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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
仔豚姫のお忍びデート
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第四章 店長との再会 <3>

「ウェッヘッヘ。かまいません。言いましたでしょう。あの店はクルト君が立派な職人なったら譲るつもりだったと。ウェッヘッヘ。まあ、その件につきましては、クルト君の意思は固そうなので諦めます。それにケヴィンの代わりに見つけ出した職人たちの腕は本物でございます。これからシャオスィの種類も増やすつもりなので、むしろクルト君のほうが今以上に大変になるかもしれませんよ? ウェッヘッヘ」


 物事の一面だけを見るのではなく、他の面も考え示唆する。レオンはもちろんだが、商人であるグスタフにとっても当たり前のことなのかもしれない。クレメーヌが感心しながらレオンたちを見つめていると、クルトが大口を叩いてきた。


「へんっ、負けねーよ! なんなら賭けたっていーぜ」

「ウェッヘッヘッヘ。やはりケヴィンによく似ておりますね」

「絶対繁盛させて、おっさんに借りた金なんか利子つけてすぐに返してやるからな! 楽しみに待ってろよ!」


 偉そうな態度のクルトに、グスタフが腹を揺らしながら笑い出した。


「ウェッヘッヘ。楽しみにしておりますよ。ではわたくしは一度、店へ戻り融資の件を煮詰めてまいります。ウェッヘッヘッヘ」


 グスタフが軽く手をあげ、意気揚々と去って行く。彼の背中が見えなくなってから、レオンがクルトへ微笑みかけた。


「よかったな」

「うん! 兄ちゃんと姉ちゃんのおかげだよ」

「メーヌはともかく、俺は何もしていないぞ」


 謙遜するレオンを誇らしく思いながらクレメーヌも便乗する。


「あら、私だって味見をしただけですよ」

「ふふふ、メーヌらしい。だが、クルトの正念場はこれからだな。ここから先は俺たちには何もできないぞ」


 朗らかに笑っていたレオンから笑みが消え、真剣な顔でクルトを見つめる。少年はそれに怯む素振りも見せず、真正面から頷いた。


「うん。わかってる。さっきおっさんがシャオスィの種類を増やすって言ってただろう。だからおれも新しいやつを考えてみるつもりだ」


 口に出したものの、何も思いついていないのだろう。クルトは腕を組み、眉間に皺を寄せる。


「それなら最初に食べさせてもらったアンコを使ってみるのはどうでしょうか?」

「ゴマのなかったやつか?」


 レオンが顔をしかめ、見てくる。新しいお菓子のきっかけになればと思い提案したのだが、まずかっただろうか。鼓動が早くなる。合わせていた手に力をこめながら、レオンとクルトへ交互に視線を送った。


「ええ。家族の思い出の味ではなくなってしまいますが……」


 レオンの鋭い眼差しに耐え切れず尻すぼみになる。気まずい雰囲気が漂い始めたところへ、クルトが溌らつとした声を出した。


「ううん。いいんだ。おれ、あのアンコで新しい菓子を作ってみるよ」

「いいのか?」


 気を遣わなくてもいいんだぞ。言外に匂わすレオンのセリフに少年はにっこりと笑って応えた。


「うん。シャオスィは母ちゃんと父ちゃんの三人の思い出だったけど、グスタフのおっちゃんが守ってくれるみたいだからさ。それにおっちゃんの店と同じものを売ったってダメなんだよ。おれはおっちゃんに勝たなきゃいけないんだから」

「そうか。そうだな」


 クルトの説明にレオンも納得したらしい。満足げに首肯する彼を見て、クレメーヌはホッと胸をなで下ろした。そして、ゴマを入れる前のアンコを味見した時に思いついたことを提案する。


「お菓子のヒントになるかはわからないけど、スライスした混ぜパンや薔薇パンなんかに挟んでみるのはどうかしら?」

「パンにか?」

「はい。混ぜパンは白パンより酸味がありますが、それほどでもありませんし。意外とアンコの甘さがいいアクセントになるのではないかと思うんです」

「なるほど。混ぜパンなら民も手が出しやすいしな」

「パンに挟むか……」


 妙案だと声を弾ませるレオンとは反対に、クルトがポツリと呟く。そしてそのまま黙り込んでしまった。


(素人の私が思いつきで言っちゃったから怒ったのかしら?)


 クレメーヌは、ピクリとも動かなくなった少年を窺い見た。


「どうかしら?」

「……あれを、こうしてこうすれば。そうだ。うん! 姉ちゃんありがとう。おれやってみるよ!」


 こちらの心配は杞憂だったようだ。何か閃くものがあったのだろう。瞳を輝かせ、やる気を漲らせるクルトにクレメーヌは顔を綻ばせた。


「ええ。楽しみにしてるわ」

「完成したらゴルディ商会へ持って行くといい。あそこの店主とは少し顔見知りなんだ」


 レオンの助言にクルトが目を丸くする。


「え? もしかして兄ちゃんたちってすごい人だったのか!」

「そうでもないさ。な、メーヌ」


 レオンが肩を竦めウィンクをしてくる。クレメーヌは本当のことを明かすこともできず、笑ってごまかした。


「え? ええっと、そうかもしれないような、そうでもないような? アハハハハ」

「なんだよ、それ。変な姉ちゃん」


 クルトが胡乱な眼差しを向けてくる。だが、それもすぐに歯を見せた笑い顔へ変わった。出会ったときとは違う晴れやかな表情に、クレメーヌも自然と頬が緩む。ふと視線を感じ見上げると、柔らかく微笑んでいるレオンと目が合った。もうこの少年は大丈夫だ。そんな確信を胸に、クレメーヌはレオンと見つめ合いながら無言のまま頷いた。

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