表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仔豚姫の初恋  作者: 高木一
第一章 いざ、出陣
5/54

「ふふふ、クレメーヌ様は愛国家でいらっしゃるのね。長く国を留守にすればヤギさんたちのことも心配でしょうね」


 あたかもこちらのことを思いやる言い方をしているが、その実、早く公国へ帰りなさいと言わんばかり言い方にマリヤーレスが便乗する。


「そうですわね。でもきっとすぐに帰れますわよ」

(私だって帰れるものなら早く帰りたいですよーだ)


 自分だって来たくて来たわけじゃないのだ。それなのになぜこんな目に合わなくてはいけないのか。クレメーヌが内心で愚痴を吐露していると、エルヴィラが顎へ手をあてながら鋭い視線を向けてきた。


「ところでレオノーラ様は皇帝陛下と頻繁にお会いなさったりしてますの?」


 エルヴィラに選ばれた次なるターゲットはヴォーリッツ公爵の娘、レオノーラに決定したようだ。茶会が始まってからずっとクレメーヌの右隣で一言も話さず座っていた彼女へ全員の顔が向く。


(この子一度も顔あげてないんじゃない?)

「はい。皇帝陛下には色々と気を使っていただいて、ときおり部屋へ来てくださいます」


 みんなの視線を感じたのか、うつむき気味だった自分より一つ年上のレオノーラがゆっくりと顔をあげた。


 飾り結されているアッシュグレイの頭上には日の光に反射され天使の輪がかかっている。折れてしまいそうなほど華奢で、顔の大半を占めている蒼灰色の瞳には微かな怯えの色が見えた。


(うわぁー。この子、すごく可愛い! 色白ーい! 顔小っちゃーい!)


 エルヴィラたちの敵意の籠った目線をから守ってあげたくなるほど愛らしいレオノーラの姿に、クレメーヌは目が離せなかった。


「なんてお優しいのでしょう。ですがレオノーラ様、いくら遠縁だからとはいえ多忙極める皇帝陛下にわざわざ来ていただくなんてもう少し考えるべきだと思いますわ」

「エルヴィラ様のおっしゃる通りですわ。レオノーラ様、皇帝陛下がお優しいからと言って甘えるのはどうかと思いますわ」

(なんだか雲行きが怪しくなってきたわね……)


 レオノーラの擁護へ回るつもりが、いつのまにか口を挟める雰囲気ではなくなっていた。クレメーヌは口の開閉を繰り返しながら、四人の顔を順番にあわあわと見つめる。


「わ、わたくしもラウリ様の、あ、皇帝陛下のお身体を心配して」


 レオノーラは声を震わせながらもきちんと自分の意見を言った。その心意気には感心できるが内容がまずかった。彼女の発言は、皇帝陛下の妃の座を狙っている候補者たちの目を吊り上げるには十分なものだった。


「あなた皇帝陛下をお名前で呼んでらっしゃるの!」

「え、あ、はい。皇帝陛下がそうしてくれと……」

(うわぁ。なんでレオノーラ様ったら火に油を注ぐようなこと言っちゃうのー)

「ふふ、いくら皇帝陛下がいいからと言ってそれを素直に応えてしまうのは忠臣として浅慮だと私は思いますけど、皆様いかがかしら?」

「コルドゥーラ様のおっしゃる通りですわ」

「まったくその通りですわ。なんてずうずうしいのかしら」

「も、申し訳ありません」


 矢継ぎ早に言い始める三人の候補者たちの勢いに、レオノーラは肩を震わし俯く。


(うわぁーどうしよう。レオノーラ様を慰めたいけど、ここで出しゃばったらもっと被害が拡大するよね……)


 助けを求めるように辺りを見回すと、城内の方からざわめきとともに幾人かの足音が聞こえてくる。生い茂る草木の向こう側から現れた人物にクレメーヌは目を見開き、小さくつぶやいた。


「皇帝陛下……」


 こちらの言葉に、その場の空気が一瞬で変わった。目くじらを立てレオノーラを睨みつけていた少女たちの顔つきが柔らかくなり、皇帝を迎え入れようと席を立つ。レオノーラもそのあとを続き、気がつけば一番初めに気づいたはずの自分が最後まで座っていたことになっていた。


「なんだかずいぶんと楽しそうな声が聞こえてきたから立ち寄ってみたのだ。余も混ぜてもらってもよいか?」


 帝国の始祖であるラウリヴォルフ一世の再来とも言われている蒼灰色の瞳が親しげに笑っている。もっと近寄りがたい人間だと想像していたのだが、どうやら違うらしい。誰よりも高い位置にある、短く刈られた金色の髪が日の光に反射してキラキラと輝いている。彼こそが、グラジスドラコ帝国皇帝、ラウリヴォルフ・L ・ファーモンツァ・グラジスドラコその人だ。


「まぁ、皇帝陛下」

「ぜひ、ご一緒してください」

「ふふふ、皇帝陛下の元気なお姿にお会いできるなんて夢のようですわ」


 頬を染め皇帝に見とれているエルヴィラたち三人を目の端で捉えながら、クレメーヌはレオノーラへ微笑みかけている皇帝を観察した。


 色々な国を属国にしたとあって、肩に金色の房がついている濃紺色の軍服を着ていてもたくましい体つきをしているのがわかる。


(でも、皇帝陛下っていうよりは騎士様って感じな人なのね)


 女子供にも容赦はしない無慈悲で冷酷な人物だという噂を聞いていたが、人の噂ほどあてにならないものだとクレメーヌはレオノーラの隣に座った皇帝陛下を眺めながら思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ