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「はぁー、やっぱり茶会は女の戦いっていうけど本当だったわね」
クレメーヌは廊下を歩きながら先ほど庭園で開かれた茶会の感想を呟いた。しかしこちらの言動にアンニは、腰へ手をあてながら目をつり上げる。
「何をおっしゃっているんですかクレメーヌ様。姫様はその戦いのど真ん中にいらっしゃったじゃないですか」
「いや、まぁ、あれは……ね。事実だし……仕方ないよ」
『そんなたくさん召し上がっても平気なんですから……』
『クレメーヌ様とは違って自分の体型が気になって……』
茶会で言われたのが初めてだったらもっと傷ついていたかもしれない。だがあいにくこの程度のことは幼い頃から聞き慣れている。クレメーヌは五人兄姉弟妹の三番目として生を受けた。兄姉弟妹たちは皆、長身で年をとっても衰えることを知らないスタイルのいい両親によく似た体質を受け継いでいる。自分だけが、丸々とした祖父母の遺伝を受け継いでしまったらしい。背はそこそこに伸びたが、それでも家族の中では一番低く、体重は言わずもがなである。
(お祖父様やお祖母様に似てるのが嫌ってわけじゃないけど……)
できることならいくら食べても太らない体質だけでも受け継ぎたかった。クレメーヌが故国にいる家族を物思いに耽っていると、アンニが憤慨したと言わんばかりに鼻息を荒くする。
「あのお方たちは見る目がないのですよ。あんな折れてしまいそうなほど細くてどうします!」
「あー、うん。アンニの意見はそうかもねー」
こちらの体型をうらやむくらいだ。アンニの価値観に呆れながら、クレメーヌはまくし立てるように話す侍女の話を逸らした。
「それに私なんて後半はただの傍観者な感じだったし。むしろレオノーラ様が矢面に立たされたって感じでかわいそうだったわ」
脳裏に、候補者たちに責め立てられ震えていたレオノーラの姿がよぎる。真横座っていた上に俯いているときのほうが多かったため、そんなにしっかりと彼女の顔を見たわけではない。それでも、今にも倒れてしまいそうなほど華奢で愛らしい相貌だったことはハッキリと覚えている。同じ女性である自分ですらレオノーラを見て守ってあげたいと思うほどだ。皇帝が足繁く通うというのも頷けた。
「なるほど。だから姫様はリッツの織物を羽織っていらっしゃるのですね」
おもむろにアンニが納得気な顔を縦に揺する。
(これからレオノーラ様を慰めに行こうとしているなんて、アンニにはお見通しなのね)
さすが幼い頃から一緒にいるだけはある。クレメーヌは同意する代わりに笑みを浮かべた。
「でも失敗したかもしれないわ。先触れを出さずにきちゃったんですもの」
「大丈夫ですよ、姫様。この棟は妃候補専用の棟らしいですから自由に歩き回っても問題ないって一番最初に言われていたじゃないですか。それに候補者同士の親睦を深めることは帝国も推奨していますし、他の候補者様方は日ごろからお互いの部屋で茶会を開いていらっしゃるようですよ」
人差し指を立てながら説明してくるアンニの言葉にクレメーヌは目を見開いた。
「え! そうだったの?」
帝国へきてから一か月経ったが今まで一度も誘われたこともなかったため知らなかった。誘われたところで友好的な関係を築けたかどうかは悩ましいところだが、自分以外の候補者はすべて帝国民なのだから元々知り合いだったのかもしれない。そう考えると自分はなぜ候補者に選出されたのかクレメーヌは不思議に思った。
「あれ? でもそれだったらレオノーラ様も茶会に誘われているのかしら?」
ふいに思いついたことをそのままを告げると、アンニが何をバカなことをとでも言わんばかりに冷めた眼差しを向けてくる。
「姫様、あの方々の茶会に参加したいと思いますか?」
腰に手をあて窘めてくるアンニへ、クレメーヌは大きく首を横に振った。
「いいえ、私だったら絶対嫌だわ。仮病を使ってでも断るわ」
「レオノーラ様も同じようですよ」
レオノーラと同じ想いを抱いていたことがわかり、頬がゆるむ。だが、そのあとに続いたアンニのからかいを含んだ言葉にクレメーヌは頬をひきつらせた。
「ただしあの方の場合は本当にお身体が弱いらしいですけどね」
アンニはしたり顔で笑うと、何食わぬ顔で話を進める。
「なんでも社交の場にも滅多に参加されなかったらしいですよ。今回の妃候補に名を連ねられたときも皆が皆、誰の事だかわからなかったそうです」
淀みなく発せられるアンニの声に、クレメーヌは耳を疑った。