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和ゲー、復活の時

 次世代型AIが世に普及してから五年。人々の暮らしは変わった。

 もはや人間の思考と変わらぬレベルに達した人工知能は、その創造主に代わって様々な労働を受け持つにまで至った。

 今ではオフィスの受付、小売業の接客、電話対応。実体を持たぬ存在である故に肉体労働こそできないが、それでも彼らは人々の暮らしを豊かにしストレスフリーを実現していった。


 そして現在、その活躍の幅はさらに広くより民衆の生活に近くなった。具体的にはコンピューターゲームという形で。

 飛躍的に進んだコンピュータースペックにより、空も海も、料理も建物もありとあらゆるものが電脳世界で再現可能になった。その背景も相まって、AI達はゲーム内において重要な位置を占めるようになった。NPC達にAIが魂を込めたのだ。

 もはや昨今のゲームにおいて『NPC』という存在はただただ定型文を吐き出すだけの存在ではない。初心者プレイヤーを見かければ自分達のパーティに誘ってレベルを上げさせ、力を持て余した熟練のプレイヤーが居たならば歯ごたえのあるクエストを依頼する。自分を食事に誘うプレイヤーが居るならば彼らは喜んで同行し、自分を害する者にはしっかりと牙を剥く。

 彼らはまるで遊園地のキャストのようにその世界でゲームキャラを真剣に演じ、プレイヤー達を電脳世界に引き込んだ。


 そんな彼らが虚栄世界で繁栄する一方、現実世界で死に行くものがいた。


 日本のゲーム業界、所謂『和ゲー』である。スマホゲームというぬるま湯に浸かり過ぎた彼らでは、新しい世界についていけなかった。

 実際この世界で主流となっているゲームはVRでFPSが標準で世界観はダークファンタジーかハードSFでシステムはオープンワールドやサンドボックス……。文字を見ただけでわかるほどの日本アウェー。溢れ出る横文字とアルファベットに日本のゲームは圧倒され、駆逐されていった。

 気が付いた頃には市場は洋ゲー一色。欧米特有の濃い顔のキャラクター達がパッケージを染め上げていた。ユーザーはひたすら広大なマップで銃をバンバンし、薄暗いダンジョンで飾り気のない木の杖で魔法を使う。

 僅かに残った日本ゲーム企業も生き残るのに必死で、真剣にゲームを作る余裕がなかった。ただひたすらに難しいシステムを省き、ギャラの安いデザイナーを雇ってガチャを回す機会を増やす。二十一世紀と変わらぬやり方を続けるしか、なかった。


 しかし、彼らを求めるものもいた。和ゲーにも需要はあったのだ。

 ユーザーはただひたすらに、マッチョな男と逞しき女性達を操作するのに飽きていた。画面端に移っただけで悲鳴を漏らすほどのモンスターの造形にも心が耐えられなかった。

 人はパンのみに生きるにあらずと言う通り、人は洋ゲーのみに生きるにあらず。

 彼らは求めていたのだ、ぬるま湯のようなゲームを。緊張感のない冒険を。仮装パーティのような衣装を。あれほど馬鹿にされていたジャパニーズアールピージーを、心の底から欲していた。


 そんな求める声を集めて今、一つのゲームが立ち上がった。その名は『カオスエデン』。

 世界に現れた『まもの』と『まおう』を倒す、王道ファンタジー。VR技術やオープンワールド、クラフト要素を採用しながらも昔懐かしい、ほのぼのとした日本らしいMMORPG。

 それは燻っていた日本全国のゲームクリエイターと多額の予算を投じたビックプロジェクト。最初は冷ややかであったゲーマー達も広報担当者から繰り出される開発映像に胸を躍らされざるをえず、その結果は公式SNSのフレンド数となって顕著に表れていった。

 百が千、千が万になり、そのフレンド数は現在百万。リリース前の公式ゲームアカウントでは異例の登録数であり、この一件も相まって世間では和ゲー待望の新作としてお茶の間でも報道されるに至っている。


 そのサービス開始前のカオスエデン内のとある部屋で今、ある人物が鏡の前で身なりを整えている。


「遂に今日からか……!」


 彼の名はバアドン。カオスエデン内を管理するAIの一人であり、ボスキャラとしてまおう軍四天王を演じている。

 一見すると深緑のローブを身に纏った黒い人影というただの手抜きキャラに見えるが、違う。

 彼の体はいくつもの虫の集合体。蟻に蜂に百足、蝉や蚊など何種類もの虫が彼という存在を構成していると同時に、彼は全ての虫を支配する力を持っている。魔王軍四天王の一人『蟲の王』とは彼のことだ。


 という設定である。実際はゲーム内に登場する様々な虫のテクスチャの集合体を透明な人型に張り付けたものであり『手抜きキャラ』という表現は間違ってはいない。他の四天王と比べれば明らかにデザインに掛かった時間が違う。

 だが、彼はむしろこのデザインを気に入っている。愛している、と言っても良いほどに。それは何故か。


『おい、四天王に一人モブがいるぞ』

『モブだと思って拡大したら画面虫だらけでリアルで悲鳴出たんだけど』

『虫リアルにするくらいだったらキャラデザなんとかしろよ!』


 以上、彼も広報アカウントを持っているSNS『ササヤイター』からの抜粋である。所謂美味しいキャラなのだ、彼は。

 アイドルAIに面白芸人AI。イケメン鬼畜眼鏡系AIやロリババアAIといった魑魅魍魎達が溢れる今の時代、この姿は武器になる。彼はそう確信していた。


「忘れ物、なし! じゃあ行きますかっ」


 そんな彼は何時にも増して気合を入れて自室を出る。目は輝き(外見上目はないが)足取りは軽く、彼は行く。

 記念すべきカオスエデンのクローズドベータテスト開始に向けて。

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