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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
仔豚姫のお忍びデート
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第四章 店長との再会 <1>

「ノックをしてもお返事がなかったので勝手に開けてしまいました。クルト君、迎えに来ましたよ。ウェッヘッヘ」


 七対三にきっちりと別れているキャラメル色の髪の毛を撫でつけながら、グスタフの半分に開いている目が弧を描く。


「先ほどぶりです店長さん」


 クレメーヌはグスタフへ声をかけた。こちらの存在に驚いたようだ。微かに目が見開く。


「おや? あなた様たちは」

「おれはあんたのところなんて行かないし、この家も売らないからな!」


 クルトがグスタフの言葉を遮るように啖呵を切る。クレメーヌは、憤怒の表情で睨みつけているクルトを落ち着かせようと二人の間に入ろうとした。しかしレオンにとめられてしまう。


「ここは黙って様子を見てよう」

「はい」


 クレメーヌはレオンの提案に乗り、彼らの会話を見守ることにした。


「ウェッヘッヘ。またそんなことをおっしゃって、シャオスィはどうするのですか?」

「もちろんおれ一人で作ってやる。それにアンコはバッチリ再現できたんだからな!」

「おやおや、それは失礼いたしましたウェヘ。それにしても、一人であのアンコの味に? ……ウヘッまぁ、いいでしょう。食べてみればわかるはずですな。ではそのアンコをわたくしに試食させてくださいませんか? ウェッヘッヘッヘ」

「なんでお前なんかに食べさせないといけないんだよ!」

「自信がないのですかな? ウェヘ」

「なっ! ちょっと待ってろ!」


 クルトがアンコを取りに行き、グスタフへ差し出す。店長は、どれどれと言いながら器に顔を近づけた。


「ふむ……なるほど……」


 色を目視したのちに手を扇ぐ。匂いを確かめているのだろう。その顔はとても真剣で、悪だくみを企てているような人には見えなかった。


(この人、やっぱりいい人なんじゃないかしら?)


 人のよさそうな柔和な顔をしていても性格の悪い人間はいる。それとは逆に料理長のように顔が怖くても実は善人だったなどという人間もたくさんいる。グスタフも少し人相が悪いだけで、後者のタイプなのではないだろうか。


(私がシャオスィの感想を言ったときだってちゃんと聞いてくれたし……もしかしてご両親がいなくなったクルト君を保護しようとしているだけだったりして?)


 つらつら自分の考えに没頭している間に、アンコの見定めが終わったみたいだ。グスタフがゆっくりとアンコを口の中へ入れた。固唾を呑んで見守る。ふいに店長の動きがとまり、半眼だった彼の瞼が大きく見開かれた。


「おー! 君はこの味に一人でたどりついたのですか? なんて素晴らしいんだ。ウェッヘッヘ」


 ガチャンと音を立て、グスタフがテーブルに小皿を乗せる。そして感極まるというふうに、少年の両手を掴み上下に激しく揺すった。


「お、煽てたって家は売らないからな!」


 クルトはグスタフの行動に戸惑っているようだった。悪態をつきながら掴まれた手を外そうともがいている。


「もしかして店長さんはクルト君を保護なさろうと思っていたんじゃないですか?」


 もしクルトの言う通りの人物ならば、こんなふうに喜んだりしないはずだ。涙すら滲ませ鼻をすすっているグスタフがクルトの手を放し、こちらを見た。


「ウェッヘッヘ。ええ。よくおわかりで。そもそもわたくしは家を売れなどと一言も言っていませんでしたよ」

『え?』


 グスタフの言葉にクルトとレオンの声が重なる。ポカンと口を開けて固まる少年へレオンが呟いた。


「クルトの勘違いということか?」


 レオンの声にクルトが動き出す。


「違うよ! だってあんた言ったじゃないか、住み込みで働けって!」

「ウェッヘッヘ。元気ですね。そんなところも君の父親が小さい時にそっくりだ」


 飛沫を飛ばしながら喚くクルトを見て、グスタフが満面の笑みを浮かべる。それは普通の人が見れば、悪だくみをしているような顔に見えるかもしれない。だが彼の声音は、懐かしさが含まれているように感じられた。


「店長さんはクルト君のお父様をご存じなんですか?」


 きっとレオンもクルトも同じ疑問を抱いたのだろう。何も言わずにグスタフの返答を待っている。


「ウェッヘッヘ。さようでございます。クルト君の父、ケヴィンとは少年の頃より親しくしておりました……」

「嘘だ! 父ちゃんからそんな話聞いたことないぞ!」


 グスタフが話すたびにクルトが茶々を入れてくる。そのせいでなかなか話が進まない状況に嫌気が差したのだろう。レオンがクルトの肩へ手を置いた。


「頭に血がのぼりすぎだ。とりあえず、話を聞いてみよう。それから嘘か本当かを決めればいいだろう」

「ちぇ、わかったよ」


 レオンに諭され、渋々クルトが頷く。それを見計らったようにグスタフが語り始めた。


「ウェッヘッヘ。そうですね、何からお話ししましょうか……そうそう。わたくしとケヴィンは奉公先が同じでござました。年も近かったわたくしたちは兄弟のように親しく奉公先で仕事をしておりました。奉公先の商家はソウウィルと帝国の交易を主としていましてね。帝国とソウウィルを行ったり来たりの日々を送っておりました。ウェッヘッヘ」

「ウソだ。父ちゃんはずっと帝国で商売をしてたんだぞ!」


 クルトが黙っていられたのはほんの少しの間だけだった。目を吊り上げグスタフを睨みつける。しかし店長はクルトの態度を気にしていないようで、話を続けた。

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