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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
仔豚姫のお忍びデート
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第五章 お忍びデートから生まれた副産物 <1>

 レオンとのお忍びデートからひと月がすぎ、外はすっかり冬の装いになっていた。淡い桃色に染まっていたアーモンドも黄色い連翹れんぎょうも、葉はきれいになくなり少し物悲しい。それでも久々に顔を出した太陽から注がれるぬくもりに気分がホッコリする。


(美味しい)


 クレメーヌは、後ろで控えているアンニの淹れた紅茶を一口飲んだ。斜め横でレオンがティーカップを片手に景色を楽しんでいる。クレメーヌは彼の端整な顔へそっと視線を向けた。


(レオン様も気持ちよさそう)


 こげ茶色の飾り刺繍が施されている薄茶色の上着から見える白いシャツが眩しい。足を組んで座っているだけなのに、全身から気品が溢れ出ている。それはまるで、ショコラの繊細な飾りづけをまとうシフォンケーキのようだった。

 それに比べて自分は、とクレメーヌは自身のドレスへと目線を落とす。あのデートからレオンと服の色味を揃えることが多くなった。今日も、彼の服と似た色調のドレスを着ている。だが着ている人間が違うからだろう。レオンのような洗練さはない。言うなれば、庶民のおやつとして定番な丸いショコラ味のクリームサンドのようだった。


(ふふふ。でもそれはそれで美味しいものね)


 クレメーヌは、こげ茶色のレースがついたスカートを軽くひとなでし、レオンへ話しかけた。


「そういえばレオン様、ご公務のほうはひと段落したのですか?」

「ああ。ようやく目途がたった」


 レオンがカップを置き、優しげ見つめてくる。その慣れ親しみ始めた眼差しに、クレメーヌは自然と頬を緩めた。


「よかった。お疲れ様です」

「ああ」

「本当に大変でしたよ」


 頷くレオンへ、合いの手を入れるようにリーンハルトが割り込んでくる。今日は仕事が休みなのだろうか。軍服ではなく、グレイの飾り刺繍がアクセントになっている群青色の上着を着ている。


「特に、クレメーヌに会う時間が減る! とか言って部屋を出て行こうとするこいつを宥めるのが」


 おどけた様子でレオンを指差すリーンハルトにクレメーヌは目を見開く。


「まぁ、リーンハルト様ったら」


 口元へ手をあて、くすくすと笑っていると、レオンが鼻を鳴らした。


「ふんっ。仕方ないだろう。本当にそうだったのだから」


 気を許した者にしか見せない、少し拗ねたような表情を見せるレオンに胸が甘く疼いた。


「レオン様」

「メーヌ」


 城下へ降りたときの愛称で名前を呼ばれる。それはすでに定着された呼び名になっていた。絡み合うレオンとの視線に頬が熱くなる。目線を逸らすことなく見つめ合っているとおもむろに、手を叩く音が聞こえてきた。


「あーはいはい。二人の世界は二人だけの時にしてくださいねー」

(やだ私ったら、リーンハルト様がいることを忘れていたわ)


 恥ずかしい。クレメーヌは羞恥から下を向く。もじもじと指先でショコラ色のレースをいじっていると、リーンハルトが何事もなかったように話を変えてきた。


「そういえばさ、今日の茶会には食べ物がないのか?」


 リーンハルトの言葉にクレメーヌもテーブルを見る。


(そういえば朝食のとき、珍しいものを用意するとおっしゃっていたけど……)


 いつもならばテーブルクロスが見えなくなるほどたくさんの菓子が置かれている。それなのに今日は人数分のティーカップと、色彩豊かなビオラの花のみだ。レオンの言葉に朝から楽しみで期待していた分、少し肩透かしを食らった気分になった。


(何かあったのかしら?)


 リーンハルトと一緒になってクレメーヌが首をかしげていると、レオンがにやりと笑った。


「今日は特別なんだ」


 何かを企んでいる様子のレオンに、クレメーヌはいても立ってもいられず口を開く。


「レオン様じらさずに教えてください」

「ハハハ。見たら驚くぞ」


 レオンが愉しげに笑う。おもむろに背後から声がかかった。


「陛下、わたくしが見てまいりましょう?」

「アンニは何か知ってるの?」


 静かに近づいてくる侍女へ、クレメーヌは驚きつつも目線を向ける。


「はい。わたくしが陛下にお伝えしましたから」


 アンニが恭しく頭をさげる。ますますわからない。クレメーヌは脳裏に疑問符を浮かべた。するとレオンがアンニの提案を断ってきた。


「いや、いい。そろそろ来る頃だ……」

「誰か来るのか?」

「ああ……来たな」


 リーンハルトの問いに、レオンが頷く。衣擦れと足音が聞こえてきた。クレメーヌは音のする方へ顔を向ける。黒地にエンジやワインレッドの花が散りばめられているドレスを翻しながら近づいてくる女性が見えた。後ろには使用人を引きつれている。


「え? コルドゥーラ様?」


 レオンの声に重なるようにその女性の名前を口にする。背を向けて座っているリーンハルトには来訪者がわからなかったのだろう。驚いた様子で目をまばたかせていた。


「へ?」


 来訪者の気配に、すべりの悪くなった扉のようにリーンハルトがゆっくりと振り返る。丁度コルドゥーラがワインレッドのレースがついた袖でスカートをつまみ、礼をするとこだった。


「陛下、クレメーヌ様、そしてリーンハルト様ご機嫌麗しゅう存じます」

(いつ見ても色っぽい人だわぁ)


 ウェーブがかった後れ毛を残すというのが秘訣なのだろうか。クレメーヌがコルドゥーラを観察していると、レオンが先を促した。


「ああ、堅苦しい挨拶は抜きだ。それより例の物を持ってきてくれたか?」

「はい。お待たせしてしまい申し訳ありません」


 レオンの問いにコルドゥーラがニコリと微笑む。そして、後ろに控えていた使用人へ目配せした。ゴルディ商会の関係者だろうか。人のよさそうな柔和な顔をしている壮年の男性が近づいてくる。


「こちらになります」


 こげ茶色のジャケットに同色のタイ、そしてベージュのズボンとこげ茶色のブーツを履いた男性が、深めの蓋つきバスケットをテーブルの上へ置く。コルドゥーラの声とともに、その蓋が開けられた。中には布が敷かれ、丸くて茶色い柔らかいものが合わさったような食べ物が入っていた。

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