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由美のOD克服日記

この物語は、著者である沢野佳奈美の事実に基づくフィクション小説です。

主人公の上野由美が職場の人間関係やイジメ、親友や彼氏の裏切りで心がすさんでしまい、OD(過剰服薬)をしてしまうところから始まります。

主治医である里見渡のへの由美の「ほのかな恋心」、母との確執や母との人間関係の修復に至るまでのお互いの「心の揺れ」、入院生活の中での由美の「心の葛藤」が描かれております。

この物語でODやリストカットで悩む人達の「支え」になれば嬉しく思います。

 


(1) 

 

 「由美!由美!しっかりして!」

 由美は意識を失って部屋に倒れていた。

 由美の傍らには、大量の薬の空袋や空箱が散乱していた。

 そう。由美は無意識のうちにODをしてしまっていたのだ。

 母はすぐに救急車を呼んだ。

 (由美の記憶はODをしたあたりからなくなっていた。)

 由美はすぐに救急車で海沢総合病院へ運ばれた。

 由美が目を覚ました時は、病室に運ばれており、点滴がつながれていた。

 周りは白い壁で、小さい窓が1つついているだけ。

 かすかに光が差す程度だった。

 目を覚ました由美の周りに、由美の母と若い医師、若い女性の看護師がいた。

 由美の若い医師の印象は「人の良さそうな医師」。

 彼の名札には「海沢総合病院、精神科医、里見渡」と書いてあった。

 彼は由美にゆっくりとこう告げた。

 「由美さんはじめまして。私が由美さんの主治医の里見です。

 ここはどこかわかるかな?」

由美はゆっくりと首を横に振った。

 すると、更に彼はこう告げた。

 「ここは、海沢総合病院に「ひまわり棟」といって、精神科の病棟になります。

あなたは沢山薬を飲んでしまったので、治療に専念するために、ここにしばらくの間入院となります。

何かあったら相談にのりますので、一緒に治療していきましょう。」

 由美はゆっくりと頷いた。

 その後、彼は笑顔でゆっくりと病室を去った。

 その後、一人の若い女性の看護師が笑顔でこう告げた。

 「はじめまして。私が受け持ちになります、相田といいます。

よろしくお願いします。由美さんが元気になるよう、お手伝いをさせていただきます。

何かあったら遠慮なく言ってくださいね。」

 由美は再びゆっくりと頷いた。

 そして、由美はゆっくりと眠りに入っていった。

 こうして、由美の「ひまわり棟」での入院生活がスタートした。

 だが、由美は由美はここでの生活が「苦しく過酷なものである」ことは

この時は知る由もなかった・・・。

 由美の入院生活は、想像をはるかに超える程「辛く、苦しく、過酷なもの」だった。

 24時間行われる点滴。

 大量の薬を服用していた由美は、薬をどんどん外へ出していく必要があったのだ。

 従って、当然ご飯を口にすることすら許されなった。

 また、尿意も近く、何度もおむつ交換をさせられた。

 由美にとって、「オムツでの生活」はものすごく苦痛で、耐えがたいものだった。

 部屋は個室だったが、他の患者さんからの「奇声」とも思われる大声や、他の患者さん同士の会話、

いろんな人達の足音が聞こえてきて、由美にとっては耳を覆いたくなるものだった。

 「何でこんなことになったのだろう。こんなに苦しむくらいなら、いっそあの時、死んでしまえば

よかったのに・・・。」

 そして、由美の目からは、大粒の涙がこぼれ落ちた・・・。


(2)


 あれは今から3か月前。

 振り返れば、由美がODの行動をしたのは「職場内のイジメ」と「信じていた親友や彼の裏切り」が

きっかけだった。

 当時、アパレルショップで仕事をしていた由美の周りは笑顔であふれていて、仕事も充実しており、

毎日が楽しかった。

 ところが、急遽職場の上司が異動で変わったことで、店の方針が180度変わったのだ。

 まず、それまでなかった「個人のノルマ作戦」がスタートしたのだ。

 事務所には「個別売り上げのグラフ」まで貼り出され、

朝礼の時、成績が悪い者はみんなの前で罵声を浴びせられるのだ。

 その影響で、お客様の取り合いまで始まったのだ。

 当然、職場の雰囲気は悪化したのだ。

 内向的で不器用な性格の由美は成績が悪く、上司から叱られていたのだ。

 更に、上司はえこひいきする性格で、自分が気に入った部下をかわいがっていた。

 当然、由美は上司にとっては「目の上のたんこぶ」の存在だった。

 そして、由美を排除しようと「壮絶なイジメ」が由美に対して行われた。

 まず、部下全員に由美を無視する様、上司が脅しにかかったのだ。

 由美は今まで仲間だった同僚、先輩、後輩から無視されるようになった。

 更に、由美の靴が隠されたり、制服が切り刻まれたり、由美のカバンや私服がゴミ箱に捨てられたり。

 また、上司からいつも由美は過酷な残業を強いられていた。

 そのため、帰りはいつも深夜をまわり、由美は心身ともに限界を超えていた。

 そんな由美にも唯一、心の支えがあった。

 つきあって3年になる、彼の正志で大学2年生だった。

 彼とは、高校時代からの付き合いで、同じクラスで仲良くなったのがきっかけだった。

 由美とは正反対で、正志は社交的な性格だった。

 ところが、ここ最近彼から連絡が来ない。

 由美が「会いたい」と言っても、正志は「今は忙しい。」の一点張り。

 由美は思い切って正志の家に行った。

 そこで見たものは、彼が親友の真美と抱き合ってキスをしていたのだ。

 由美は「生きる希望」を失い、家に帰った後、泣きじゃくった。

 そして、由美は大量の薬を服用するのだった。


 (3)

 

 入院してから3日目。

 ようやく点滴も外れ、普通の食事が始まった。

 由美は初めて病院食を口にした時、「決して美味しいとは言えない」味も素っ気もないという印象だった

 その後、由美はゆっくりと病室から出て、病棟内を歩いてみた。

 そこで、由美は大きなショックを受けた。

 まず、入口に鍵がかかっており、簡単に開けることが出来ず、自由に出入りが出来ないのだ。

 また、鍵は入り口だけでなく、所々にも鍵がついている。

 あと、ODの治療で入院した由美は、ほぼ全ての持ち物がナースステーションでの預かりとなった。

 タオル類、化粧水、シャンプー、リンス、洗顔料などなど・・・。

 また、はさみ、刃物類、コード、ひも類の持ち込みが禁止になっており、

洋服や下着でもひもがついているものは持ち込みNGだった。

 テレビは食堂のデイルームに1台のみ。

今までの様に自由にテレビを観ることは出来なかった。

 また、この病棟では、携帯電話、タブレット、スマートフォン、DVDプレーヤー、パソコンなどが

持ち込み禁止だった。

今まで動画やDVDを鑑賞することが楽しみだった由美にとっては、「最大の苦痛」ともいえよう。

 連絡手段は病棟内の公衆電話からのみだった。

 ここでの病棟では全ての行動において、「主治医の許可」が必要になってくる。

 外出、外泊はもちろん、面会に至るまで・・・。

 買い物は看護助手に依頼して買ってきてもらうのだ。

 しかし、自由に物が手に入る訳ではなく、そこでも看護師のチェックが入るのだ。

 また、由美はほぼ全ての行動に制限がついた。

入浴も見守りが必要で、毎日入浴ができるわけではなかった。

入浴時間も決まっており、自分の好きな時間に入れる訳ではない。

 消灯時間は夜9時30分と決まっており、夜遅い時間に寝ていた由美はなかなか寝付けられず、

辛い日々が続いた。

 こうして由美は「ODの治療」のため、慣れない入院生活を強いられるばかりか、

「自由の権利」を失うことになった。

 由美のこことは限界に達していた。

 他の患者さん達と会話をするどころか、病室内から出ることもできず、

ベット上でひきこもる生活が続いた。

 こうして、里見先生の最初の診察を迎えることになった。

 やがて、1週間がたって、里見先生の最初の診察が始まった。

 診察は週1回、病棟内の診察室で、主治医の里見先生、看護師、由美の3人で行われる。

 里見先生は由美に穏やかな表情でゆっくりとこう言った。

 「入院して1週間がたちましたが、調子はどうですか?」

 里見先生は、食事は食べれているか、睡眠はとれているか、などを由美に尋ねた。

 由美は、病院生活になかなか慣れられず、悩んでいることを伝えた。

 由美が自分の思いを伝えると、里見先生と看護師はまるでメモを取るかの如く、

それぞれのパソコンに入力していった。

 里見先生は穏やかな表情でこう言った。

 「1週間たったばかりなので、ゆっくりと治療していきましょう。」

 こうして、入院してから最初の診察は終わった。

 由美はこれからの治療生活に不安を抱いていた。

 ここから由美自身の「闘い」が始まるのであった。


 (4)

 

 入院してから約1か月がたった。

 入院生活にもようやく慣れてきた由美は、少しずつ気持ちに落ち着きを取り戻していった。

 里見先生の診察は、週1回の診察に加えて、毎朝の回診のため、由美の病室に来るのだ。

 ほんの2、3分の時間だが、里見先生と由美の2人だけで会話が出来るのだ。

 内向的な由美にとって、実は週1回の診察より、毎朝の回診の方が本音を話せる時間でもあった。

 そして、いつしか由美は里見先生に心を許すようになる・・・。

 里見先生はゆっくりと由美の思いに耳を傾けた後、笑顔でこう言った。

 「焦らず、ゆっくりと治療していきましょう。」

 そして外来の診察のため、里見先生は病室を去った。

 ところが、由美には「最大の悩み」があった。

 それは、看護師に心を開くことが出来ないのだ。

 由美自身の内向的な性格と、かつて職場で受けた「壮絶なイジメ」と「彼や親友からの裏切り」から

くるショックで心を閉ざしていた。

 由美の中では「看護師=敵」と思い込んでいたのだ。

 由美はナースステーションの看護師に勇気を出して、自分の思いを訴え続けた。

 ところが、忙しさも手伝って、なかなか「由美の思い」は看護師の心に届かない。

 そして、最後には「里見先生に確認してから。」で片づけられてしまう。

 由美は更に勇気を振り絞って、看護師に懇願した。

 「里見先生を呼んでほしい。」

 すると、看護師は冷たくこう言い放った。

 「里見先生は今忙しいから、診察の時にしてください。」

 内向的な性格の由美が、この過酷な状態で勇気を振り絞って思いを伝えることは、

かなりのパワーと神経を使ってのことである。

 その思いをいとも簡単にはねのけられたのは、由美にとってのショックの大きさは想像を超えるものだ。

 でも、看護師も決して悪気があってではない。

 由美と同じ様な思いを患者のほぼ全員が抱いている。

 1人の思いを聞いていたら、収拾がつかなくなるのだ。

 ところが、由美にはそのことを受け入れるだけでの「心の余裕」がなかったのだ。

 由美の心の中に「不安」と「苛立ち」が増していった。

 そして、由美はそんな自分を抑えることが出来なくなり、「とんでもない行動」をしてしまうのだ。

 そして、そのことで由美は更に自分自身を苦しめることになった・・・・。


 (5)


 ある日の夜、夜勤の看護師が由美の行動を見て、慌てて止めに入った。

 それは、由美が食堂に置いてあったハンドソープを飲もうとしたのだ。

 夜勤の看護師は由美からすぐにハンドソープを取り上げた後、主治医の里見先生に連絡を入れたのだ。

 由美はすでに冷静さを失っており、心の中で「私なんかいない方がいい。」「私は消えた方がいい。」と

いう気持ちになっていた。

 30分後、里見先生が到着した。

 里見先生は穏やかな表情で診察室で待っていた。

 夜勤の看護師から事情を聞いた里見先生は静かにこう尋ねた。

 「どうしてこんなことをしてしまったのかな?」

 由美は泣きながら里見先生に訴えた。

 「今の生活が苦しくて辛いことを誰にも言えなかった。迷惑をかけてしまってごめんなさい。」

 すると、里見先生は静かに、だが厳しい内容を由美に伝えた。

 「今回、この件に関しては注意だけにとどめておくけど、今後こんなことをしたら、

より厳しい対応をしないといけない。

僕はそんなことしたくないし、由美さんもこれ以上自由を奪われるの嫌だろう。

だから、もうこんなことはしないでほしい。僕との約束だ。」

 そして、里見先生は穏やかな表情でこう言った。

 「大丈夫。僕は由美さんを見捨てたりしないから・・・・。」

 由美は涙を流しながら大きく頷いた。

 この事件がきっかけで、由美の里見先生への思いが変わっていった・・・・。


 (6)


 あの事件以降、由美の里見先生への思いが変わっていった。

 何故か、毎朝の回診を心待ちにしている由美自身がいた。

 そして、里見先生と話をするとドキドキして、なんとなく気持ちが落ち着かなくなっていた。

 更に気づけば、由美は里見先生の姿を目で追っていた。

 「なんだろう?このソワソワした気持ちは・・・・。ひょっとして私は里見先生に・・・・。」

 そして、由美は里見先生あてに思いを込めて手紙を書くことにした。

 レターセットがない由美はノートの切れ端に里見先生への思いを込めて書き綴った。

 *里見先生が「かけがえのない大切な存在である」こと

 *毎朝の回診を心待ちにしていること

 *あの事件の時の由美自身の本当の思いなどなど・・・。

 手紙を書き終わったあと、朝の回診で里見先生が来るのを待った。

 やがて、里見先生が来たその時、由美はいつもの倍以上の勇気を振り絞ってこう言って、手紙を渡した。

 「里見先生、サプライズです!!」

 里見先生はすごくビックリしたが、その場で読み始めた。

 だんだん手紙を読んでいくうち、里見先生の顔は真っ赤になって照れていた。

 そして、恥ずかしそうな表情でこう言った。

 「わぁ~!!どうしよう!!僕はこういう手紙もらったことないから・・・・。本当にありがとう!!」

 こうして、由美と里見先生の「幸せな時間」が流れていった。

 しかしこの後、「第2の事件」が起きようとは由美自身知る由もなかった・・・・。 


 (7)


 由美は里見先生に手紙を渡して以来、里見先生との距離が少しずつ縮まっていった。

 毎日、幸せな日々が続いている。

 「このまま幸せな日々が続いたらいいな・・・・。」

 そう由美は思い、里見先生との「幸せな時間」を感じることが出来るのを嬉しく感じた。

 ところが、そんなときに「悪魔」が由美の心を襲った。

 由美が再び「第2の事件」を引き起こすことになった。

 そして、その事が由美にとって、「致命傷」となり、看護師だけでなく、

里見先生を失望させ、信頼も失うことになった。

 「第2の事件」・・・それは前回同様、夜に起きた。

 由美は何故か再び「死にたい」という衝動に襲われた。

 由美は自分自身の中の「悪魔」と闘い続けた。

 「死にたかったらやってしまえ!」という「悪魔」と「里見先生との約束を守って!!」という天使が

ずっと由美の心の中で闘い続けた。

 ところが、由美は自分の中の「悪魔」に負けてしまったのだ。

 気づけば、枕カバーを折りたたんでひも状にし、首を絞めたのだ。

 巡室中に見つけた夜勤の看護師は慌てて枕カバーを取り上げ、険しい表情で里見先生に連絡した。

 その時間は夜10時を回っていた。

 やがて30分後、里見先生が到着し、診察室にいた。

 由美が診察室に到着した時、自分自身に失望してこう思った。

 「何で自分はこんなことをしてしまったんだろう・・・。私は先生との約束を破ってしまった・・・。」 里見先生の表情は前回の時とは違い、険しく厳しいものだった。

 そして、いつもの里見先生とは別人の様に厳しい口調で由美にこう告げた。

 「由美さんは僕との約束を破った。このままこのような状態が続くと、医師と患者の信頼関係が保てなくなる。ここでの由美さんの治療の継続が難しくなる。だから、本当に今度こそもうやめてくれ!!」

 この時、由美の心は「自責の思い」と「失望な気持ち」でいっぱいだった・・・・。 


(8)


 あの悪夢の出来事から、由美は自分がやってしまったことに関して、自分を責める日々が続いた。

 「私は先生との約束を破ってしまった。もう、私は先生から見捨てられてしまったんだ・・・・。」

 里見先生は、由美を見捨てずにずっと毎朝の回診に病室に来てくれたのだ。

 普通なら見捨てられても仕方ないのに・・・・。

 「もう、朝の回診には来てくれないんじゃないか・・・・。」

 由美はもうそう思っていた中で、由美が約束を破ったのに、

里見先生が毎朝の回診に来てくれたことに感謝の気持ちを抱いていた。

 と同時に、由美のことを諦めずに見守り続ける人がもう1人いた。

 それは、受け持ち看護師の相田幸恵だった。

 彼女は、由美の行動に胸を痛めていた。

 ある日、幸恵は由美にこう言った。

 「私は決して諦めていないから。由美さんが立ち直るまでずっと見守っているから。

だから、由美さんも諦めないで欲しい。由美さんは決して一人でないから安心してほしい。

私は由美さんが立ち直るのをずっと願っているから。一緒に頑張ろうね。

困ったことがあったら、気軽に相談してね。私もできる限り、力になるから・・・・。」

 里見先生と幸恵が見捨てずに見守ってくれているのを知って、由美は強い決心をした。

 「私は何度も里見先生との約束を破った。私の衝動的な行動の為に、皆さんに迷惑をかけてしまった。

大半の看護師の人達が見捨てている中で、幸恵さんだけは見捨てずに見守ってくれている。

 里見先生も見捨てずにずっと朝の回診に来てくれている。

 今度こそ克服しなきゃ!!

 克服して、里見先生や幸恵さんの笑顔が見たい。

 克服しなきゃ、里見先生に思いを伝えたことが全部嘘になる・・・・。

 だから今度こそ、克服するぞ!!」

 この後、由美は里に先生と2つの約束をした。

 ※絶対にはやまった行動はしない。

 ※どんなに苦しくても里見先生のオフの時間や忙しい時には絶対に呼ばない。

 それ以降、由美はずっと里見先生の為に、幸恵の為に、約束を守り続けた。

 その間も苦しい出来事は沢山あった。

 はやまった行動をしようとした時期もあった。

 でも、由美はひたすら耐え続けた。

 耐え続けて乗り越えていった。

 こうして由美は少しずつではあるが、里見先生や他の看護師との信頼関係を取り戻していった。

 やがて、調子が安定してきた由美。

 少しずつであるが、由美にも笑顔が見られるようになり、他の看護師にも心を開くようになった。

 その後、由美は「新たな出会い」をすることになる・・・・。 


(9)


 由美の状態も安定してきた頃、師長より部屋変えをするように言われ、

由美は部屋変えをすることになった。

 そこで、由美は1人の女性と「新たな出会い」をすることになる。

 彼女の名前は「佐草美智子」。専業主婦をしている。

 彼女はリストカットの癖が抜けきれず、入院していたのだ。

 由美と同じ年代と言うこともあり、彼女と意気投合し、すぐに仲良くなった。

 由美と美智子は時間があれば、いつも話をするようになった。

 ある日、美智子は由美が左手首にしていたブレスレットを見て、笑顔でこう言った。

 「わぁ~!!素敵なブレスレット!!どうしたの?そのブレスレット。」

 すると、由美は笑顔でこう言った。

 「あっ、これ?これは誕生日に作ってもらったオリジナルのブレスレットなの。

デザインは私が考えたんだ。」

 すると、美智子は笑顔でこう尋ねた。

 「へぇ~。すごいなぁ~!私にも作れるかな?」

 由美は作ってもらった店を美智子に教えた。

 すると、美智子は笑顔でこう言った。

 「ありがとう。私と旦那の分と一緒に作ってもらおうかな?」

 由美と美智子が楽しそうに話をしている時、1人の若い男性が荷物を持って現れた。

 彼の名前は「佐草弘」。美智子の夫である。

 美智子と弘は結婚して3年になり、美智子の心の支えになっていた。

 美智子には1歳になる女の子がいた。

 子供の名前は「奈々」。 

 弘が仕事の時は弘のお母さんが見てくれているとのこと。

 美智子は由美に子供の写真を嬉しそうに見せてくれた。

 弘は、システムエンジニアの仕事をしており、時間の合間を見つけては美智子の着替えを持って来たり

身の回りのことをしてくれていたのだ。

 その姿はとても微笑ましいものであり、由美は二人の姿を見てこう思った。

 「私もいつか、幸せな結婚がしたいなぁ~。」

 こうして、由美は美智子と「楽しい時間」を過ごしていった。

 そして、里見先生の診察の時、状態が安定してきた由美にこうアドバイスをした。

 「由美さんの状態も安定してきたので、そろそろ病棟内を歩いてみませんか?

また違った景色が見れて、気分転換になりますよ。」

 こうして由美は「新たな喜び」を感じることになった・・・・。


 (10)


 里見先生からアドバイスがあった翌日、由美は初めて病棟から出てみた。

 最初は人の多さにビックリし、戸惑いを感じていた。

 最上階に上がってみると、そこは病院から見えてくる「街の景色」に由美は感動した。

 「こんな気持ちよく感じたのはホント久しぶり・・・・。」

 由美は改めてそう感じている「自分自身」がいることに気づいた。

 その後、由美は1階の売店に行ってみた。

 売店には食料品から入院生活に必要なもの、雑誌類に至るまで取り扱っていた。

 由美はそこで「おやつのプリン」を2個買った。

 今までは看護助手にお願いしていたが、これからは自分で好きなものを買える「喜び」を感じていた。

 その後、入浴も1人で入浴時間内に初めて入った。

 集団生活なので、完全に一人という訳にはいかないが、今までスタッフの人が見守りでの入浴だったので、時間内にしかも毎日入浴できるので、ゆみにとっては気持ちよかった。

 「毎日入浴ができる」

 由美はここでも「喜び」を感じた。

 でも、よく考えてみれば、それはごくごく当たり前のことだった。 

 今まで普段の日常生活の中で出来ていたことが、今回の入院により出来なくなっていたので、

由美は自分が想像していた以上の「喜び」を感じることが出来た。

 「新しい入院生活」に変わって1週間がたった。

 由美は「ほぼ普通な入院生活」が送れるという「自由」を取り戻すことが出来た。

 そして、里見先生の診察の時、里見先生からこうアドバイスをされた。

 「院内での散歩も慣れてきたので、今度は外に出てみましょうか?

外に出ると、人の気配や自然の空気を感じることが出来て気持ちいいですよ。

由美さんにとって、よいリハビリになりますよ。」

 ODで入院して以降、1回も外に出たことがなかった。

 由美にとって「外に出る」という事はとても勇気のいる事であり、恐怖すら感じていた。

 由美は親友の美智子に相談をした。

 美智子は由美に笑顔でこう言った。

 「せっかくの機会だから外に出てみたら?外は気持ちいいよ。

人や自然の風を感じることが出来て楽しいよ!」

 それは、以前外泊で外に出たことのある美智子だからこそ言える言葉であった。

 由美は外出届を書き、ナースステーションに届を出した。

 主治医の里見先生からの許可も出て、由美は久々に今度の日曜日に外出することになった。

 そこには病院生活では得られなかった「新たな喜び」を由美は感じることになる・・・・。


(11)


 今日は日曜日。外は晴天に恵まれ、まさに外出するのにピッタリの日だ。

 いよいよ、母との久しぶりに外出する日だ。

 由美は外出できることで、不安に感じる反面、「楽しみ」という気持ちもあった。

 由美に与えられた外出時間は、午後1時~午後4時までの3時間である。

 1時ごろに母が病室に到着した。

 看護師から、外出届の控えをもらった由美は、母と一緒に外出をした。

 外は爽やかなそよ風と、すがすがしい晴天に恵まれ、由美にとってはとても心地よかった。

 最初は人の多さに戸惑いを感じていた由美だったが、徐々に「人の多さ」にも慣れてきた。

 由美が病院を出て、一番最初に、宍道湖周辺にドライブに行った。

 天気がよかったというのもあり、宍道湖の水辺がキラキラと輝いていた。

 「こんな素敵な景色を見れるなんて、なんて素敵な日なんだろう・・・」

 由美は宍道湖の景色を見ながら感動していた。

 今までの自分自身では考えられない、久しぶりに味わう感情だった。

 ついこの間までは、外の光を浴びる事すら苦痛で仕方なかったのに・・・・。

 由美の心の中では「何か」が変わりつつあった。

 その後、由美は前から行きたかった、宍道湖沿いにある、イタリアンレストランに行った。

 そこは入院前によく通っていたレストランで、パスタセットが美味しくて評判のお店だった。

 由美は久々にパスタセットの「カルボナーラ」を注文した。

 病院ではパスタは食べれないので、久々に食べる「カルボナーラ」は格別だった。

 また、宍道湖の景色が綺麗だったので、由美の心は久しぶりに「幸せな気持ち」であふれていた。

 イタリアンレストランを後にした由美が次に行きたかったのは、

大型ショッピングセンターで買い物がしたかった。

 前から洋服が欲しいと思っていた由美は、色々な洋服屋さんを回って、洋服を見ていた。

 そして、あるお店で由美はお気に入りのデザインのTシャツを2枚買った。

 由美の中では、物を買うことより、色々なお店を回って洋服を見ることが出来る

「楽しみ」の方が大きかった。 

 Tシャツを買った後、由美はCDショップに行った。

 そこで、前から欲しかったアーティストのアルバムを買った。

 ポータブルCDプレーヤーは既にナースステーションで預かってもらっていたので、

欲しかったCDの音楽を聴ける「もう一つの楽しみ」を感じることが出来た。

 こうして、あっという間に約束の3時間が終わろうとしていた。

 由美は約束の時間に間に合うように、病院に向かった。

 今回の外出は、由美にとってとても新鮮で忘れることの出来ない「楽しい時間」を過ごすことができた。 やがて、由美は約束時間通り、病棟に戻ってきた。

 戻った後、早速看護師による「荷物チェック」が行われた。

 Tシャツは特に問題なく由美に渡されたが、CDについては「消灯時間までに返却する」という条件で

ポータブルCDプレーヤーと一緒に渡された。

 こうして、由美は何回か外出を繰り返し、外の空気や人ごみに少しずつ慣れていった。

 やがて、里見先生の診察の時、里見先生からこうアドバイスを受けた。

 「外の空気にも慣れてきたので、ここでそろそろ退院に向けて家に外泊をしてみましょう。」

 由美は里見先生からのアドバイスを受けて、外泊をするのだった。

 しかし、それは由美にとって「最大の苦痛」そのものであった・・・・。


 (12)


 里見先生のアドバイスを受けて、由美は退院にむけて「自宅での2泊3日の外泊」をすることになった。

 出発日は、今週の金曜日の午後1時に出発し、日曜日の午後5時までに戻ってくるという予定だ。

 今回の外泊は、由美にとって「とても苦痛なもの」であるのと同時に、

「最大の試練」といえる出来事だった。

 何故なら、子供の頃から両親は由美に厳しくあたっており、

何かと成績優秀な弟と比較されつづけてきたからだ。

 由美は両親のことを恨み続けてきたのだ。

 それは社会人になってからも変わらず、一流大学に進学した弟に比べ、専門学校卒業後、アパレルショップで仕事をしている由美を両親は決してよく思わなかったのだ。

 自宅に帰ったとき、由美の母は由美に当たり散らすようにこう言い放った。

 「何であなただけ恥をかかせるようなことをするの?死んだ父さんに申し訳がないわ!!

あんたなんか産まなきゃよかった・・・・!!」

 由美の父は去年の夏、肺がんで他界していたのだ。

 由美は母の言葉を聞いた途端、ガラスの心がもろくも壊れていった。

 そして、由美は自分の部屋に閉じこもって、ひたすら泣き続けた。

 母の言葉を聞いて、由美は生きている自分に失望してこう思った。

「やはり、私はいらない存在なんだ。生まれてこない方がよかったんだ・・・・。」

 由美の周りにはカッターナイフや薬が沢山あった。

 由美は部屋にあった薬を多量に服用しようとした。

 ところがその時、由美の脳裏には「里見先生との約束」が蘇った。

 このまま外泊を続けるのは危険だと感じた由美は、すぐ病棟に電話を入れて、

病棟に戻る旨を看護師に伝えた。

 こうして、由美は2泊3日の自宅での試験外泊が出来ないまま、その日の夕方病棟に戻ることになった。

 由美は泣きながら看護師に状況を説明し、自分の病室に戻った。

 その後、里見先生も病棟に来た。

 今回の外泊の失敗の出来事で、後に親子の絆が深まることとなる・・・・。


 (13)


 外泊初日に泣きじゃくって病棟に戻ってきた由美を見て、里見先生は心配になり、

由美を診察室に呼んだ。

 里見先生は、穏やかな表情で由美に、今日何があったのかを尋ねた。

 由美は泣きじゃくって、こう言った。

 「母から成績優秀な弟と比較されたこと、産まなきゃよかったって言われたことなど・・・。」

 すると、里見先生は穏やかな表情でこう返した。

 「そうでしたか。由美さんもすごい辛い思いをされましたね。気持ち痛いほどわかりますよ。

 由美さんはそんな辛い状況の中でも、ODやリストカットをせずに戻ってきてくれた。

 僕との約束をきちんと守ってくれて、僕は嬉しいですよ。

 よく頑張られましたね。」

 更に、里見先生は続けてこう付け加えた。

 「今回の試験外泊は失敗に終わりましたが、今日のことは今後由美さんにとっておおきくつながっていくと思います。だから、自信を持ってください。」

 すると、由美は泣き止んでゆっくりと頷いた。

 その後、里見先生は由美の母を診察室に呼んだ。

 里見先生は由美の母に、ゆっくりと穏やかにこう言った。

 「お母さんの苦しみや辛さもわかります。

 今回、由美さんがこのようなことで入院されて、ショックな気持ちもわかります。

 でも少しずつですが、由美さんは成長してきてます。

 今が一番由美さんにとって、大切な時期です。

 由美さんが一生懸命頑張っている姿を、身近な存在であるお母さんが見守ってあげることが

大切だと思いますよ。」

 由美の母は神妙な面持ちで、里見先生の話を聞き、こう思った。

 「私は世間体や弟のことばかりきにかけて、由美の気持ちをわかってあげることが出来なかった。

 由美につらくあたってばかりいた。

 私のせいで由美は今まで辛い思いをしてきた。

 だから、これからは少しでも由美の気持ちをわかってあげなきゃ・・・。」

 診察室から戻った母は由美に涙を流しながらこう言った。

 「由美。今まで辛い思いさせてごめんね。」

 すると、由美の目からも涙がこぼれ落ちた。

 この事がきっかけで、親子の絆が深まっていった。

 その後、何回か試験外泊を繰り返していき、家の環境に慣れていった。

 こうして退院にむけての治療は進んでいき、物語はいよいよクライマックスを迎えることとなる・・・。


 (14)


 試験外泊を通して、由美と母との関係が修復してきた。

 そして診察の時、里見先生は由美に笑顔でこう伝えた。

 「これまで入院治療を続けてきましたが、状態もよくなりましたし、お母さんとの関係も修復できたので、そろそろ退院しても大丈夫ですよ。」

 由美は里見先生の言葉を聞いて、複雑な思いでいっぱいだった。

 確かに退院して自宅に帰れるのは嬉しい。自由も取り戻せる。

 でも、それは里見先生との「別れ」をも意味していたのだ。

 由美にとって里見先生は「心の支え」であった。

 「大切な存在の人と別れるなんて耐えられない。」

 由美は寂しく悲しい思いを抱いていた。

 その一方で、由美は自分にこう言い聞かせていた。

「出逢いがあれば、必ず別れはやって来る。

 いつまでも入院生活を送る訳にもいかず、早かれ遅かれいつかは退院しないといけないのだ。

 それならば退院して、里見先生と笑顔でサヨナラしよう。

 その方が里見先生も喜ぶに違いない・・・・。」

 その後、母と相談をして、退院は今週の土曜日の午後2時ごろに決めた。

 由美は前の日の夕方、里見先生と受け持ち看護師の幸恵にお礼の手紙を書いた。

 「感謝の気持ちで、入院生活を振り返りながら・・・・。」

 思い起こせば、入院生活の中で、色々な出来事があった。

 ※里見先生や幸恵、親友の美智子との出逢い。

 ※何回も自殺をしようとして、里見先生や看護師の皆さんを失望させたこと。

 ※里見先生の診察と朝の回診で感じた「小さな幸せ」。

 ※里見先生に自分の思いを伝えた事。

 ※外泊中に起きた事件がきっかけで、母との関係が修復したことなど・・・・。

 色々な出来事が「1つのドラマ」の様に由美の中で蘇っていった。

 やがて、退院当日を迎えた。

 最後の回診の時、由美は里見先生に手紙を渡した。

 里見先生は笑顔で「ありがとう。」と言って受け取った。

 その後、由美は退院に向けて荷物を片づけた。

 午後2時頃、母が病棟に到着した。

 受け持ち看護師の幸恵から薬の説明を受けた。

 通院は、由美の希望通り「さくらクリニック」に受診することにした。

 由美と母はスタッフの皆さんに「お世話になりました。ありがとうございました。」と深々と頭を下げ、お礼の言葉を言った。

 すると、病棟に里見先生が駆け付けた。

 由美は里見先生にお礼の言葉を言うと、里見先生は穏やかな笑顔でこう言った。

 「無理せず、少しずついきましょう。」

 由美は幸恵にお礼の手紙を渡すと、笑顔で幸恵はこう言った。

 「ありがとう。由美さんも元気でね。」

 こうして、由美の「ひまわり棟」での入院生活は終わった。

 外は天気がよく、爽やかなそよ風が由美にとって心地よかった。

 それは、まるで由美の「これから」を暗示しているかの様だった・・・・。 




   


   

 

 


 


 

今回の物語はいかがでしたでしょうか?

今回は由美の「心の揺れや葛藤」と主治医こと里見渡との出会いで、由美が1人の人間として成長していく過程を中心に書かせていただきました。

尚、この「ひとすじの光をさがして」は引き続き連載小説として、由美や渡を中心にしてお互いの「心の揺れ」や「表情」を描いていく予定です。

どうぞ、おたのしみ・・・・!!

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