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仔豚姫の初恋  作者: 高木一
仔豚姫のお忍びデート
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第三章   迷子になる条件を満たした結果 <1>

「お待ちくださいレオン様」


 息を弾ませ、恋人の名を呼ぶ。こちらの存在を思い出してくれたらしい。レオンが立ち止まり、振り返った。


「すまない」

「いえ、大丈夫です。それよりも何かあったのですか?」


 急ぎ城へ戻らないといけない用でも思い出したのだろうか。心配になり、レオンを窺い見る。


「いや、別に。ただあの店主が……あいつがなんだか薄気味悪く感じたんだ」

「まあ! とても親切な方だったじゃありませんか」


 客一人一人に丁寧な対応をするのはもちろんのこと。建物だけではなく、提供している商品の細部までこだわりを見せる姿は、まさに商人の鏡と言えるのではないだろうか。


(何より私の話を嫌な顔せずに聞いてくれたのだからとてもいい人だわ)

「メーヌはあのような男が……」


 覇気のない声で呟かれたせいで、レオンの言葉が最後まで聞こえなかった。クレメーヌは耳元へ手を当て、訊き返す。


「え? なんですか?」

「いや、あの笑い方とか何か悪だくみを考えているような顔だったぞ」

「何をおっしゃるのですか。あんな美味しいお店を開く方に悪い人はいませんよ」


 クレメーヌは外見で判断したレオンにショックを覚える。そんな人ではないはずなのに、急にどうしてしまったのだろう。考えを改めてもらえるように説得すると、彼の蒼灰色の瞳がぱちりと大きくまたたいた。


「美味しい? そうか食い物か? 店主の見た目に惹かれたわけではないのだな」

「え? 見た目ですか? とても親近感を覚えました。とくに体格が」


 話の意図が見えず、首を横にひねりながらも相槌を打つ。するとなぜか恋人の顔色が曇ってしまった。


「体格か……。あのような体格になれば俺も」

「え? レオン様は今のままで十分カッコイイですよ」

「そうか?」

「はい。もちろんです」

「そうか。かっこいいか。そうか、そうか」


 なんだかよくわからないが、元気を取り戻してくれたみたいだ。好きな人が落ち込む姿は見たくない。クレメーヌは胸をなで下ろした。


「そうそう、レオン様、あのお店へ連れて行ってくださってありがとうございました」

「礼にはおよばない。俺もメーヌの愛らしいところをたくさん見ることができてとても充実した」


 先ほどとは打って変わり、色気のある声で囁かれる。レオンの手が頬をかすめた。


「れ、レオン様、からかうのはよしてください」

「からかってなどいない。本心だ。言っただろう俺は、嘘はつかないと」


 愛情のこもった眼差しで見つめられ、視線が逸らせない。けれど、自分だけが振り回されているようで悔しくなる。クレメーヌは、レオンを少しだけ困らせてみたくなった。


「もう知りません!」


 背後から慌てた様子で名前を呼ばれる。しかしクレメーヌは聞こえない振りをし、ずんずんと先へ進んだ。


(ふふふ。レオン様も私の気持ちを少しは分かってくれたかしら?)


 あまり離れるのはよくない。そろそろ彼の元へ戻ろう。クレメーヌは向かってくる人とぶつからないよう器用に掻い潜りながら速度を落とした。


(さすがに道の真ん中で止まったら通行の邪魔になるわよね……)


 脇へよけると、立ち並ぶ店が目に入る。


(時計屋さんかしら? あれが噂に聞く懐中時計なのね。本当に小さいわ)


 モノクロをつけた店主が手のひらにすっぽりと収まる懐中時計を磨き上げていた。公国には振り子のついた大きな置時計しかない。だからとても目新しい。


(あれなら外で作業していてもすぐに時間がわかって便利ね。お父様のお土産はこれにしようかしら? あ、でも靴もいいわね)


 農作業をしているとすぐにぼろぼろになると嘆いていたことを思い出す。

 カフェへ向かう道すがら発見した時は、店の中まで見ていなかった。クレメーヌは時計屋の隣に居を構えている靴屋をしげしげと観察した。


(さすが職人さんたちよね。なんて器用なのかしら)


 店内では、なめした皮に型紙をあてている職人や、切り取った皮を縫い合わせている職人などがいた。他にも雑貨屋や花屋、籠を売っている店など、多種多様な店が軒を連ねている。見る物すべてが珍しかった。クレメーヌはあっちへふらふら、こっちへふらふらと、気になる店に近づいては店内の様子を観察して行った。

 ふいにアンコに似た甘い香りが漂ってくる。


「わぁー、レオン様こっちのほうから何やら甘い香りがしませんか?」


 クレメーヌは匂いに誘われるように歩き出す。

 気づけば賑わいを見せていた表通りを抜け、裏路地へ入っていた。


「どこから匂ってくるんでしょうねレオン様? え? あれ? レオン様?」


 レオンの返事がない。クレメーヌは訝しげに思い、足をとめ、周囲を見る。誰の気配もないことをそこで初めて認識した。

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