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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第二章 皇帝陛下の秘密
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   ※※※


「え? つまり本当の皇帝陛下はレオノーラ様で、そちらにいらっしゃるリーンハルト様は陛下の近衛だということですか?」


 喉を潤そうと持ち上げたカップが動揺のあまりガチャリと音を立てる。


 あのあとレオノーラから、扉の前で話すこともないと言われ室内に招かれ、クレメーヌはこげ茶色のテーブルを挟んでレオノーラと対面していた。持参したクッキーと主に代わってアンニが入れてくれた紅茶を味わう暇もなくもたらされた事実にあ然とする。あんぐり口を開け、レオノーラと彼女の背後を守るように立っているリーンハルトの顔を交互に見つめた。


「改めましてクレメーヌ様。私の名はリーンハルト・ハーツォーク・フォン・ヴォーリッツ。ラウリ様の近衛をしております。以後お見知りおきを」

「こ、こちらこそ」


 胸に手をあて優雅お辞儀をしてくるリーンハルトへ、クレメーヌはぎこちなく目礼する。


(座ったままでいるときの淑女の礼ってあれでよかったのかしら? あんな挨拶公国じゃされたことがないからわからないわよ!)


 何せ日常のほとんどが人間ではなくヤギと一緒に過ごしているのだ。服装だって今着ている格式ばったドレスではなく、アンニのような動きやすい格好をしている。そんな人間がちゃんとした礼儀作法を覚えているわけがない。


(ああ、お母様の言うとおりにもっとちゃんと勉強しておけばよかったぁ)

「言うまでもないが」

「ひゃい!」


 気が動転していたところへ聞こえてきたレオノーラの言葉に、声が裏返る。レオノーラは一瞥したのち、何事もなかったかのように話を続けた。


「他の候補者たちにはもちろんのこと公国の方々にもこの件については他言無用だ」


 レオノーラの命令慣れした言い方に、クレメーヌは彼女こそがグラジスドラコ帝国の皇帝なのだということを実感する。


「は、はい! それはもちろん! ……ですがなぜレオノーラ様が皇帝だということを隠しているのですか? 女王が治めている国は他にもあるじゃないですか」

「ぶっ」


 素朴な疑問を口にすれば、リーンハルトが口へ手をあて紺色の無地がはめ込まれたソファの後ろに消えた。


「え、リーンハルト様大丈夫ですか?」


 具合が悪くなったのかと席を立とうとすると、目の前に座っているレオノーラが手をあげて制止してくる。


「大丈夫だ。気にするな。……リーン、笑いたければ笑えばいい」

「アハハハハ、ゴメン。でも、ダメだ。おっかしー。女王って、ぷっ、くっくっくっく」


 レオノーラが声を低く発すると同時にけたたましい笑い声が室内に木霊する。リーンハルトが消えたのは、笑いをこらえるためだったらしい。自分の発言のどこが彼の琴線に触れたのだろうか。クレメーヌはわけのわからない状況に困惑する。


「あ、あの何か失礼なこと言ってしまいましたか、私?」

「いや、大丈夫だ。問題ない」

(そんなしかめっ面で言われても説得力がないんですけどー)


 膝においてある手はわなわなと震え、明らかに怒っているという形相だ。背筋に嫌な汗が流れた。これが原因で公国との関係が悪くなってしまってはたまったものではない。


「本当に気にしなくていい」


 今にも泣きそうだったのがわかったのか、レオノーラが苦笑しながらこちらを見た。


(……キレイ)


 自分の茶色の瞳とは違う、宝石のようなレオノーラの蒼灰色の瞳に引き込まれそうになる。


 見つめあうことしばし、レオノーラのほうが先に目を反らした。


「あーっと。話を戻そう」

(なんで女の子と見つめ合って顔が熱くなるのよ、私!)


 クレメーヌは戸惑いを誤魔化すように、冷めてしまった紅茶を一気に飲んだ。


「あ、あの話の腰を折ってしまい申し訳ありません」


 落ち着きを取り戻したところで謝罪を口にすると、レオノーラがクッキーを手に取っていたところだった。


「いや、かまわない。それにしても姫が持ってきてくれたクッキーはこのバーレ紅茶によく合うな」


 普段であれば持参したクッキーをさらに売り込もうと躍起になっていただろう。だが、最後に告げられたレオノーラの言葉に、クレメーヌは宣伝文句とは別のものを発していた。


「この紅茶はバーレ紅茶なんですか?」

「ああ。そうだぞ。バーレ紅茶をベースとしたフレーバーティーだ。といっても今の余は没落しそうな公爵の娘という設定だからな。茶会で出てくるような献上される紅茶ではなく、ゴルディ商会が市井に卸している紅茶だがな」


 朗々と語られる言葉に愕然とする。


(まったく気づかなかったわ。そりゃ、緊張してて味なんか全然わからない状態だけど……でもだからって)


 我慢するくらいなら好きなものを食べる。そう言い続けながら食べきたおかげで開花した、『一度食べたものの味は覚えている』という唯一の取り柄が通じなかったのだ。この取り柄を痩せない体の慰めにもしていたのに。


(どうしようこれからは『味のわかる』仔豚じゃなくて、『ただの』仔豚になっちゃう)


『味のわかる仔豚』はクレメーヌが公国にいるときに影で言われ続けてきた悪口だった。しかし、仔豚の前についていた言葉のおかげでクレメーヌは卑屈にならずにすんだ。『味のわかる』とついているだけで、太っている自分でも認めてもらえたような気分になったからだ。それなのに、バーレ紅茶の味に気づけなかった。


(これから何を取り柄にすればいいの? できれば太っていることを活かせる取り柄がいいんだけど、そんなのあるかしら? 近くにいると温かいとか? でも暑いときには倦厭されそうよね……あー、何かないかしら)


 俯きながら思案しているのをよそに、レオノーラはそのまま話を進めた。

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