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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
仔豚姫のお忍びデート
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第四章 店長との再会 <2>

「ウェヘッヘッヘ。君の母、ララのお腹にクルト君を宿したのを機にケヴィンはララのそばから離れるのが嫌だからと、首都でのみ商売をすると言って商家をやめたのですよ」


 押し黙るクルトに代わり、今度はレオンが口を開いた。


「よく商家が許したな」

「ウェヘッヘッヘ。わたくしも微力ながらお手伝いたしました。なにより奉公先の主人がよいお方でございましたから。まあ、退職条件にソウウィルから仕入れたものを売ると契約させられていましたがね。ウェッヘッヘッヘ」

「そうだったんですか」


 やはりグスタフはいい人だったのだ。クレメーヌは嬉しくて自然と頬を緩めた。しかし、クルトは違うようだ。未だにグスタフを悪者だと思い込んでいる。


「だからってシャオスィのことは関係ないだろう!」

「ウェッヘッヘ。せっかちなところもケヴィンによく似ている」

「それでシャオスィはクルトの父親から聞いたのか?」


 話を戻すレオンに、グスタフが首肯した。


「そうでございます。ケヴィンから聞きました。ウェッヘッヘ。ケヴィンが材料を調達しに行く前のことでございます。久々にソウウィルから帰ってきたわたくしを酒に誘いましてね。そこでシャオスィのことを聞きました。ララの味がどうしても出せないと。自分が作っても何かが違うらしく、しかしその違いがわからないと愚痴をこぼしておりました」

「やっぱりお前が父ちゃんの作り方が書いてある紙を盗んだんだな!」


 クルトがグスタフへ飛びかかろうとする。だが寸でのところでレオンがとめに入った。


「よせ、クルト!」


 クルトはレオンによって羽交い絞めされているにも関わらず、なおも殴ろうともがいていた。しかしグスタフは怖がる様子も見せずに、クルトの言い分を訂正する。


「ウェッヘッヘ。違いますよ。ケヴィンのほうから渡してきたのでございます。そしてあの男は、『シャオスィの作り方を知ってるやつに何が足りないのか訊いてもらってくれないか』なんて難しい依頼をしてきたのです。ウェッヘッヘ。ときたまこのような無理難題を言ってくる奴でした。ウェッヘッヘ」

「嘘だ!」


 楽しげに笑うグスタフにクルトが吠えた。グスタフがおもむろに、懐から丸められた紙を取り出す。そしてクルトに見えるよう大事そうに広げた。


「ウェッヘッヘ。これがその証拠でございます」

「確かに作り方が書いてあるな。ああ、だが黒ゴマのことは書かれていないな。それに、ん? お前が勝ったら材料をお前の店から全部仕入れる。俺が勝ったらお前が俺の店で働く? なんだこれは?」


 レオンが音読しながら眉間に皺を寄せる。


「ウェッヘッヘ。これはケヴィンとの最後の賭けでございます。ケヴィンの仕入れが早いか、わたくしがケヴィンの依頼を完了するのが早いか」


 無効になってしまいましたがね。グスタフが寂しそうに呟いた。重苦しい空気が辺りを包み込む。クルトがおずおずと手を伸ばした。


「これ、父ちゃんの字だ」

「この賭けの文章がですか?」


 クレメーヌが確認のため尋ねてみると、クルトが静かに首を縦に振った。


「うん。……あんた、本当に父ちゃんと友達だったんだな」


 それでもまだグスタフのことを信じ切れないのかもしれない。茫然と店長を眺めるクルトの眼差しは戸惑いに揺れていた。そんな中、レオンがもっともな疑問を口にする。


「友達だということはわかったが、なぜクルトを住み込みで雇うなんて言ったんだ?」


 グスタフがにやりと、彼の顔にもっとも似合っている笑みを浮かべた。


「ウェッヘッヘ。あの店は元々ケヴィンが仕入から帰ってきたら驚かせようと思って用意していた店でございました。残念ながらケヴィンに渡すことは叶いませんでしたが、それならばクルト君が立派な職人になった暁にでも引き渡そうと思いましてね」

「それで住み込みで働けなんて言ったのか?」

「ウェッヘッヘ」


 企てが成功したと言わんばかりに得意気に笑うグスタフへ、レオンが頭を抱えた。


「なんてわかりにくい……」

「ウェッヘッヘ、そうでございますか?」


 さっぱりわからないという顔をするグスタフがおかしくて、クレメーヌは笑みをこぼした。


「ふふふ。やっぱりグスタフさんはいい方でしたね、レオン様」

「ああ。メーヌのほうが人を見る目があるということだな」


 本当に人は見た目だけではないな。レオンが首元へ手をあて苦笑する。これでグスタフへの悪感情は取り除かれただろう。

 不穏だった空気が和らぎ始めた頃、グスタフがクルトを見据えた。


「クルト君。改めてお訊きいたしますが、わたくしの店で働くつもりはございませんか?」


 しばしの沈黙のあと、クルトがゆっくりと首を横に振る。


「ううん。あんたの、グスタフさんのことを悪く思っていたのは謝るけど、おれはここで店を開きたいんだ」

「ウェッヘッヘ。さようでございますか。まあケヴィンの息子ならそう言うと思っておりました」


 あらかじめクルトの返答を予想していたのかもしれない。肩を竦めて見せると、すぐにグスタフは彼特有の少し気味の悪い笑い声を出した。

「ウェッヘッヘッヘ。それではせめてわたくしにご融資させていただけませんか?」

「融資?」


 首をひねるクルトに代わり、レオンがグスタフへ話しかける。


「いいのか? 店長の店に客が入らなくなるかもしれないぞ?」


 同じ味を作り出せるようになったクルトならば、カフェ・グスティの競合店になりうるだろう。今まで独占できていたのにいいのか。とレオンが疑問をぶつける。しかし、グスタフはしたり顔で応えた。

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