳有り故。加えて拙者のみで判断するには危険と判断し、最低でも四天王には話を通さねば、と……」
「……そうか。いや、よくやった」
知りたくなかった情報をまた一つ知ってしまったとでも言いたげな場の空気。
そしてさらに不快な知らせが彼らの耳に入る。
「あ、あのね、ママとパパがわたしだけでもにげろって……。またどれいにされるからって……」
「……逃亡奴隷か」
グリフィスの手が自然に額に延び、喉からはため息が押し出される。
その獣耳から推測していたが、厄介な案件だ。
恐らく王国で亜人狩りに遭って奴隷にされ、一抹の希望を夢見て帝国に逃げようとしたのだろう。確かに王国から帝国へ逃げるのは悪い手ではない。
だが、無事に帝国に逃げ切るのは一握りだ。そのほとんどは荒野で怪物に殺されるか、追って来た奴隷商に捕まってしまうものである。
残酷だが、彼女の家族は見捨てるしかない。グリフィスの中ではその選択肢しかなかった。
「あ、あの、パパとママは……。こわいひとたちにつかまって、だから、あの……」
「あー、ほら泣かんでもエエよぉー? お母さんとお父さん、連れて来るかんなー?」
だからそれ以外の選択肢を口にしたアゼルに彼は驚いた。
「……おい待て、どうやって連れてくるつもりだ?」
「え? そんなんバーッて走って連れてきてやったらエエやん。面倒くさいヤツおったらお尻バシーて蹴って黙らせたったらエエねん」
「あのなぁ……。奴隷っていうのは王国では財産なんだ。それを奪うっていうのは」
「奴隷なんて残酷ですねー。全く、これだから外の野蛮人は……」
まるで近所のトラブルか人ごととしか認識していない。
現状を掴み切れていない彼らの発言に、当然グリフィスの言葉が荒くなる。
「いいか、せっかくそこのバアドンが話をまとめてきたんだ。これ以上事をややこしくするんじゃない!」
強く言い放つ。それによって場がシンと静まり返るが、その反応はグリフィスの思ったものとは少し違った。
まるで「いや、そんな怒らなくても……」とでも言いたげな場の空気。正しいことを言ったのに、自分が悪者かのような嫌な雰囲気が玉座の間に充満している。
「あ、あの、おねがいします! どうか、どうかたすけてください!」
「……まおうさん、どうされますか」
「いや、そんな我に言われても……」
そう彼女が言った瞬間、獣人の子は勢いよく頭を地に着けた。
「あ、あなたがおうさまなんですか! おねがいします! パパとママを! みんなをたすけてください!」
「え、そ、そんな頭下げないでよ……。それに我に言われてもそんな。我は『おう』って言葉はつくけど実際はただの中間管理のAIで……」
「おねがいします! おねがいします……! パパとママを助けて……」
十にも満たぬ少女が床に頭を擦り付け懇願する。涙を流しながら、必死に。
普通の人間ならば、心が動く。なんとかせねば、と思う。どんな人間にも少なからずある「正義」が目覚める場面だ。
だがこの時、まおうの心はもっと別の次元にあった。
思えば自分は他のAIに比べると自分は随分とポンコツに作れてしまったものだ。
マエサルのようなラスボス感もなく、バアドンのような外見的個性もなく、アゼルのようなタレントとしての面白さもなければエブリスのような若さもない。
そんな彼女に人間達は心無い声を浴びせてきた。
「なんでコイツがAIの代表なんだよ……」
「どう見てもマエサルの方が魔王っぽいだろ、デザイナーは何考えてんだよ」
「美人に仕立てところで外見年齢三十五歳って……。三十五歳って……」
「ラスボスのSNSのフレンド数が四天王の誰よりも低いってどうなの」
ふと眼がしらが熱くなる思い出が蘇る。
しかし、目の前には自分に頭を下げる少女がいる。人間が自分に土下座をしているのだ。
自分のことをあれだけ馬鹿にしてきた種族と同じ生物が、だ。
口に出すのは憚れるが、まおうの中にマグマのように滾る何かがあった。今なら何でもできる。何も怖くない。
アルコール度数九パーセントのチューハイを数本開けたような多幸感。
幼いあの日に河原で成人向け雑誌を見つけた時のような高揚感。
合コンで自分以外の女子を全員自分以下の容姿で揃えたような無双感。
そんな数多の感情が彼女の心に広がっていたのだ。
端的に言うと、めっちゃ気分が良かった。
子供の必死の土下座で、めっちゃ気分良くなった。
その感情が、まおうを動かした。彼女の唇の右側を吊り上げ、目じりを下げ。
そして喉の奥から一般的には勇気ある、だがこの場合は極めて軽率な言葉を吐き出させたのだ。
「……助けよっか」
何わろてんねん。
アゼルがそう言うよりも先に、マエサルが口を開いた。
「わかりました。それでは現地対応はこのマエサルとバアドンさんで行いましょう」
「……はい、わかりました」
「小娘は食料関係のアイテムを生産しておけ。念のためなるべく消化に良いものをな。アザルとまおうさんには小娘のバックアップを。余裕があれば空き部屋を使えるように確認もよろしくたのむ」
「おう、任しとけや!」
「あっ、ちょっと! 生産部門の管理は私の仕事ですからね!」
「待って、我を置いてかないで!」
「ダンゾー含む中ボス達は子供を守るもことも含め、念のため待機だ。必要になったら報告を入れる」
「御意」
もうこの人がリーダーでいいのではないか、と思えるほどの迅速な指示。だがそんな細かいことは気にせず仲間達は動き出す。皆が一つになって彼女の家族達を救うために動いた。
ただグリフィスのみが、この場で浮いていた。
「お、おい待て!」
「……なんですかな?」
「わかっているのか、相手は奴隷だぞ? 貴族でも何でもない。助けたところで何のうまみもない! ただ王国に敵を作る、だけで……」
必死に説明するも彼らの表情から察したのだろう。彼の言葉から力が抜けていく。
「……グリフィスさん、すみません。私達はこういうのって放っておけないタチなんですよ」
「なんや言うても人に造られた身やからな。倫理観がめちゃくちゃしっかりしとるねん、俺達」
「倫理、観……」
言葉を失った。
人である自分が見捨てようとした子供を、彼らは救うと言う。金が目当てでもコネが目当てでもなく、倫理観のため。ただの気持ちの問題だけで、助けようとしている。
自分が今まで何度も見捨ててきた哀しき子供を救おうとしているのだ。
そんな彼らの背中を黙って見ているしかなかった。
何度も屈強な怪物を倒してきた彼は、今回何もすることができなかった。
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