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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第二章 皇帝陛下の秘密
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「そうそう、隠している理由だったな。簡単なことだ。余の姿を見て誰が皇帝だと思う?」

「え?」


 すっかりレオノーラの存在を忘れていたところへぶつけられた疑問に、クレメーヌはハッと顔をあげる。そこには悲しげに眉をひそめ、皮肉気に笑うレオノーラがいた。


(いけない。今は皇帝陛下と話してる最中だったんだわ)


 悩むのは部屋へ戻ってからしよう。クレメーヌはレオノーラに気づかれぬよう、小さく居住まいを正した。


「そなただって余を見て皇帝だとは思わなかっただろう?」


 自虐的に話すレオノーラにどう応えていいかわからず、クレメーヌはリーンハルトへ助けを求める。しかし彼はレオノーラの背後で両手を上げ、肩を竦めるだけだった。


「ええっと、つまり、ただでさえ年も若いのに、女帝だとばれれば威厳がなくなるからリーハルト様が身代わりになっているということですか?」


 レオノーラが紅茶を飲みながら目だけで頷く。その表情はどこか諦めているような、寂しさを感じた。


 茶会のときに守ってあげたいと思ってしまうほどの可憐さだ。誰がこの姿を見て冷酷で無慈悲なグラジスドラゴ帝国の皇帝だと思うだろうか。レオノーラの言うとおり、年若いとはいえ、上背もあり体格もしっかりとしたリーンハルトのほうが確かに納得できる。


(こんな大国を率いているレオノーラ様も見た目で苦労なさっていたのね)


 自分とは規模が違うかもしれない。それでもレオノーラに同志のような、親近感が湧いてきた。


(そうよ。レオノーラ様のような方だってコンプレックスを持ってるんだもの。私がただの仔豚になるのも仕方ないことなんだわ)


 レオノーラの秘密を知り勇気をもらったような気がする。クレメーヌは尊敬の眼差しを彼女へ向けた。


「あの! 私、応援します。レオノーラ様のことを! そしていつか皇帝陛下が女性だってことを国民に打ち明けられる日がくることを祈っています」


 机に手をつき前のめりでレオノーラに宣言する。彼女のつぶらな蒼灰色の瞳がさらに大きな丸になった。


「あ、あぁ、ありがとう。それよりも座ったらどうだ?」

「あ、すみません」

「いや、かまわない」


 興奮しすぎて無意識に席を立っていたようだ。クレメーヌがしずしずとソファに座り直すと、レオノーラの背後でうずくまるように消えたリーンハルトの笑い声が聞こえてきた。


「ブハッ。クックックック」

「……リーン、いい加減に後ろで笑うのはやめろ!」


 眉間にシワを寄せ怒鳴るレオノーラの背後から、顔をにやつかせたリーンハルトが再び姿を現した。


「あー、笑った、笑った。クレメーヌ姫は面白いお方ですね」


 目の端にたまった涙を拭いながら、リーンハルトににこりと微笑まれる。クレメーヌはその爽やか笑みにドキリと胸を高鳴らせた。自分の好みではないとはいえ、色男に免疫がないのだから仕方ないだろう。クレメーヌは目線をレオノーラへ移す。同時に、話題も変えることにした。


「ところでレオノじゃなくて皇帝陛下。女性である陛下がなぜ妃候補を選ばれたのでしょうか?」


 レオノーラは持っていたティーカップとソーサーをテーブルへ置き、ジッとこちらを見つめてきた。キリッとした鋭さをもつ眼差しは、茶会で守ってあげたいと思っていたことを撤回したくなるほど力強いものだった。すべてを見透かされているような気分にさせられる蒼いクリソコラのような瞳に、クレメーヌは蛇に睨まれた蛙の気分にさせられた。


(もしかして訊いてはいけないことを訊いちゃったのかしら?)


 背中に嫌な汗を感じる。だがここで視線を逸らしてはいけないように思え、クレメーヌは怯む気持ちを抑えながらレオノーラを見つめ返した。どのくらい経ったのだろうか。長い間だったような気もするし、短い間だったようにも思える。レオノーラは、背もたれへもたれかかると長いため息を吐いた。


「余のことがバレてしまったのだから秘密が一つ二つ増えたところでそう大差もないだろう。それと余のことはレオノーラのままでよい」

「あ、はい。あの、機密事項の話でしたら言わ」

「膿を出そうと思ってな」


 帝国の秘密をこれ以上知るのは怖い。ましてやそのせいで帝国に目をつけられるくらいなら聞かないほうがいいに決まっている。そう思い断ろうとした言葉は、皇帝自身によって遮られてしまった。


 意味深で、けれども漠然としすぎる言葉に、クレメーヌは思考を停止させる。それがレオノーラにも伝わったらしい。くすりと小さく笑い、話を続けた。

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